小学生だけに読ませるのはもったいないです! そんな小学校高学年向けのホラー・アンソロジーを紹介します。その名も「こわい話の時間です」(福音館刊)。2冊あって、それぞれ9人の作家の短編が載っているのですが、全篇なんと書き下ろしなのです(2025.7.5)
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編者は井上雅彦氏
編者は「異形コレクション」シリーズのアンソロジーで有名な井上雅彦氏です。
こわい話の時間です 六年一組の学級日誌
- 田中啓文「象の眠る山」
- 木犀あこ「とりかえっこ」
- 田中哲弥「誕生日のお祝い」
- 黒木あるじ「おぼえているかい?」
- 恒川光太郎「能面男」
- 牧野修「爪に関するいやな話」
- 篠たまき「骨もよう」
- 我孫子武丸「猫屋敷に気をつけて」
- 恩田陸「六年一組の学級日誌」
こわい話の時間です 部分地獄
- 黒史郎「えんまさん」
- 太田忠司「おはよう、アンちゃん」
- 加門七海「青いコップ」
- 井上雅彦「きれいずかん」
- 斜線堂有紀「部分地獄」
- 宇佐美まこと「おやすみ、ママ」
- 澤村伊智「靴と自転車」
- 芦沢央「ログインボーナス」
- 宮部みゆき「よあるきのうた」
「こわい話の時間です 六年一組の学級日誌」 「こわい話の時間です 部分地獄」
よくもまあ、こんな錚々たる作者を揃えたもんだ…と思いますが、帯をみると似たような感想を抱いた書店員さんが多いようです。いくつか引用します。
そうそうたる作家陣による「こわい話」。さすがだ。すごく面白い。読み進めて本を閉じたら、あたりまえにある日常がぐにゃりと歪んで見えて、作り手の本気を見たと思った(大垣書店イオンモール北大路店 中村さん)
読み応えのある本格的なホラー短編集。子どものころ、夜の布団の中で得体の知れない恐怖と闘っていたことを思い出した(丸善丸広百貨店飯龍店 福島さん)
手抜きなしで本気で怖がらせにきてる。子どもの「受け取る力」を信じてホラー短編集を仕掛けたことに拍手喝采(未来堂書店木曽川店 牧谷さん)
いかがですか。読みたくなりませんか。
子ども以上…青少年未満
読者層は小学生高学年をターゲットにしているのでしょうが、これが絶妙なんだと個人的に思います。
小学校低学年までは幼児の延長というか、まだまだ子どもの世界。一方、中学生になるとぐっと大人びてきます。ヤングアダルト向けの小説も多感な青少年を刺激する良書が目立ちます。この中間に位置するのが小学校高学年です。
なので、所収短編の中には「怖がらせ過ぎても悪いな…」という結末のものも若干見受けられますが、「君たち、もうすぐ大人の仲間入りだよな」という感じで、ラストで怖がらせる真正ホラーもあったりします。先日「ずうのめ人形」を紹介した澤村伊智氏の「靴と自転車」なんて、「これは怖いなあ…」という結末でした。
ということで、これは小学校高学年だけを楽しませる(怖がらせる)のはあまりにもったいない!
ホラー好きなら大人だって絶対に手に取っても後悔しないホラー・アンソロジーです。
我孫子武丸「猫屋敷に気をつけて」
1回では紹介しきれないので、2回にわけて個人的に琴線に触れた小説を紹介します。
きょう紹介するのは我孫子武丸氏の「猫屋敷に気をつけて」です。
妹の舞がわらびがいないことに気づいたのは、晩ごはんを食べ終わってからだった。
こんな書き出しで始まります。わらびは飼っている猫の名前ですが、家族総出で探しても見つかりません。
ふだん外に出ているわけではないから、そんなに遠くに行くはずがない、とパパは憔悴しきった顔でいう。明日になったらきっともどってきてるよ、と。
「昔は猫なんてみんなそうやって飼ってたんだよ」
でも、ひと晩たって翌朝になっても、わらびは帰ってこなかった。
舞はもうわらびが死んでしまったみたいにしくしくと泣きはじめる。
「だいじょうぶ。わらびはきっともどってくるから」
わたしはそういったが、自信はなかったし、舞の耳には入らなかったようだった。
近所に子供たちのあいだで「猫屋敷」と呼ばれている家があった。陰気で怖いおじさんが一人で住んでいるが、なぜか猫が寄りつく家だった。舞はわらびの行き先として猫屋敷を疑った。
「どこに行くつもり? だめだよ、ひとりで外に出ちゃ」
舞はふりむきもせず、ドアを開けて外へ飛び出す。
どうしよう。舞が猫屋敷に向かったら。
パパもママも舞が出て行ったことに気づいている様子はない。わたしはしかたなく妹の後を追った。
猫屋敷には案の定、何匹も猫がいた。
「ダメ! 舞! 中に入っちゃダメ! ……怒られるよ!」
わたしは思ってもいないことをいった。怒られる? いや、ちがう。そんなことではすまない。ここに近よってはいけないのだ。
「あ、わらび」
声が聞こえてふりむくと、舞の姿が見えなくなっていた。
「ダメ! 舞を返して!」
門から庭に回った舞は、縁の下にわらびをみつけた。その時、住人のおじさんが「何してる!」と大きな声で怒鳴った。
「あのね、あのね、わらびがね、わらびがここにいたの。だからね」
舞はせいいっぱい、涙声になりながら言い訳をしている。
「何いっとるんじゃ! わけわからんことぬかしおって。こっち来い!」
「ダメ!」
わたしは思わず縁の下に飛びこみ、舞の足首をつかもうとしたが、やすやすと部屋に引きずりこまれた後だった。「ダメ! 舞! 舞を返して!」
わたしは声をかぎりにさけんだ。
しかし、その声はとどかなかった。
ーーどうして?
引用はここまでにします。猫屋敷の住人に捕まった舞ちゃんは、猫たちの活躍で助けられるのですが、舞を救おうと声をかぎりに叫んだはずのわたしは……。
ラストを紹介しましょう。
にゃーん。
わらびが最後に長く、とても淋しげに鳴いた。
ひらがなも多く、明らかに小学校高学年向けの小説なのに、このせつなさったら……。「せつないホラー」好きのわたしの琴線を思い切り刺激してくれた短編でした(目じりを濡らしてしまいました…)
次回も「こわい話の時間です」の紹介です。
(しみずのぼる)

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