大人も楽しめる小学校高学年向けのホラー・アンソロジー「こわい話の時間です」(福音館刊)。きょうは姉妹愛溢れる芦沢央さんの「ログインボーナス」と”大御所”宮部みゆきさんの「よあるきのうた」を紹介します(2025.7.6)
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芦沢央「ログインボーナス」
「こわい話の時間です」については、最初にこちらの記事をお読みください。

前回紹介した我孫子武丸氏の「猫屋敷にようこそ」にも姉妹が登場しますが、芦沢央さんの「ログインボーナス」も姉妹のものがたりです。
「百日間、毎日続けてお参りするとお願いをかなえてくれる神社があるんだって」と教えてくれたのは、お姉ちゃんだった。
主人公は小学5年生。「そんなおまじないみたいな話、信じるわけないじゃん」と言い返すところだが、頭がよくて優秀な姉が「私もおとといからお参りしはじめたんだ」と嬉しそうに話すのを聞いて、こう思った。
もし、本当にお願いがかなうなら、またお父さんに会えるのかな、と。
父親が「他に好きな人ができた」と言って母親と姉妹を残して家を出て行ったのは半年前のことだった。
それでもお父さんに会いたい。ずっとふさぎ込む妹の様子を見ていた姉が、どこからか聞いてきたのが神社の話だった。
「お姉ちゃんはどんなお願いをしてるの?」
わたしが聞くと、お姉ちゃんは「ひみつ」と答えた。
「なにをお願いしてるか他の人に知られたら、かなわなくなっちゃうから」
だから、花音ちゃんもお願いごとについてしゃべっちゃダメだよ? と続けてふふっと笑う。
「なんか、ひみつのログインボーナスみたい」
姉が指差したのは、父の不在の悲しみを紛らわせるためにやり続けているアプリゲーム。毎日一回ログインするだけでクリスタルがもらえて、クリスタルがたまればガチャが引けて、キャラクターのカードがもらえる。
そんな軽い気持ちから、それでも真剣に「お父さんに会いたい」と願って、わたしは毎朝姉と一緒に神社参りをはじめたーー。
まるで「猿の手」のよう…
「こわい話の時間です」は所収短編ごとの巻頭に編者の井上雅彦氏のコメントがついています。「ログインサービス」の場合はこんな文章です。
どんなお願いでもかなえてくれる神様がでてきます。そんなありがたい神様なのに、どうして「こわい話」なのでしょうか。それは、じわじわとわかってきます。オトナの都合でかなしい目にあっているけれども仲の良い姉妹の物語。この姉妹のきずながとてもすてきです。
ログインボーナスなどという現代的なタイトルも引っかけのように思います。神様は人間の尺度とはまったく違うわけで、それはまるで「猿の手」(*)のようで……。思いもかけない形で願いがかないそうになった時、仲の良い姉妹はどんな結末を選び取るのでしょう。結末はぜひ「こわい話の時間です」を手に取ってお確かめください。
*「猿の手」:イギリスの小説家W・W・ジェイコブズが1902年に発表。3つの願い事をかなえる「猿の手」がもたらす怪異を描いた怪奇小説
宮部みゆき「よあるきのうた」
もうひとつ紹介します。宮部みゆきさんの「よあるきのうた」です。
十歳の冬休み、不思議な女の子に出会った。
主人公の少女の家庭は決して裕福ではなかった。住んでいる団地は築三十年以上と古く、家から離れた町の工場に両親とも勤めながら家計をやりくりしていた。だから主人公は夜中でもひとりで留守番する日々だった。
そんな主人公が大事にしていたのが、「ダンク」と名前をつけたテディベアの人形だった。
家族でよく行くリサイクルショップの店頭に、何か月もかざられたままになっていた、色あせたぬいぐるみ(ちぎれてしまった右足を縫い直したあとと、落ちない汚れがボディにいくつかあった)。わたしはその顔と、丸い耳が好きだった。一目ぼれという感じだった。
あるとき、女の子から「いい香りだね」と声をかけられた。
きれいな子だった。色白で輪郭が整い、鼻が上品に小さい。目は大きく、瞳の色合いが薄くて、冬のやわらかい陽ざしに、濃い紅茶色にかかやいて見えた。
女の子が指差したのは、わたしが手に持っていた洗濯用の柔軟剤の空きボトルだった。切れていたので買いに出かけるところだった。
「ついて行ってもいい? あたしも同じ匂いのやつがほしい」
ふだんなら人見知りな主人公は逃げてしまっただろう。しかし、その女の子は主人公が大好きな匂いをしていた。
ダンクの匂いだ。古いぬいぐるみのからだにしみついた、ほこりっぽいような、日向くさいような、他にはない匂い。それが、女の子からも漂ってきた。
なぜダンクの名前を?
ダンクの匂いに惹かれて主人公は女の子と一緒にスーパーに行った。詰め替え用のものを棚に見つけると、女の子は「ミニサイズはないのかなあ」と言葉にした。キャップ2杯分程度でいいという。
主人公はキャップ2杯分なら分けてあげると言って、女の子を家まで連れて行った。しかし、家に着くと、柔軟剤をもらうだけで家に上がろうとしなかった。「これから用事があるから」
そして別れ際、女の子は不思議なことを口にした。
「夜は、必ずダンクのそばにいてね。いつか、うるさいことが起こっても、窓から外を見ちゃダメだよ」
女の子は確かに「ダンク」と言った。 なぜ、わたしのテディベアの名前を知ってるの?
「……あなたは、どこから来たの?」
女の子の顔から、優しい笑みは消えなかった。
「遠くから来たの」と答えた。
女の子に「用事」は何かを聞くと、女の子は「よあるきのうた」と答えた。へんてこな抑揚で、正確には「よぉあるっきをうたン」と聞こえた。そして、最後に「さよなら。ダンクによろしくね」という言葉を残して姿を消した。
わたしはやっと思いいたった。
あの女の子は、人間じゃないんじゃないか。
ダンクのことを知る不思議な少女の正体は? 2杯分の柔軟剤を欲しがった「用事」とは? そして謎の言葉「よあるきのうた」とは?
女の子の正体と用事は2日後にわかりますが、主人公が謎の言葉の意味に思い当たるのは数十年後、主人公が子育てにせわしい大人になってからです。
「よあるきのうた」のラストを紹介しましょう。
字で書いて、声を出して読み上げてみた。一度、二度と読むと、これが正しいと納得がいく。涙があふれてきた。
わたしはもう大人だから、長くは泣かなかった。鉛筆をにぎった手の甲で涙をぬぐった。整理だんすの上にはダンクがいて、部屋干しした洗濯物からは、今も変わらぬあの柔軟剤の香りがほのかに漂ってきた。
すてきな匂いのただよう余韻を残して締めくくる小説なんて、ふだんの読書でもめったにお目にかかれません。それなのに小学校高学年向けの本でしか読めないなんて!
本との”出逢い”を想像してみる
小学生をおとしめるつもりはありませんが、この余韻の良さまではわからずとも、不思議な少女のことは強く記憶に残るでしょう。
そして中学校に入って、学校の図書館で知っている作家の名前をみつけます。

宮部みゆき? あのダンクの匂いのする少女の作家さんだ!
そんな”出逢い”を想像してみます。
芦沢央さんや我孫子武丸氏の小説を含めて、きっと素晴らしい”出逢い”に満ちたアンソロジーではないでしょうか。
もし小学生のお子さんをお持ちの方なら、「こわい話の時間です」の2冊を本屋さんで買い求めて、お子さんにこんなふうに声をかけてはいかがでしょう。
「これを読んでごらん。でもその前にパパ(ママ)にも読ませてちょうだいね」
(しみずのぼる)

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