きょうも前回記事(せつないホラーは好きですか:福澤徹三「幻日」)に続いてせつないホラーを紹介します。高橋克彦氏の「幽霊屋敷」です。死んだ娘に会うために幽霊屋敷を訪ねた父親の哀しみ、娘への変わらぬ情愛ーー。再読してもやはりもらい泣きしてしまいました(2023.8.18)
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「幽霊屋敷」ものは定番だが…
ホラーというジャンルの中で「幽霊屋敷」ほど定番のものはないでしょう。
家に取り憑いた霊を扱った小説なら、三津田信三氏が数多くのホラー小説を世に出していますし、前回記事でも触れた小野不由美さんの「残穢」(新潮文庫)もそうでしょう。映画なら、なんと言っても清水崇監督の「呪怨」シリーズが思い浮かびます。

三津田氏のホラー小説も「残穢」も「呪念」も好きなので、いちばん好きな幽霊屋敷ものは何かと聞かれると本当に困るのですが、やはり、高橋克彦氏の「幽霊屋敷」がいちばん好きと答えるでしょう。
作者もきっと自信作なのでしょう。あえて平板な「幽霊屋敷」という題名にしたのも、古今東西の幽霊屋敷ものに絶対負けないと思ったからではないしょうか。
幽霊のうわさを聞いて訪ねる父
ストーリーは、まえがき部分で書きましたとおり、幽霊屋敷に亡霊として出る娘と、娘に会いに来た父親の話です。
舞台は新興住宅地。幽霊屋敷のうわさが立つ一軒家を、夜遅くに男が訪ねた。死んだ娘が住んでいた家だったが、空き家を管理する不動産屋には事前に伝えなかった。
なんと名乗ればいいのだ? 幽霊の父親ですと正直に言えばいいのか?
そんな哀しいことは口にできない。
きっかけは病床につく妻が、幽霊屋敷を紹介するラジオ番組を聞いたことだった。
番組は、夫が会社の若い女と駆け落ちし、ひとり残された妻も交通事故で死んだ直後から幽霊が出るといううわさが立ったこと。相次ぐ怪異現象に悩まされ、両隣の家も越さざるを得なくなり、住宅地一帯が心霊スポットとして有名になったーーと紹介していた。
「絶対にあの娘よ。町も話もぜんぶ一緒。あの娘に間違いないの」
(略)
「会いに行ってあげて」
信子は突然口にした。
「私たちがどんなに愛しているか……それをあの娘に伝えて貰いたいの」
襖に次々と穴…とまらぬ怪異
男は裏庭に回り、破れた窓から屋内に入った。
「麻美……私だ。会いに来たよ」
窓を開けて私は闇に声をかけた。
屋内は荒れ果てていた。肝試しに訪れる若者の落書きや残したごみが散乱していた。
廊下に出ようとした背後に怪しい気配を感じ取った。だれかが闇に立っている。首筋から背中へと鳥肌が広がった。確かにいる。
(略)
ぶつっ、ぶつっ、と異様な音がする。紙に穴をあけているような……気づいて押し入れの襖を照らした。襖が奥にたわんでいる。
悲鳴をあげたかった。
見ている前で襖に穴があいていく。
すると、二階から声がした。麻美の声だった。二階から飛び出してきた猫。かつて娘が飼っていた猫だった。
「麻美! いるんだね」
変わり果てても娘は娘
引用はここまでにしておきます。
「お父さんだ。安心しろ」と声をかけながら二階にあがって娘を探す場面と、一階で続く怪異現象が交差しながら、この哀しい物語の真相が明かされます。
変わり果てた姿となってもなお、娘は娘です。
「一度でいい、姿を見せてくれないか。母さんががっかりするだろう」
こう呼びかける父の気持ちに、わたしも娘を持つ父親だからでしょうか、嗚咽をおさえることができませんでした。
高橋克彦氏の「幽霊屋敷」を、わたしは「高橋克彦の怪談」(祥伝社文庫)と朝宮運河氏編「家が呼ぶ 物件ホラー傑作選」(ちくま文庫)で読みました。


アンソロジーで出逢った作品
正直に打ち明ければ、最初に読んだのは「家が呼ぶ」でした。
わたしはアンソロジーを読むのが好きで、それは今まで読んだことのない作家と”出逢う”きっかけになるからです。
三津田新三氏の「ルームシェアの怪」、小松左京氏の名作「くだんのはは」のような既読の作品ももちろん入っていますが、はじめて読む作家の作品も結構あって、高橋克彦氏もそのひとりでした。
厳密には「写楽殺人事件」は読んでいましたが、ミステリー作家と思っていたので、こんなにホラー小説も書く人だとは知りませんでした。
朝河氏の解説にこう書いてありました。
この世ならぬ者への恐怖と情愛を、遺された父親の視点から切々と語った本編は、「大好きな姉」「妻を愛す」(ともに「高橋克彦の怪談」他所収)などと並んで、作者の怪談の代表作のひとつに数えられるだろう。
こうして「高橋克彦の怪談」を買い求めて「幽霊屋敷」を再読するとともに、「大好きな姉」なども読んだ次第です。
なお「大好きな姉」は、東雅夫氏が再編集した「日本怪奇小説傑作集3」(創元推理文庫)にも入っています。東氏はこう書いています。
土俗の妖異への底深い怖れと忌まわしくも甘美な郷愁とが混然一体となって思わず息を呑むようなその幕切れ
「幽霊屋敷」と味わいはまったく異なりますが、傑作集に収められるだけの小説です。併せてぜひ読んでみてください。
(しみずのぼる)