本来、子供の身代わりとして厄を引き受けるはずの雛人形。しかし、ホラー作家三津田信三氏の手にかかれば、それは禍々しい依り代へと変貌します。短編集『ついてくるもの』の表題作が描くのは、たまたま持ち帰ってしまった雛人形が次々と家族にもたらす怪異。三津田ホラーの中でも屈指の一篇です。(2023.10.24)
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目次
三津田ホラーの特色|「禍々しい」の形容がぴったりはまる
人形にまつわるホラーーー小野不由美氏の『人形の檻』、山岸凉子氏の「わたしの人形は良い人形」に続いて紹介するのは、三津田信三氏の「ついてくるもの」です。
三津田氏は元編集者で、ホラー叢書などの編集のかたわら怪異譚蒐集を続け、自らもホラー小説を執筆して作家デビューされた方です。ホラーテイストのミステリー(「刀城言耶」シリーズ等)も多く書かれていますが、わたしが好きなのは真正のホラー小説のほうで、どの作品も「禍々しい」という形容がぴったりはまります。
三津田ホラーを未体験の方に「最初に読んだら?」とお勧めしたいのが、ホラー短編集の『ついてくるもの』(講談社文庫)。どの短編も怖ろしく怖いです。 中でも個人的に一番怖かったのが表題作です。
女子高生が迷い込んだ廃屋…「この家は死んでいる」
書き出しは作者の憑き物信仰に関する考察で、「編集者時代から続けている怪異譚蒐集の中で、明らかに憑き物テーマに分類できる事柄なのに、その正体がさっぱりわからない話が増えている」と記し、知人から聞いた話として雛人形の怪異譚が始まります。
主人公は高校2年の女子高生。学校から家に帰宅する途中、「一瞬の強風で眼下の樹木の葉陰から、ちらっと赤い色が覗いた」
確かめようと坂を下りると、廃屋の雰囲気を漂わす家に出た。
この家は死んでいる……。
少女はすぐにそう感じたが、「朱色の正体」が知りたくて、家の中に入った。
そこで見つけたのは雛人形だった。目にしたのが毛毬の赤色だったことはわかったが、なぜ雛人形がこんな場所に飾られているのか。
片目が潰され、手首や足をもがれた雛人形たち
少女は雛人形をよく観察してみると、人形の異状に気づいた。
人形は皆、同じ箇所が破損していた。
どれも片目がなかった。潰されている。片手もなかった。多くは手首からもがれている。ほとんどの人形は衣服に隠れて足は見えないが、やはり片方がないらしい。そう見えるように、わざわざ下半身が傷付けられている。
その中で一体だけ無事だったのがお姫様の人形だった。
妙な感覚に襲われた。「他の十四体の人形が、とても邪悪な視線をお姫様に向けている」
助けなければ……。少女はお姫様の人形を雛壇から取り上げ、家に持ち帰った。
だが、家に向かう最中、おかしな気配を感じた。何かに尾けられているような気がする……。
持ち帰ってしまったお姫様、弟に捨ててこさせたが…
その夜、少女は悪夢にうなされた。片手と片足のない「黒くて歪な人影」に追い詰められる夢だった。
学校を休むことにすると、母親から「いきなり病人だらけになったわね」と言われた。どうしてかと尋ねると、
セキスイインコのロスが片目を充血させており、茶虎猫のケンが片足を引き摺っている
という。
「まさか」と少女は思った。きのうの雛人形と昨夜の無気味な悪夢が無関係とは思えなかった。少女は中学1年の弟を呼び、持ち帰ったお姫様の人形を捨ててくるよう頼んだ。
しかし、その夜も悪夢に見舞われた。汗びっしょりになって目が覚めると、なぜか弟に捨ててこさせたはずのお姫様の人形が本棚の上にあった。
雛祭りとは穢れを移して川に流す行事
少女は市の図書館で雛人形について調べると、こんな記述が目に入った。
ーー元来、雛祭りとは人形に穢れを移して川に流す行事だったと思われる。
とんでもないものを持ち帰ったのだーー。少女は気づき、もともとの作法にのっとって川に流せば……と思い、お姫様の人形を川に流した。
だが、遅かった。祖母が車に轢かれて重体になった。片目がつぶれ、片手と片足がねじれ、二日後に病院で息を引き取った。
祖母の初七日が終わった夜、寝る前にトイレに行こうとして階段が濡れていることに気づいた。水滴は少女の部屋の前まで続いており、ドアを開けると本棚にお姫様の人形があった。
祖母が車に轢かれ、弟が難病に…苛烈極まる怪異
このままでは、きっと次は弟が狙われる。
少女は人形を箱詰めにして、人形供養で有名な神社に郵送した。だが、弟が救急車で運ばれたという連絡が入った。
間に合わなかった……。
片目の視力が低下し、片手と片足だけでなく全身が麻痺する難病という診断だった。病床で弟は少女につぶやいた。
「まるで何人もの小人がさ、僕の片手と片足にしがみついているみたい……。片目を塞いでいる奴もいるんだ」
もうこのあたりでやめておきましょう。
引用しなくてもわかるでしょうが、最後のひとりになるまで、雛人形の怪異がやむことはありません。
とにかくもう、怪異の苛烈さに恐怖しつつもページをめくることをとめられず……というのが三津田ホラーの真髄です。
「ルームシェアの怪」|『ついてくるもの』所収、もうひとつの傑作
短編集『ついてくるもの』には、他にも禍々しさに満ちた短編が収められています。ホラー・アンソロジーに収録されたものもあるので、そちらを紹介しましょう。
以前の記事(幽霊になり果てた娘への情愛に泣く:高橋克彦「幽霊屋敷」)でも紹介した朝宮運河氏が編者の『家が呼ぶーー物件ホラー傑作選』(ちくま文庫)に、『ついてくるもの』所収の「ルームシェアの怪」が入っています。

朝宮氏のあとがきから引用します。
(三津田氏は)今日もっとも意欲的に物件ホラーに取り組んでいる作家といえるだろう。「どこの家にも怖いものはいる」などの長編においても、「誰かの家」(同名短編集所収)などの中・短編においても、怖い家への作者のこだわりには並々ならぬものがある。ここではルームシェアという比較的新しいライフスタイルを扱った本編を採った。英国怪談の巨匠M・R・ジェイムズを彷彿させる気迫に満ちたクライマックスは、何度読んでも背筋が凍る。
ホラーが大丈夫な方なら、どうぞ『ついてくるもの』をお買い求めください。たっぷりと怖い思いに浸れること請け合いです。
(しみずのぼる)
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