純粋にミステリーとして楽しんでみては? 「薔薇の名前」 

純粋にミステリーとして楽しんでみては? 「薔薇の名前」 

ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」ーー形容する時に必ず「問題作」「難解」「挫折」といった文字が並ぶ小説の完全版(上下巻、東京創元社刊)が12月に発売されるそうです。最初からハードルを高くしてどうする!と言いたくなりますが、純粋に上質な知的ミステリーとして楽しめばよいのではないでしょうか(2025.10.30) 

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問題作…難解…挫折…

例えば、下記の記事が典型でしょう。 

20世紀最大の問題作として全世界で大ベストセラーとなったウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』。その完全版が株式会社東京創元社から刊行されることが決定しました。ニュースを受けて、Xでは「挫折した思い出が…」「再挑戦したい!」などの声が挙がっています。

本作が現在においてもしばしば話題に挙がるのは、その難解さからです。ウンベルト・エーコは記号論学者という肩書きも持っており、キリスト教文化ならではの知識や多層的な構造の理解に、当時は挫折する読者も多かったそうです。

LIMO – 「挫折した思い出が…」20世紀最大の問題作『薔薇の名前』が話題、完全版刊行決定で「購入確定」「再挑戦したい!」の声

哲学かぁ…記号論かぁ…それは難解そうだなぁ… 

そういう前情報だけ読めば、確かに手に取りたくなくなる気持ちはわかります。 

知的ミステリーと思っては?

でも、純粋にミステリーとして捉えればどうでしょう。 

修道院で起こる連続殺人。その犯人と動機の謎を解くのは元異端審問官の修道士。折しも異端審問官が修道院を訪れ、異端者狩りが始まろうとしている…… 

そして、 

最初のうちは探偵役の修道士とその弟子(主人公)が修道院に到着する前だから少し面白くないかもしれないけど、修道院に着いたら変死体の調査が始まり、すぐに第2の殺人が起こるので、そのあたりからは俄然面白くなるよ! 

といった前情報だったらどうでしょう。読みたくなってきませんか? 

もう少し、あらすじに触れましょう。 

時は1327年、北イタリアのベネディクト会修道院が舞台。そこにフランチェスコ会修道士のバスカヴィルのウィリアムとその弟子アドソが訪れる。 

修道院ではアヴィニョン教皇庁とフランチェスコ会使節団の会合が予定されており、その調停役としてウィリアムは招かれたが、到着した当日に修道僧アデルモの変死体が発見された。 

修道院長の要請でウィリアムが調査を開始するものの、今度は古典翻訳専門の学僧ヴェナンツィオの変死体が見つかる。その次は文書館長補佐のベレンガリーオ……。 

「ヨハネの黙示録」に見立てた連続殺人事件をウィリアムとアドソが調査する過程で、修道院内にある文書館には、異端とされた書物が収蔵されており、そのなかの一冊を読もうとして殺されたことが浮かび上がる。 

犯人は誰か? 犯人の動機は? そして被害者たちが読もうとした異端の書とは? 

いかがですか? こうやってあらすじを追えば、「薔薇の名前」は純粋にミステリー小説として魅力を放っていると思いませんか? 

キーワードは「異端

キーワードが「異端」であるのは明白です。 

中世キリスト教社会は異端の扱いで揺れた時代です。 

「薔薇の名前」で描かれる1327年当時、教皇はヨハネス22世(在位1316~1334)でした。その1代前のクレメンス5世(在位1305~1314)が教皇庁をローマからフランスのアヴィニョンに移した「アヴィニョン捕囚」「教皇のバビロン捕囚」と呼ばれる時代です。 

ヨハネス22世は、清貧を重んじるフランチェスコ修道会が内紛で、絶対の清貧を守るべきだと主張する一派が修道会からの独立を要求した際、脱会者に修道会の上長に服従するよう命令。これに従わなかった4人の脱会者を異端審問所に引き渡して火あぶりの刑に処しています(創元社刊「ローマ教皇歴代誌」による) 

「薔薇の名前」では、ドルチーノ派という実在した異端派が出てきます。 

清貧を理想とする説教師ドルチーノに率いられた一派で、教皇・大司教らの富の収奪と腐敗を糾弾して砦に立てこもって教皇派の軍隊と衝突、鎮圧後に火刑に処せられますが、そのドルチーノ派の人間が修道院に潜り込んでいるーーという設定です。 

そんな中で、元異端審問官であるウィリアムを師と仰ぐアドソは、異端とは何かで思い悩みます。 

「じつは」と私が言った。あまり意味のないことにこだわっているのかもしれません。つまり、ヴァルド派とカタリ派、リヨンの貧者たちと謙遜者集団、ロンバルディーアの貧者たちとアルノルド派、ダリエルモ派と自由なる霊の分派、そして悪魔主義者たち……彼ら相互の違いが、もうわからなくなってしまったのです。どうしたらよいのでしょうか?」

「おお、哀れなアドソよ」ウィリアムは笑いだしながら、私の項(うなじ)を軽く叩いた。「おまえは間違っていないのだよ! よいか、過去二世紀にわたって、いやもっと以前から、このわたしたちの世界には、狭量と希望と絶望の嵐が、それらのすべてが、入り混じって吹き荒れてきたのだ……(以下略)

(上巻、314ページ) 

ウィリアムとアドソの異端をめぐる問答はここから数ページ続くのですが、殺人事件の調査のおりおりで、こんな問答が挿入されるので、確かに「難解」と言われるのかもしれません。 

それでも「薔薇の名前」という豊饒な知的ミステリーを未読のままでいるのは、あまりにもったいない!と思ってしまいます。 

映画やドラマもお勧め

邪道かもしれませんが、映画やドラマから入る…という方法もあります。 

映画は1986年製作で、ウィリアムをショーン・コネリー、アドソをクリスチャン・スレーターが演じています。 

映画版「薔薇の名前」

ドラマ版「薔薇の名前」は2019年にイタリア・ドイツで製作され、同じ年にNHK-BSで放送されました。 

原作は、1980年に出版されたウンベルト・エーコの同名小説。中世の修道院で起こる不可解な連続殺人事件の謎を追うというストーリーだが、原作者のエーコはシャーロック・ホームズ物語の愛好家としても知られており、主人公である修道士ウィリアムと見習いのアドソは「ホームズ」と「ワトスン」になぞらえていると言われる。雪に残った痕跡などからウィリアムが鋭い洞察力で推理していく様はまさにホームズを彷彿とさせ、さらには「知」「宗教」「政治」などに対して疑問を投げかけるミステリー・エンターテイメントだ。

1986年にショーン・コネリー、クリスチャン・スレイターらが出演した映画版も大ヒットし、BAFTA(英国アカデミー賞)やフランスのセザール賞など世界各国の賞を獲得している。今回のドラマ化はエーコが2016年に亡くなる前に自ら脚本立案にも携わっていた、原作者お墨付きの作品でもある。30億円超の製作費をかけて、イタリア各地でのロケやCGによって山上の荘厳な修道院をはじめとする中世の世界が再現されており、その見事な景色を4Kならではの繊細で美しい映像で堪能してほしい。

海外ドラマNAVI – 新たなホームズ物語!ドラマ版『薔薇の名前』がNHKに登場

映画もよかったですが、ドラマはもっとよかったです。海外ではBlu-rayが発売されていますが、日本ではまだなのが残念です。 

ドラマ版「薔薇の名前」は日本では未発売

ドラマ版の各回あらすじは下記サイトがくわしいです。 

【第1話】14世紀のヨーロッパ。教皇ヨハネス22世と後の神聖ローマ皇帝が権力争いを繰り広げていた。若き見習い修…
tan-deki.heteml.net

感情のまま読んでいい

世紀の名作「薔薇の名前」を純粋にミステリーとして楽しんだら?だなんて、なんと不敬な!けしからん!!という声も聞こえてきそうですが、イタリア文学研究者の和田忠彦氏は「100分de名著 ウンベルト・エーコ 薔薇の名前」(NHK出版)のなかでこう書いています。 

エーコは六二年の『開かれた作品』のなかで、読者を大きく「経験的読者」と「モデル読者」という二つのカテゴリーに分類しています。 

経験的読者とは、「この小説はおもしろいな」「悲しいな」など素直に反応しながら物語を読み進める読者のこと。モデル読者とは、この小説に作者はどんな戦略を盛り込んでいるのか、またその戦略にはどんな意図があるのか、といったことにまで思いをめぐらせる読者のことです。 

簡単に言えば、自分の感情のままに読む読者と、小難しく小説を読んでしまう読者、とも言えるかもしれません。そして『薔薇の名前』は、このどちらのタイプの読者にも「開かれて」いる作品なのです。 

ということで、小難しいと思って臆するのではなく、おもしろそう!と思って手に取ってみてください。 

12月に刊行される完全版には、小説とは別に刊行されていた『「バラの名前」覚書』も収録されているそうです。 

(しみずのぼる) 

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