これは壮大な物語の幕開けかもしれない?! 内藤了氏の連作シリーズ「警視庁異能処理班ミカヅチ」(講談社タイガ刊)は、シリーズ7作目の最新刊「妖声」で大きな節目を迎えたようです(2025.5.16)
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「妖声」で明かされる過去
内藤了氏の「警視庁異能処理班ミカヅチ」シリーズのことは書いたばかりなので、こんなに近接して取り上げるのは憚られるのですが、以前の記事で訂正しないといけない部分もあるので、改めて取り上げることにしました(先に以前の記事「心やさしい霊視者が怪異と向き合う:内藤了「警視庁異能処理班ミカヅチ」」をご一読いただけると幸いです)

最新刊「妖声」のあらすじはつぎのようなものです。

警視庁の秘された部署・異能処理班に持ち込まれた怪異「呼ぶ声」。
行方不明や死を招くその声は、刑事・極意のものとよく似ていた。
同じ頃、行き倒れた山岳密教の修行僧が、怜に告げたのは思いもよらない彼の過去で――。
怜は広目とともに過去を知るための旅に出る。
ところが、先の記事でわたしは次のように書きました。

おおお、悪魔に憑かれた警視庁捜査一課刑事・極意京介の「思いもよらない過去」が明かされるのか!
これが大きな勘違いでした。「思いもよらない過去」が明かされるのは主人公の安田怜のほうでした。うーん、早とちりでした……。
でも、言い訳めいてますが、悪魔に憑かれた捜査一課刑事・極意京介(*)が、この物語で重要な役割を果たす人物であることが明確になります。「思いもよらない未来」が明かされたような気がします(…って、結局言い訳ですね。早とちりでした…)
(*)極意京介が悪魔憑きであることは1作目「桜底」からわかっていて、なぜ悪魔に憑かれたかは3作目「禍事」で明かされます。
明かされる「ミカヅチ」の意味
しかも、この「妖声」で、シリーズ・タイトルである「ミカヅチ」の意味にはじめて言及されます。シリーズ7作目で!ようやくです。
警視正は土門に目配せをした。土門は頷き、怜たちを見た。
「よい機会ですから私からもひとつ……皆さんには、以前にお話ししたことがあったかどうか……ミカヅチ班の由来は日本書紀に登場する武甕雷神(タケミカヅチノカミ)から来ています。名前の表記は複数種類があるようですが、武将の武に水瓶などを意味する甕(ミカ)の字と、雷神で書き表すのが正式です」
安田怜は「カメの字を当てた理由はなぜですか」と訊ねた。陰陽師の末裔の土門周平も「なぜでしょうかねえ」と答え、知らない様子だった。
「ミカヅチ」の意味は終盤にももう一度出てきます。あらすじに出てくる「山岳密教の修行僧」の慈堅が怜たちに説明します。
「異能者の集団のうち、扉を守る者どもを甕雷(ミカヅチ)と呼ぶ。あえて甕(かめ)の字を当てるのは、水甕(みずがめ)が古くから卜占(ぼくせん)に用いられてきたからだ」
でも、なぜ卜占に由来するかは「妖声」でも明かされないので、続刊を待つしかありません。「甕」に重要な意味があるのは確かでしょうが……。
極意京介の「天が与えた声」
「妖声」では、テノールの美声を持つ極意京介が他のメンバー以上に重要な役割を持つことも明かされます。
主人公の安田怜がミカヅチ班に加わったことで班の結束が強まった…そのために悪霊の勢力は仲間割れを画策して極意京介の美声を「行方不明や死を招く」ことに利用しているのではないか…という見立てが「妖声」の最初のほうで出てきます。そこで土門がこう言います。
「私はねえ、なぜ赤バッジ(=極意京介のこと)が狙われたのか、それがずっと不思議だったのですよ。その答えが彼の『声』だったとすればどうでしょう? 詐欺に利用するとかではないですよ? 天が与えたあの声を、悪霊は恐れた可能性があります……そうなら理屈も合います」
(略)
極意さんは神に守られている存在だった。心に正義があるというだけではなく、声という資質を持っていたから。そういうことか?
人の主権は神にあり、悪魔は人を好き勝手にできない。だから神を捨てさせて、自らの意思で悪魔を選ばせる。神から主権を移すこと、自分を崇拝させること、それが悪魔の望みだ。罪を隠したりオカルトに傾倒したり、邪な人間はいくらでもいるのに、策を弄して彼を選んだ理由は、極意さんでなければならない事情があったから。
「天が与えた声とはなにかね、土門くん」
首なし幽霊の警視正の問いに、土門が説明します。
「日本は神も仏も魑魅魍魎も鷹揚に信仰する国ですが、そうした存在と意志疎通を図るのに『ことば』と『音』を用います。神社には鈴が、寺には鐘がありますねえ。鈴も鐘も澄んだ音色を神仏が好むことから邪気を祓うと言われています]
「極意さんの声には同じ力がある。そういうこと?」
神鈴の問いに土門は人差し指を立て、
「そうなら理屈が通ります。世の中には神に届く声というものがある。容易く願いを聞き入れられるという意味ではないですよ? 神に聞こえやすい周波数とでも言えばいいのか……ご神木の枝を剪定するようなときは、神の怒りに触れないように、そうした声を持つ人の力を借りますね。作業中ずっと喋り続けていただくか、歌い続けてもらうのですが」
「神を清(すず)しめるのね、知ってるわ……」
と、得意げな顔で神鈴が言った。
「……清しめるは安らがせるという意味よ。神社が鈴を使うのも、清しめるの『すず』と、鳴る鈴の『すず』をかけたもの」
土門や神鈴の説明を聞いて、安田怜は必死で頭を働かせます。
悪魔が声を恐れた理由はなんだ。極意さんを取り込まなければ、何が起きると思っていたのか。
「神に届く声というのがポイントなら、その声を持つ人は、神を清しめるほかにもできることがあるんでしょうか」
「残念ながら、私にもそこまではわかりません。悪魔憑きになるまでは彼は普通の刑事でしたし、霊能力もなかったですし」
「それは私も同様だぞ。首なし幽霊になるまでは、頭の硬い警察官僚だったのだからな」
と、警視正が言う。
その言葉にチラリと何か閃いた気がしたが、答えは茫洋とした霧の彼方だ。
うーん、「チラリと何か閃いた」なんて、重要な伏線が貼られた感じですね。
安田怜が言うとおり、極意京介の声には「神を清しめるほかにもできることがある」が、今後のストーリーで重要な意味を持つんだろうな…と想像します。
極意京介の「声」について、「妖声」の終盤で修行僧の慈堅がこう言います。
「この男が天魔に目を付けられたのは声ゆえだ」
(略)
「闇を照らす『そなた』と、神に届く声を持つ『そなた』……」
慈堅は怜と赤バッジを順に指し、
「二人が共にあるのが剣呑だから、障礙(しょうげ)を起こして片方に取り憑いた」
赤バッジは振り返って怜と視線を交わした。
「クソ坊主。何を言っているのかサッパリだ」
極意京介の「声」が果たす役割は、ここでもまだ明かされません。
でも、シリーズ1作目「桜底」から主人公のポジションにある安田怜と並ぶ重要な役割が極意京介にあることが、シリーズ7作目でようやく明かされたことになります。
甕の字を当てた甕雷(ミカヅチ)の意味。天に届く声を持つ極意京介が果たす役割。その後のストーリーにつながる重要な伏線が開示された巻ーーそれが「妖声」だということです。
前作「青屍」で”敵”現る
1作目の「桜底」からしばらく1巻に2つの怪異絡みの事件が収められていて、どちらかと言うと、霊が視える安田怜と仲間たちが怪異絡みの謎を解く連作短編集の趣がありました。
でも、そうではないんですね。前作のシリーズ6作目「青屍」で、ミカヅチ班の団結力が強まると同時に、悪霊たちが組織化して動いていることが明らかになります。つまり、”敵”の陣容(の一端?)が見えてきます。 「青屍」から引用します。
怜の閃光が消え去って、発電機とグラインダーの音が戻った。神鈴と三婆ズは顔を上げ、そして展示室にいる人々を見た。今や死霊たちは健康な生前の姿で、広目と警視正の周囲に佇んでいた。赤バッジは床に落ち、その場に胡坐をかいている。
半透明の人々は数人ずつ前に出て、白い衣の裾を持ち、優雅にお辞儀をするたびどこかへ消えた。子供の手をひく母親や、帽子を持ち上げて消える馬方、メイド帽を被った中年女性、老婆に老爺、聖職者に兵士まで……わずか数十秒の間に死霊のすべてが消えていき、最後に小さな少女が一人だけ残された。
五歳か六歳くらいに見える美しい子だ。秀でた額に水色の目、黄金の髪を結いあげて、レース製のむち打ちコルセットみたいな襟付きドレスを着ている。
少女は怜を見あげて微笑むと、片足をひいて軽いお辞儀をしたあとで、
「みんな助けてあげたのね」
と、あどけない声でささやいてきた。
もしかして、天使がお礼を言いに来たのかな。
そう考えて近づいたとき、少女の口は耳まで裂けて姿全体が黒くなり、
「……覚えておけ……」
得体の知れないモノが怜に襲いかかってきた。
瞬間身体が宙に浮き、怜は床に叩きつけられて、戦闘態勢に入った広目が少女の前に立ち塞がった。
ふ……ふ……ふはは……ははははは……
ゾッとする高笑いだけ残して、少女の姿はどこかへ消えた。

上野恩賜公園で通報。全身六十一ヵ所に穴が空いた変屍体あり。
霊視の青年・安田怜と病に冒された少女・真理明が紡いだ絆は、
冷徹な異能処理班を変えつつあった。
だが、彼らの雪解けと裏腹に怪異事件は加速する。
穴あき屍体に続いて発見されたのは蒸し焼き屍体。
手がかりは、蒼馬に跨る異界の騎士。
だが、この怪異には、動機が存在しなかった――。
(青屍 警視庁異能処理班ミカヅチ)

続刊を待つせつない気持ち
敵が明るみになり、仲間の役割が明るみになり、物語はこれから大きく動きそうですが、戦いの火ぶたが切られるのはいつでしょうか。
まだ極意京介の役割を明かす刊もありそうで、冒頭書いたように、

これは壮大な物語の幕開けかもしれない?!
とも思えます。こんな時は、シリーズ物の続刊を待つときのせつない気持ちが蘇ります。

「十二国記」の時は18年も待ったなあ…。「八咫烏」シリーズは比較的順調に続刊がでるけど、それでも「楽園の烏」で登場した安原はじめが再登場してないよなぁ…
「警視庁異能処理班ミカヅチ」の場合は、幸いなことに、これまで半年に一度のペースで新刊が発売されています。
ただ、いつも次の刊の予告が最終ページに載っているのに「妖声」には載ってません…。
でも、いよいよシリーズ物として俄然面白くなってきたのは間違いありません。続きを楽しみに待とうと思います。
(しみずのぼる)
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