心やさしい霊視者が怪異と向き合う:内藤了「警視庁異能処理班ミカヅチ」 

心やさしい霊視者が怪異と向き合う:内藤了「警視庁異能処理班ミカヅチ」 

きょうは内藤了氏の連作シリーズ「警視庁異能処理班ミカヅチ」を紹介します。心やさしい霊視者の主人公が警視庁の異能集団とともに街々の怪異と向き合うーーというもので、刊が進むに連れて仲間の過去なども明かされ、物語世界に惹き込まれます(2025.5.6) 

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サイコミステリーからホラー

内藤了氏の小説は、同氏のデビュー作「ON」に始まる「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズが有名です。また、「鬼の蔵」に始まる「よろず建物因縁帳」シリーズはホラー色が強く、わたしは新刊が出るたびに買い求めました。 

サイコミステリーからホラーまで多彩なジャンル(しかも多作!)ですが、内藤氏の小説に共通しているのは、刊を追うごとに全体のプロットが明かされていくところと、怪異や謎解きに向き合う主人公の周囲に必ず仲間がいるところです。 

そのため、猟奇殺人や怪異で「ひたすら怖がらせてやろう」というよりも、主人公や仲間たちで謎を解き明かす、あるいは試練を乗り越えることによる充足感が得られるところにとても惹かれます。 

「ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」 (角川ホラー文庫)
「鬼の蔵 よろず建物因縁帳」 (講談社タイガ)

謎の連続自殺事件。被害者は、かつて自分が犯した殺人事件と同じ手口で死んでいく。事件を追う新人刑事・藤堂比奈子が出会ったおぞましい真実とは!? 第21回日本ホラー小説大賞読者賞受賞!(「ON」角川ホラー文庫) 
 
盆に隠れ鬼をしてはいけない――。それが山深い寒村に佇む旧家・蒼具家の掟。広告代理店勤務の高沢春菜は移築工事の下見ため訪れた屋敷の蔵で、人間の血液で「鬼」という文字が大書された土戸を発見する。調査の過程で明らかになるのは、一族で頻発する不審死。春菜を襲いはじめた災厄を祓うため、春奈は「因縁切り」を専門とする曳き家・仙龍に「鬼の蔵」の調査を依頼する(「鬼の蔵」講談社タイガ) 

都心にまつわる因縁と怪異

きょう紹介する「警視庁異能処理班ミカヅチ」シリーズは、警察ものという点では「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズ、怪異ものという点では「よろず建物因縁帳」シリーズに似ていて、両シリーズの中間的な味わいですが、描かれる怪異は警視庁管轄ーーつまり東京近辺の実際の所在地にまつわる因縁が多く出てきます。 

例えば、都心の一等地ーー麹町界隈なら、江戸時代は行き倒れや罪人の捨て場所だった(「呪街」エピソード1 江戸麹町・地獄谷の吹きだまり)、再開発が進む三田界隈なら、江戸時代に火炙りや獄門など見せしめの処刑が行われた刑場跡地(「桜底」エピソード2 札の辻キリシタン無念の火)といった具合です。 

「桜底 警視庁異能処理班ミカヅチ」 (講談社タイガ) 
「呪街 警視庁異能処理班ミカヅチ」 (講談社タイガ) 

ヤクザに追われ、アルバイト先も失った霊視の青年・安田怜は、
路上で眠っていたところ、サラリーマン風の男に声をかけられる。
曰く
「すこし危険な、でも条件のいい仕事を紹介しよう」
「場所は警視庁本部――」
警視正は首無し幽霊、同僚も捜査一課も癖の強いやつばかり。
彼らは人も怪異も救わない。仕事は、人知れず処理すること――。
桜の代紋いただく警視庁の底の底、彼らはそこにいる。
桜底 警視庁異能処理班ミカヅチ

呼びの204号室に誘われるな。這入ったが最後、命は無い。
警視庁の秘された部署・異能処理班。霊視の青年・安田怜は、
麹町のアパートで祓いの依頼を受ける。
当日、住人は遺体で発見されたが警視正の指示はなぜか「なにもしないこと」。
三婆ズとともに現地を訪れた怜が出会ったモノとは――。
事件を解かず、隠蔽せよ。
恐ろしくてやめられない、大人気警察×怪異ミステリー!
呪街 警視庁異能処理班ミカヅチ

人としてのやさしさが魅力

このシリーズがいいなと思うのは、主人公や仲間たちのやさしさに触れるくだりがさりげなく挿入されている点です。 

例えば、シリーズ1作目「桜底」の冒頭、霊が視えることで苦しむ主人公の安田怜が、警視庁勤務となる前、コンビニ店員だった時にこんなくだりが出てきます。 

「安田くん、そろそろあがっていいよ」
レジに入ってきた店長が言う。
この夜はなぜか客足が伸びず、女性もまだ買い物に来ていなかった。
「わかりました」
と言いながら跪(ひざまず)き、幕の内弁当の後ろにオムライスを移動した。
ーーいつもそうやってくれていたのねーー
声を聞いた気がして振り向くと、隣に彼女がしゃがんでいた。
「あ、どうも」
面食らいながらも「オムライスありますよ」と、弁当を指すと、
「おいしいのよねえ。これ、大好き」
彼女は静かに微笑んだ。
買い物カゴを持つわけでもなく、膝に両手を載せている。
「今日は買わないんですか?」
「そうなのよ。今日はね」
彼女は髪を耳にかけながら怜のネームプレートを覗き込んできた。
「安田くんっていうのよね? いままでずっとありがとう」
怜はハッと気がついた。
この人は、もうオムライスを買うことができないんだ。
「なにかあったんですね」
訊くとサバサバした顔で笑っている。
「うん。ここへ来る途中でね」
彼女はコンビニの外を指さした。
遠くから救急車のサイレンが近づいてくる。店長は首を伸ばして外の様子を見ていたが、すぐに無言で出ていった。サイレンがさらに激しくなって、野次馬たちが移動していく。隣の彼女は頷いた。
「アラフォー、独身、彼氏ナシ。でも、ここのオムライスが好きだった」
「死んじゃうんですね? いま臨終ですか? がんばって生きようとすれば……」
と、怜は訊いた。
「それはイヤ。もういいわ。もう限界まで頑張ったから」
彼女はふうと立ち上がり、バイバイするように耳のあたりで指を振り、砂時計の最後の砂のように床にほどけた。
(「桜底」エピソード1 手足を奪う霊)

あるいは、陰陽師土御門家の末裔で、警視庁警部・ミカヅチ班長の土門一平が、末期がんの友人から亡くなった後に届いた一通のメールについて話す場面ーー。 

不思議に思って開いてみると、なんと、その相手からの返信でした。
ーー雨上がりの朝 とどいた短い手紙ーー
若い人たちは知らないでしょうが、ダ・カーポの『結婚するって本当ですか』の歌詞ですね、メールには続いてこうありました。
ーー花屋の店先の 赤い電話に立ち止まる ありがとうーー
……不覚にも、泣きましたねえ。その人の想いは、魂の状態になってさえ、なんとか私に連絡しようとしていたのだと感じました。ありがとうと、たった一言を伝えるために
(「呪街」エピソード1 江戸麹町・地獄谷の吹きだまり)

人としてのやさしさがあるからこそ、怪異とも立ち向かえるーー。そんな芯を持ったシリーズです。 

間もなくシリーズ7作目刊行

「警視庁異能処理班ミカヅチ」シリーズは、これまでに6冊出ています。 

  1. 桜底 
  2. 呪街 
  3. 禍事 
  4. 迷塚 
  5. 黒仏 
  6. 青屍 

そして、5月15日には第7作目にあたる「妖声」が刊行されます。 

「妖声 警視庁異能処理班ミカヅチ」 (講談社タイガ) 

警視庁の秘された部署・異能処理班に持ち込まれた怪異「呼ぶ声」。
行方不明や死を招くその声は、刑事・極意のものとよく似ていた。
同じ頃、行き倒れた山岳密教の修行僧が、怜に告げたのは思いもよらない彼の過去で――。
怜は広目とともに過去を知るための旅に出る。
妖声 警視庁異能処理班ミカヅチ

おおお、悪魔に憑かれた警視庁捜査一課刑事・極意京介の「思いもよらない過去」が明かされるのか! 

このあたりがシリーズ物の醍醐味ですね。今から楽しみです。 

(しみずのぼる) 

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