十二国記のプロローグ:小野不由美「魔性の子」

十二国記のプロローグ:小野不由美「魔性の子」

きょう紹介するのは小野不由美「魔性の子」です。和製ファンタジーの金字塔とも言ってよい不朽の名作「十二国記」シリーズで、「エピソード0」と位置づけられている小説ですが、独立したホラーとしても大変優れた作品です。陽子の物語ーー「十二国記」本編1作目の「月の影 影の海」から読むのはあまりにもったいない! そんな思いから「魔性の子」の魅力をお伝えします(2023.10.28)  

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シリーズの30年史

最初に「十二国記」シリーズについて。のちに「エピソード0」と位置づけられる「魔性の子」が新潮ファンタジー・ノベルの一冊として出版されたのは1991年です。 

その時点で「十二国記」の世界観については、小野さんの頭の中で「ラフな輪郭」程度はあったそうですが、講談社がいわゆるライトノベルとして講談社X文庫ホワイトハートを創刊し、そこで小野さんに「ぜひファンタジーを!」と熱いオファーをして「十二国記」シリーズは出版されます。 

シリーズ1作目「月の影 影の海」の出版は1992年。その後「十二国記」シリーズは2000年に講談社文庫版が出て、2012年から新潮文庫で完全版と銘打って出版されます。 

そのため、完全版が出て以降は「魔性の子」から読むのが当たり前になっているので、そんなに心配はないと思うのですが、長らく「十二国記」のはじまりは「月の影 影の海」であり、「魔性の子」は関連作品という位置づけでした。 

わたしが「十二国記」シリーズを読んだのは、確か講談社文庫版が出版され始めた2000年頃だったと記憶します。ただ、幸いなことに、それ以前に「魔性の子」を読んでいたのです。 

小野不由美さんの小説でわたしが初めて読んだのは(1998年頃だったと記憶しますが)「東亰異聞」(とうけいいぶん)でした。 

帝都・東亰、その誕生から二十九年。夜が人のものであった時代は終わった。人を突き落とし全身火だるまで姿を消す火炎魔人。夜道で辻斬りの所業をはたらく闇御前。さらには人魂売りやら首遣いだの魑魅魍魎が跋扈する街・東亰。新聞記者の平河は、その奇怪な事件を追ううちに、鷹司公爵家のお家騒動に行き当たる……。人の心に巣くう闇を妖しく濃密に描いて、官能美漂わせる伝奇ミステリ。

これがとても面白かったので、続けて「魔性の子」を読み、そこから「十二国記」の世界にはまったのでした。 

続編の出版まで18年

ですから、2001年、陽子の物語と泰麒の物語がいよいよ結びつく「黄昏の岸 暁の天」が出版された時は、もう狂喜乱舞です。新刊が出ると同時に買い、陽子の物語から再読して満を持して「黄昏の岸 暁の天」のページをめくりました。 

その後、短編集(「華胥の幽夢」)は出ても、「黄昏の岸 暁の天」の続編ーーいよいよ泰麒の物語がどう動くのかーーは何年も出ず、ようやく出たのが2019年。なんと18年! 十二国記ファンは本当に首をろくろ首のように長くして待ったのです。 

というように熱く語るだけの価値あるシリーズだと思って、長い前口上をお許しください。

「魔性の子」から読む派

先日「八咫烏」シリーズについて書いた時、 

「魔性の子」から勧めるか、陽子の物語(「月の影 影の海」)から勧めるか……。 

と書きました。 

それは「十二国記」という壮大な物語世界が本格的に描かれるのは陽子の物語ーー「月の影 影の海」であるのは間違いないからです。 

ですから、人によっては陽子の物語から始めたら?というファンもいるかもしれないと思ってそのように書きましたが、わたしは断然「『魔性の子』から読むべき」派です。 

この順番を違えてしまうと、「魔性の子」のおもしろさが半減してしまうと危惧します。 

神隠し…高里は祟る

前置きが長くなってすみません。「魔性の子」を紹介します。 

書き出しは、一人の幼児が”神隠し”に会う場面(「十二国記」に連なる大事なプロローグです)で、本章が始まると、それから十数年後、広瀬が教育実習生として母校だった高校に赴くところに飛びます。 

広瀬は実際のところ、学校になじめない子供だった。同級生に溶け込むことができず、教師と折り合いをつけることが苦手だった。 

唯一関係性を築けた教師の後藤が広瀬の担当だった。広瀬はクラスでひとり目についた生徒について後藤に「一人、変わった子がいますね」と訊ねた。 

「広瀬も気づいたか。高里だろう」 

(略) 

「奴は台風の目だ。本人が静かなぶんまわりが荒れる。すぐに分かるさ。面白くもねえクラスだが、一筋縄じゃいかないからよ」 

「どうしてです」 

「高里がいるからさ」 

後藤の言っていることはすぐにわかった。高里には「祟る」という噂があった。同じクラスの築城が言った。上級生の橋上は取り合わず、高里に声をかけた。 

「全然覚えてないって本当なのか」 

「実はUFOに連れ込まれたんだろ」 

高里が「そんなことを言う人がいるんですか?」と訊ねると、橋上は築城のほうに視線を向けた。築城は血相を変えて「俺じゃない」「信じてくれよ。俺が言ったんじゃない」と声を上げた。 

その日、築城がけがをした。体育祭の立て看板を作る作業中、のこぎりで足を傷つけたという。橋上もけがをした。5センチもある釘が手のひらに刺さったという。 

怒らせると死ぬ

広瀬は築城の家を訪ねた。築城は震えながら打ち明けた。 

「高里を怒らせると死ぬんだ」 

「中学のとき高里と同じ学校の奴が塾で一緒で、そいつがよく高里の話をしてたんです。(略)高里を怒らせると死ぬ、ちょっと気に障るようなことをしても大怪我をするんだって。馬鹿な、と思ってたけど……」 

その塾が一緒だった生徒もプールで溺れ死んだこと、修学旅行でも死者が出たこと……。 

のこぎりで足を切ったことも口にした。 

「作業してるとき、変な手が現れて足を掴んだんです」 

「白い、女みたいな手だった。俺、タテカンのベニヤを膝に載せて支えてて、そしたらその足を誰かが掴んだんです。両手でギュッて、抱きつくみたいに。(略)ベニヤの下を見たら、白い女みたいな手が俺の足を掴んでたんです。ベニヤの下に人なんているはずがないのに」 

騎馬戦と広がる染み

築城はその日以来、学校に登校しなくなった。クラスメートの岩本が高里にからんだ。 

「築城は今日も休んでんだろ。築城の家に行って一回話したほうがいいんじゃねえか」 

「あいつ、来ないのはビビってるからだ。だから、ちゃんと話をしたほうがいいと思う。そうやって誤解を放っておくから、変な噂がどんどん広まるんだ」 

「神隠しだとか、祟りだとか、高校にもなって何ガキ臭ぇこと言ってんだか。マジに言う奴も奴だけど、何言われても黙ってる高里も悪い。ちゃんと申し開きしろよ」 

ほかの生徒はとめた。広瀬もとめた。岩本は「まったく、どいつもこいつも」と言い、高里の頬を叩いた。 

「これで俺は死ぬはずだな」 

「遠慮なく祟ってくれていいんだぜ?」 

「馬鹿みてぇ」 

そう言って岩本は席に戻った。その翌日の五限、岩本や高里のクラスは体育祭の騎馬戦の授業だった(このシーンはとても怖いです) 

広瀬は理科の授業があたっていて、教室の窓から騎馬戦の光景を見ていた。 

やがてそこに小さな異変が起こったのを見つけた。 

染み、だった。影が落ちたかのように小さな染みが、入り乱れる生徒たちの足許に現れた。(略)それは速やかに、地下水が滲み出すように広がって、みるみるうちに生徒たちの足場を吞み込んでいった。 

広瀬は後藤に注意を促した。あの中には高里と岩本がいる。 

後藤が声をかけ、同時にホイッスルがなった。入り乱れた騎馬が左右に分かれていく。 

左右の陣営に戻っていく人波の間にぽつんと影が現れた。一人の生徒だった。彼の身体は地面の上に横たわったまま、こそとも動かない。(略)横たわった生徒の白い体操着は砂と血糊で斑に変色していた。 

岩本だった。岩本は救急車で搬送中に息を引き取った。 

岩本の死で、クラスは恐慌をきたした。校舎の3階の窓から高里を落とす暴挙に出た。広瀬は高里の両親に相談したが、両親はかかわりたくないという態度を貫いた。結局、広瀬が自身のアパートに高里を引き取った。 

オマエハテキカ

その夜、広瀬は金縛りにあった。 

手も足も寸分たりとも動かすことができない。驚いて声を出そうとしたが、声以前に大きく息を吸うことさえできなかった。 

ずっ、と近くで足音がした。畳の上、足を引きずって歩く音が聞こえた。 

必死になって横で寝ている高里のほうを見ると、白い腕が現れた。女の腕だと人目で分かった。が、人が横たわれるような段差がないことは自分のアパートだから知っていた。 

その時、高里の横顔の影から、唐突に顔が現れた。女の顔だった。 

真円に見開かれた眼がじっと広瀬を窺い見ている。 

ふいに声が聞こえたような気がした。 

ーーオマエハ、オウノ、テキカ。 

言葉の意味を吟味する間もなく、ずり、といきなり顔が広瀬の前に突き出された。真円の眼が飛び込んで来るように見えた。強い潮のにおいがした。 

紹介はここまでにしておきましょう。引用した部分だけでも、これは真正ホラーだとわかっていただけたでしょう。 

高里の周囲で次第に歯止めがきかなくなる怪異と殺戮。高里の周囲に見え隠れする白い腕と真円の眼を持つものの正体。広瀬と高瀬の物語の合間に織り込まれる謎の女人の影……。 

すべてがラストに向けて、ジェットコースターに乗って錐もみ状態になるようなストーリー展開です。 

ぜひ本書を手に取って「魔性の子」を堪能し、そして「十二国記」の物語世界に誘われてください。 

(しみずのぼる) 

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