新刊が発売されるのを心待ちにしているーー。そんな経験は読書好きの方なら誰しもお持ちでしょう。きょう紹介するのは、わたしが新刊の発売を待ち遠しく思っているシリーズ物のひとつ、マーク・グリーニーの〈グレイマン〉シリーズです(2023.10.7)
【追記】グレイマンの第12作目「暗殺者の屈辱」(原題:Burner)が23年12月25日に発売されました。別記事をごらんください(2024.2.2)
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頭を空っぽにして読める
主人公は、グレイマンーー「人目につかない男」という異名で知られる米CIAの元工作員。主な仕事は暗殺ですが、自分が納得する理由がないと仕事を引き受けないという独自の倫理基準で行動する人物です。国際政治の虚々実々の駆け引きの中で影のように動く存在、とでも言えましょうか。
実は最初に「グレイマン」の名前を聞いたのは、出版社勤務の知人と食事をしながら読書談義をしていた時でした。かれこれ5年以上前のことと記憶します。
わたしはスパイ小説も好きで、ジョン・ル・カレやフレデリック・フォーサイス、ブライアン・フリーマントルといった作家の小説はかなり以前に読み漁っていたので、そんな話題をしていたときでした。
知人「フリーマントルとは古いですね」
私「新潮文庫のコーナーにはもう一冊もないですよね。フォーサイスも角川文庫のコーナーにぜんぜんなくなりましたし。この種の作家は最近だと誰がいますかね」
知人「グレイマンなんて読みますか?」
私「いえ初耳です。おもしろいですか?」
知人「おもしろいですよ。頭を空っぽにして読めます」
こんなやりとりで勧められて一冊目を読みだしたのですが、なぜかその時は冒険アクションものの気分でなかったのか、読みかけたまま放置してしまいました。
Netflixがオリジナル映画化
それが数年後に思いがけず再復活したきっかけは、Netflixのオリジナル映画「グレイマン」を観たことでした。
ネットフリックスの映画はシリーズ1作目「暗殺者グレイマン」(ハヤカワ文庫)を下敷きにしたものですが、とても面白かったので、中断した原作をふたたび手に取り、そこからはもう芋づる式で、いまはすっかり”グレイマン教”になってしまった、というわけです。
「暗殺者グレイマン」のあらすじを紹介しましょう。

身を隠すのが巧みで、“グレイマン(人目につかない男)”と呼ばれる凄腕の暗殺者ジェントリー。CIAの特殊活動部に属していた彼は、突然解雇され命を狙われ始めたが、追跡を逃れて今は民間警備会社の経営者から暗殺の仕事を受けている。だがナイジェリアの大臣を暗殺したため、兄の大統領が復讐を決意、やがて様々な国の暗殺チームがグレイマンを標的とする死のレースを開始した! 熾烈な戦闘が連続する冒険アクション小説(「暗殺者グレイマン」)
これまでに11作が出版
このシリーズがすごいのは、作者のマーク・グリーニーが1年に1作のペースで書きつないでいるところです。これまでの出版リストは以下のとおりです(邦題・原題・原作出版年・邦訳出版年月の順)
- 暗殺者グレイマン The Gray Man 2009年 2012年9月
- 暗殺者の正義 On Target 2010年 2013年4月
- 暗殺者の鎮魂 Ballistic 2011年 2013年10月
- 暗殺者の復讐 Dead Eye 2013年 2014年5月
- 暗殺者の反撃 Back Blast 2016年 2016年7月
- 暗殺者の飛躍 Gunmetal Gray 2017年 2017年8月
- 暗殺者の潜入 Agent in Place 2018年 2018年8月
- 暗殺者の追跡 Mission Critical 2019年 2019年8月
- 暗殺者の悔恨 One Minute Out 2020年 2020年11月
- 暗殺者の献身 Relentless 2021年 2021年9月
- 暗殺者の回想 Sierra Six 2022年 2022年10月
シリーズ5作目からは同じ年に邦訳本を出版してくれているので、それだけ多くの読者がついているシリーズということでしょう。早川書房さんに感謝です。
SVR工作員ゾーヤの登場
当然1作目から順番に読むことをおすすめしますが、このシリーズに新たな色合いがつくようになったのは、シリーズ6作目の「暗殺者の飛躍」からです。あらすじを紹介します。


“グレイマン(人目につかない男)”と呼ばれる暗殺者ジェントリーは、黒幕を倒し、CIAのグレイマン抹殺指令は解除された。彼はフリーランスとしてCIAの仕事を請け負うことになり、逃亡した中国サイバー戦部隊の天才的ハッカー、茫の行方を突き止める任務を帯びて香港に赴く。囚われの身となっていた元雇い主に再会したグレイマンは、中国の目を欺くため、元雇い主を通じて中国総参謀部の戴から茫を暗殺する仕事を引き受ける。(「暗殺者の飛躍」上)
香港犯罪組織との乱闘の末、ベトナムのギャングが天才的ハッカー、范をかくまっていると知ったグレイマンは、ホーチミン市に入る。だがロシアのSVR(対外情報庁)の秘密精鋭部隊も范を拉致すべく、密かに行動していた! 范をめぐりグレイマンとSVRは、ベトナム、さらにタイのギャングと争奪戦を繰り広げる。そして、CIAの作戦の裏に隠された衝撃の事実が! 新たな展開でますます白熱する冒険アクション!(「暗殺者の飛躍」下)
新たな色合いとは、このSVRの女性工作員ゾーヤの登場です。
ゾーヤはSVRから外され、それでも単独で范を追跡。タイのギャングとの争奪戦でジェントリーと遭遇する。
SVRから追われるゾーヤを助けたジェントリーは、范の追跡でゾーヤと行動を共にするうちに親密な関係に。しかし、ゾーヤはジェントリーが何者かわからない。
「それで……中国なのね? あなたは中華人民共和国に雇われた殺し屋なのね?」
「もちろんちがう」
「あら、そうなの」
(略)
「いいか、おれは嘘はつかなかったが、真実をすべてきみに話していなかった。十四年間、CIAのために働いていたというのが、真実だ。それがある日、もうそうではなくなった」
真実をいうと約束して
CIAから暗殺指令が出た後、民間セクターの仕事をしていたことなど、ジェントリーはゾーヤに聞かれるがまま答えた。仕事の中身を「超法規的暗殺?」と聞かれた際も、「まあ……そうだね。もっぱらそんな仕事だ」と正直に答えた。
ソーヤは、意見を差し挟まなかった。驚いた表情も見せなかった。数秒置いて、ゾーヤはいった。「もうひとつききたいことがあるの。答えにくいかもしれないけれど、わたしは知る必要があるの。真実をいうと約束してくれる?」
ジェントリーは、身を乗り出した。「誓う」
ゾーヤの視線は、ジェントリーの視線を捉えて離さなかった。「あなたはグレイマンなの?」
わたしのいちばん好きな場面です。続きはこうです。
ジェントリーがじっと座り、ゾーヤを見つめていると、ゾーヤがいった。「返事は千差万別だと思うけど、”イエス”か”ノー”でもいいのよ」
ジェントリーは、言葉に詰まっていた。「そうだね……たしか、”グレイマン”は数年前にインターポールが使いはじめた造語だった。事件が起きて、だれがやったのかわからないときには、”グレイマン”が非難された」
「ちがう……グレイマンは元CIA工作員で、エージェンシーのターゲットになったあと、民間セクターで暗殺者として仕事を引き受けるようになった。SVRも、そのくらいは知ってるのよ」
ジェントリーは、なおも言を左右にしつづけた。「そう。おれがいいたいのは、暗殺を行ったのがグレイマンだという話が、かならずしもーー」
「イエス? それともノー?」
ジェントリーは、ためらってからいった。「イエス」
ゾーヤは、かすかに口をあけ、しばらくそのままでいてから、短くつぶやいた。「うわ」
この「うわ」が好きです。
8作と10作にもゾーヤが登場
ゾーヤは、シリーズ8作目「暗殺者の追跡」と10作目「暗殺者の悔恨」でも登場します。

“グレイマン(人目につかない男)”と呼ばれる凄腕の暗殺者ジェントリー。彼の乗るジェット機がイギリスの空港で襲撃され、CIAが捕らえた銀行家が連れ去られた。CIAに依頼され、グレイマンは銀行家を追う。一方、アメリカでは、元SVR(ロシア対外情報庁)将校のゾーヤが保護されている秘密施設が襲撃を受けた。ある目的のため、彼女はこの機に逃走する。やがてふたつの襲撃事件が関連していることが明らかになるが……。(「暗殺者の追跡」上)

CIAの工作員となった元SVR(ロシア対外情報庁)将校のゾーヤは、ベルリンで民間情報会社を探っていた。だが、ロシアの殺し屋チームが迫っていた。任務に失敗したグレイマンは、愛する女性の危機を知り、病身を押してベルリンで殺し屋チームを撃退する。ゾーヤはザックの救出に赴く。グレイマンは民間情報会社の調査を進め、情報機関員失踪事件の裏に潜む巨大な陰謀を知る!(「暗殺者の悔恨」下)
22年10月に発売されたシリーズ11作目で最新刊の「暗殺者の回想」はもちろんおもしろかったですが、ゾーヤは登場しませんでした。そろそろ12作目が出てもいいころです。次は再びゾーヤが出てくれないものかと、首を長くして待っています。
わたしが一度はつまづいた本をすすめるのも心が引けますが、ネットフリックスのオリジナル映画から入ってもよし、1作目を読んでもよし、ぜひ〈グレイマン〉シリーズにはまってもらえたらと思います。
【追記】〈グレイマン〉シリーズの第12作目「暗殺者の屈辱」(原題:Burner)が23年12月25日に発売されました。別記事をごらんください(2024.2.2)
(しみずのぼる)
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