きょうは平井和正氏のSFバイオレンス小説『死霊狩り』(別名:ゾンビー・ハンター)(全3巻)を紹介します。カリブの孤島で繰り広げられるデスゲーム。その目的はゾンビーと名付けられた地球外生命体と戦う要員を選りすぐるためだったーー。半世紀以上にわたり何度も再刊される伝説的名作です。そのバイオレンス描写の奥に隠された、人類の本質を突く「人類ダメ小説」としての魅力に迫ります。(2026.1.29)
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目次
半世紀を超えて再刊され続ける「聖典」としての歴史
わたしの手元にあるのは1997年から98年にアスキーから出版された3冊です。

最初の刊行は1972年でハヤカワ文庫JAから。2巻・3巻は角川文庫が引き継ぎ、次いでアスキー、ハルキ文庫から再刊され、2018年にはハヤカワ文庫JAから合冊版が出版されています。そして現在も、角川文庫版がkindleで読むことができます。
大量生産されるエンターテイメント系の小説で、半世紀以上前に出版されたものがこうも繰り返し再刊されるのは珍しいのではないでしょうか。
『死霊狩り』はどんな人におすすめ?
わたしの所有するアスキー版の帯(3巻)には、大槻ケンヂ氏のコメントが書かれています。
平井和正の「ゾンビー・ハンター」がなければ、現在のホラー映画、ゲーム、小説、マンガの多くはこの世に存在していなかっただろう。ファーザー・オブ・スプラッターである。「聖典」と呼んでもいい。世界中のホラー&ヴァイオレンスは「ゾンビー・ハンター」を中心に回転しているのだ。
出版社の宣伝文句であることを割り引いても、初出時期を考慮すればホラー&ヴァイオレンス小説の嚆矢と言って差し支えないでしょう。大槻氏の指摘するとおり、ゲーム(例えば人狼ゲーム)好きな方にも好まれそうな内容です。
ただ、平井氏いわく、刊行当時、読者層は若い女性にも広がっていたそうです。バイオレンスものだから男性に好まれる…と考えるのは早計でしょう。
カリブの孤島ゾンビー島で繰り広げられる地獄のデスゲーム
衝撃的な第1巻のあらすじを引用紹介します。

人喰いの猛獣と、無数のトラップが仕掛けられたカリブの孤島ーーゾンビー島。そこで繰り広げられる、地獄の生存テスト。殺しても死なない選び抜かれた強靭な人間達をさらにふるいにかけ、鍛え上げようとする超国家的機関の目的とは何なのか。地上最強の戦士達が葬り去らなければならない〈宇宙からの侵略者〉”ゾンビー”とは?
主人公は元レーシング・ドライバーの田村俊夫。グランプリの事故で瀕死の重傷を負うものの奇跡的に生還。その生命力を買われてゾンビー島に送り込まれます。
脇を固めるのが元パレスチナ民族解放戦線の女兵士ライラと、元中国保安省の破壊工作員、林石隆。彼らが生存テストで共同行動を取るようになる場面を紹介しましょう。
女(=ライラ)は鮮やかに、黄色髭の頸動脈を切断したところだった。喉がぱっくり割れて、声帯まで露出した。血が異様な音をたてて二メートルも噴出する。女はすばやく横に飛んで血しぶきを避けた。
俊夫も豹の動きで襲いかかり、巨大漢の盛りあがった肩口に、猟刀を深々とさしこんだ。が、この化物は、苦痛感覚というものを持ちあわせていないらしい。猛烈な巨体の一振りで俊夫を振り飛ばしてしまった。「どうするんだ? そろそろお呼びがかかってもいいころじゃないかね?」
と、岩山のてっぺんから、痩せこけた東洋人(=林)が声をかけた。(東洋人は)ひょいと錘刀を形造った右手の先端を巨大漢の背中に突きいれる。猟刀で刺されてもこたえなかった大漢が、その冗談みたいな気軽な一撃に、異様な反応をしめした。
ぴんと全身を硬直させると、ベッカリーをとり落してしまったのだ。魔術としか思えなかった。口がだらしなく開いて、大ぶりのナスビそっくりの青黒い舌がつきだす。眼球が一転して白目を剥きだし、仰向けに転がって地響きをたてた。「経路秘孔、いわゆるツボという奴だ。東洋医学には経脈医法というのがある。ハンマーで思いきり殴られても平気な人間が、特殊な経路秘孔に小指を突っ込まれただけで、他愛なく悶絶しちまう。人体にはこうしたツボが七百八穴あって、活かすも殺すも自由さ。まあ、そんなことはどうでもいいがね」
人類に寄生し核戦争を誘発する地球外生命体「ゾンビー」の恐怖
凄惨な殺し合いで生き残った俊夫、ライラ、林はゾンビー・ハンターの地位を得ます。ゾンビーとは、人間になりすます地球外生命体です。
俊夫らはアメリカ政府高官を乗せた飛行機の墜落現場の記録映像を見せられた。たまたま同乗したカメラマンが死ぬ直前に政府高官の姿を映した映像だった。
完全に頭部を失い、パンクした腹部から臓物をぞろぞろとはみださせて、しかも、その〈死体〉は歩くことができたのだ!
肩口の大きな醜い傷口から、なにかが出現したのはそのときである。
それは、人間の肉体組織のいずれにも適合することのない、なにかしらおそろしい異様なものであった。血ではなかった。濃い緑色の流動物を想わせるものであった。大きな軟体動物に似ているが、さらに不定形なものだった。
地球外生命体に憑依された政府高官はアメリカのミサイル防衛の担当者だった。宇宙からの侵略者が意図的に核戦争を惹き起こすことも可能ーーという事態に、アメリカとソ連は協力して「対侵入者特務機関」を設立した。
そして、ゾンビーと名付けられた地球外生命を駆逐するための要員の選抜こそが、カリブの孤島で繰り広げられたデスゲームの目的だったーー。
「凶暴なのは人類そのもの」SFの枠を超えた真のテーマ
こうやって1巻のあらすじを追えば、(こういう言い方は失礼ですが)あまたある地球侵略ものSFと思われるかもしれません。
ところが、平井氏の「死霊狩り」はそうではないのです。
そのことを読者が意識し始めることができるのは、ゾンビーの憑依を疑われた日本企業のレーザー開発技師とその家族のもとへ俊夫が潜入する2巻からです。ゾンビーとの対決シーンを紹介します。
「われわれは、あんたを殺す気なら、とっくに殺せた。あんたはそれを忘れている」
「くたばりやがれ、ゾンビー……」
「凶暴なのは、あんたがた人類そのものだよ。あんたたちの蔵した野蛮な攻撃性は驚くべきものだ」
潜入した開発技師の家で誰がゾンビーなのか、そこは明かさずにおきましょう。ただ、潜入捜査の中で誰がゾンビーなのかを疑う心理戦は、現在の人狼ゲームにも通じる緊張感があります。
平井和正が『死霊狩り』を「人類ダメ小説」と呼んだ理由
平井和正氏は『死霊狩り』全3巻を「人類ダメ小説」と名付け、次のように書いています(3巻あとがきから)
人類とかいう連中の歴史をひもといてみると、やはり腹が立ってどうにもならないということがある。人類のあまりの低劣さ、愚劣さに血圧があがってくるのだ。そして個人的な怒りはすぐに消滅するのに、この怒りはたいそう持続性を持つ。一冊の本を書きあげるのに充分なほどだ。
1巻の解説も引用しましょう(筆者は本多雅之氏)
「ゾンビー・ハンター」には残虐シーンが大量にはめこまれている。平井の言葉によると、彼の読者の半数以上は年若い女性であるらしい。吐気をもよおし、ページを伏せる場面も多いであろう。だが、平井は人間の行使する暴力をギリギリの地点まで追いつめようと試みているのだ。どうか目を伏せずに直視していただきたい。この現実世界には、平井和正の筆力ではとうてい及ばぬ、ものすごい残虐、暴虐がいまも展開されているのだ。現在、ベトナムで米軍が働いている極悪非道ぶりにくらべたら、この作品は血の色を呈しているとさえもいえないだろう。
ベトナム戦争下で起きたソンミ村虐殺事件(1968年)あたりを想起しての文章かもしれませんが、人類が歴史に残した残虐非道ぶりは数え切れません。
ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺、ソ連・スターリンの大粛清、中国・毛沢東の文化大革命、小川哲氏が「ゲームの王国」(上下巻、ハヤカワ文庫JA)で活写したカンボジア・ポルポト派の大量殺戮……。まさに枚挙にいとまがありません。
ですから、『死霊狩り』全3巻は、半世紀以上前の小説にもかかわらず、古さを感じさせないどころか、現代にも通じる小説なのでしょう。実に悲しむべきことですが…
『死霊狩り』は幸いなことにkindle版で読むことができます。興味を抱いた方は手に取っていただければと思います。
(しみずのぼる)
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