きょう紹介するのは異星人侵略もの、人類滅亡ものの古典SFの名作、ジョン・ウィンダムの「海竜めざめる」です。内容ももちろんおもしろいのですが、それ以上に狂喜乱舞したいのは、福音館書店刊行の同書は、知る人ぞ知る”夢の復刊本”だからです(2024.6.1)
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ある年齢層に限られるでしょうが、小学生の頃に児童向けSFを好んで読んだ方が「懐かしい!」と叫ぶ名作シリーズがあります。岩崎書店の「エスエフ世界の名作」もしくは「SFこども図書館」です。
前者は1966年から1967年、後者は1976年から1977年にかけて刊行されました。全26巻にのぼります。
年代的に言うと、わたしは「エスエフ世界の名作」のほうで、小学2年生から3年生ぐらいにかけて、このシリーズを好んで読んでいました。
古典SFの有名どころも含まれていますが、創元推理文庫やハヤカワ文庫SFで読み直すことが可能なSF以外にも、リチャード・ホールデンの「光る雪の恐怖」、ロバート・C・シェリフの「ついらくした月」といった、この児童向けSFシリーズでしか読めないSFもあって、親の転勤で散逸したことをとても悔やんでいます。
夢の顔合わせが実現
この岩崎書店の児童向けSFの中で、一冊だけ、当時の装丁のものが読める小説があるのです。それがジョン・ウインダムの「海流めざめる」です。
優れた絵本を多数刊行している福音館書店が2009年にスタートさせた新シリーズ〈ボクラノSF〉の記念すべき1冊目が「海竜めざめる」で、訳文はハヤカワ書房SFの星新一版をベースにしています。
ショートショートSFの大家、星新一の翻訳というだけで価値があるのは当然ですが、やはり個人的には、岩崎書店の児童向けシリーズで「海竜めざめる」の装丁・挿絵を担当した長新太のイラストがそのまま掲載されているところが最大の魅力です。
長新太は「『ユーモラスな展開と不条理な筋立て』による『絵本』と称される数多くの絵本や児童文学の挿絵を描き、『ナンセンスの神様』の異名をとった」方です(ウィキペディアより)
同書巻末の解説で大森望氏がこう書いています。
福音館書店〈ボクラノSF〉シリーズ第一弾として刊行された本書『海竜めざめる』は、早川書房版の星新一訳と、岩崎書店版の長新太イラストとをドッキングさせたもの。今回はじめて、星新一+長新太という夢の顔合わせが実現したことになる。
なんて素晴らしいことでしょう。出版社の垣根を越えて、こんな素敵な「夢の顔合わせ」を実現してくれるなんて!
深海に棲息した異星生物
前置きがずいぶんと長くなりました。さすがに中身の紹介もしないとまずいですね。
イギリスEBC放送の職員マイク・ワトソンは妻フィリスとの新婚旅行の最中、アフリカ北西の大西洋上で、海に落下する数個の赤い火の玉を目撃する。同様の火球の目撃談が世界各地で相次ぎ、それと呼応するように、海で続発する異変。火球の落下点の調査に向かった潜水艇は、忽然と行方をくらまし、原因不明の船舶事故が次々と報告される。そして、海流は不気味に色を変え……。火球と海で起きた異変との関連を指摘し、警鐘を鳴らす冷静な声は、人々には届かず、国ごとに異なる利害、そしてそれぞれの思惑から、国家間では疑心暗鬼が渦を巻き、国際協調も進まない。世界で何が起ころうとしているのか。何一つはっきりとしたことはわからないまま、場当たり的な対応が繰り返される。そして、静かに、緩慢に。終末は深海から訪れる。
空から飛んできた火球が深海に棲息し、海を支配して陸上の地球人を襲ってくる…という異星人侵略ものです。 大森氏が解説で、
訳者の星新一氏によれば、
「本書が書かれて以来、宇宙からの侵略があり、その経過をマスコミ関係者が追うという型式の映画がいくつも作られた。それを最初に創り上げたウインダムは、やはり傑出した才能と呼ぶべきだろう」(ハヤカワ文庫SF版『海竜めざめる』訳者あとがきより)
ごぞんじのとおり、最近のハリウッドでも破滅ものの人気は高く、ひっきりなしにSFX大作がつくられている。自然災害系なら、『ディープ・インパクト』『アルマゲドン』『デイ・アフター・トゥモロー』『ザ・コア』……。宇宙からの侵略による破滅なら『インデペンデンス・デイ』『マーズ・アタック』『宇宙戦争』……。
しかし、地球が滅亡しそうになる映画をさんざん見せられた今の目で見ても、『海竜めざめる』はびっくりするほどよくできている。自然災害+宇宙からの侵略と、両方の特徴を兼ね備えているのも見逃せないが、最大のポイントは、忍び寄る破滅の恐怖がものすごくリアルなこと。
と書いていますが、本書の特徴を端的に言い表していると思います。
懐疑的なメディアがリアル
早い時点から異星人の侵略説を唱えたボッカー博士に対して、マスコミは懐疑的な論調を続けた。海岸線沿いの住民を襲撃する可能性を指摘して現地調査した直後も、ビホルダー紙は〈ボッカー博士復活〉という大見出しをつけて批判記事を載せた。
〈……深海の魔竜と対決すべく出陣したボッカー博士は、たぐいまれな勇気の持主であり、また、怪物の出現地点を正確に予想した推理力の持主である。しかし、はたして賞賛すべきことだろうか。
(略)
ボッカー博士は、英国の沿岸全域をただちに武装化せよと主張しているが、それは、熟慮の結果ではなく、今回のおそろしい経験によってもたらされた一時的な恐怖心のなせるわざなのではないかと思わざるを得ない。
冷静に考えると、この提案は無用の不安をあおるだけであって、根拠にとぼしい。
(略)
わが国は、もっとも近い被害地域からも数千キロも離れている。その全海岸線に税金をつぎこまねばならないのだろうか。それではまるで、東京の地震におびえて、ロンドンを耐震建築化するようなものだ〉
懐疑的なメディアの姿勢など、まさにリアルです。コロナ禍でも、当初、政府の方針を皮肉るワイドショーのコメンテーターがいたことを思い出せば、確かにリアルだな…とわかっていただけるでしょう。
深海に潜むものが海岸線の襲撃を続けるうちに地球人も警戒するようになると、今度は氷山の崩落、海水温度の上昇が始まった。ボッカー博士が警鐘を鳴らしたが、その時もメディアの反応は冷ややかだった。
この説がそもそも、最初にネザモア・プレス紙に取上げられたのが不運だったともいえる。英国では三流紙と思われている新聞で、一流紙はその詳報をのせたがらないのだ。
アメリカでは海外短信として小さく扱われ、あまり人目にふれなかった。また、英米両国においては、この説が妄想の産物であってほしいという空気もあり、それも一因だったのだろう。
いかがですか。メディアの扱い方で受け止めが異なることもリアルなら、「信じたいものを信じる」人が多いのもリアルです。
海面上昇で陸地が次々と海に没する中、主人公たちーーEBC放送のマイク・ワトソンと妻フィリスは、はたしてどんな選択をするのか……。続きは本書をお読みください。
最後に。たいへん残念なことに、福音館書店の〈ボクラノSF〉シリーズは5冊出たところで後が続かず、岩崎書店の児童向けSFシリーズの装丁・挿絵を”復活”させたのは「海竜めざめる」の1冊にとどまっています。
ほかのシリーズの装丁・挿絵も復活してくれたら…
そんなふうに思っている人もいるので、福音館書店にはぜひ頑張ってほしいものです。
(しみずのぼる)
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