アンディ・ウィアー『アルテミス』|月面都市を舞台にした痛快活劇

アンディ・ウィアー『アルテミス』|月面都市を舞台にした痛快活劇

NASA主導の月探査ミッション「アルテミス2」が話題となる中、アンディ・ウィアーのSF小説『アルテミス』を再読しました。月面都市を舞台にした緻密な科学設定と、手に汗握るミッション・イン・ポッシブルの要素が融合した痛快なアクション活劇です。主人公ジャズ・バシャラの挑戦と、月面独自の経済や社会システムが描かれる本作の魅力を紐解きます。(2026.4.7)

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NASA「アルテミス2」打ち上げと小説『アルテミス』

アンディ・ウィアーは、現在映画公開中の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(上下巻、ハヤカワ文庫SF)を昨年末に読み、その面白さに感動。デビュー作『火星の人』(上下巻、ハヤカワ文庫SF)を読み、続いて第2作目となる『アルテミス』(上下巻、ハヤカワ文庫SF)を読み、年末年始はアンディ・ウィアー漬けでした。 

初読から3か月しかたっていませんが『アルテミス』を再読したのは、もちろん、連日ニュースをにぎわす「アルテミス2」()に刺激されたからです。 

※アルテミス2:NASAが主導する国際月探査「アルテミス計画」の第2弾で、2026年4月2日(日本時間)に打ち上げられた有人月周回ミッション。約50年ぶりに宇宙飛行士4名を乗せた宇宙船「オリオン」が月周辺を周回・飛行、4月7日には1970年にアポロ13号が樹立した約40万171キロメートルを超え、人類が到達した地球からの距離を更新。続くアルテミス3では月面着陸を計画している。 

アルテミス計画は日本を含む30か国以上が参加するミッションですが、アンディ・ウィアー『アルテミス』に出てくる月面都市アルテミスは、もっと不思議な成り立ちで(そのことは後述します)、いまから70年ほど未来の2090年ごろのお話です。 

月面都市の生活と運び屋ジャズ・バシャラの日常

『アルテミス』あらすじ
人類初の月面都市アルテミス──直径500メートルのスペースに建造された5つのドームに2000人の住民が生活するこの都市で、合法/非合法の品物を運ぶポーターとして暮らす女性ジャズ・バシャラは、大物実業家のトロンドから謎の仕事の依頼を受ける。それは都市の未来を左右する陰謀へと繋がっていた……。

『アルテミス』(上下巻、ハヤカワ文庫SF)

主人公のジャズ・バシャラは26歳。サウジアラビア人の父で溶接工のアマー・バシャラとともに幼少期にアルテミスに移住したものの、付き合っていた男と一緒に家を出て、男と別れた後もカプセルホテル(?)を転々としながら、金集めのため荷物の運び屋を務めている。拳銃・麻薬以外の密輸にも手を染めながら……。 

そんな密輸絡みで仕事を融通してくれる大物実業家のトロンドの部屋に荷物を届けにいくと、先客がいた。香港から来たジン・チュウと紹介されたが、手元には謎の箱が置いてある。 

ジンがコーヒーをとろうと手をのばした。その隙に箱を見ると、白地に黒い文字でくっきりと、”ZAFOサンプルーー許諾使用者のみ使用可”と書いてあった。 

大物実業家からの依頼:アルミ精錬と酸素供給の陰謀

その夜、ふたたびトロンドから部屋に呼ばれた。トロンドはジャズに説明した。 

アルテミスで操業する「サンチェス・アルミニウム」という会社を買いたいと思っていること。アルミニウムの生成は、アルミニウムと酸素とシリコンとカルシウムでできている灰長石の精錬作業が必要で、精錬には大量の電気を必要としている。サンチェスは精錬の過程で生じる酸素を提供する代わりに、電気をただで使っている。この契約があるからサンチェスは独占企業体になっていること……。 

「もしサンチェスが酸素の供給をストップしたら、契約は破棄される。そうなったら、こっちの出番で、事業との引き継ぎを申し出る。おなじ取引だーーただの酸素とただの電力」 

トロンドはすでに酸素はひそかにストックしてあるという。 

「ふうん」わたしはテーブルの上のグラスをくるくるとまわした。「あたしにサンチェスの酸素製造を止めさせたいってことね」 

トロンドはその通りと言い、無人で動く灰長石の収穫機を壊してほしいと続けた。 

「相手はなんのセキュリティ機能もない自動化された車だ。きみは賢い。なにか思いつくと信じてるよ」
「オーケイ。でも、もしあたしがつかまったらどうなるの?」
「ジャズって誰です?」彼は芝居がかった口調でいった。「デリバリーの子? ほとんど知らないなあ。その子がなんでそんなことをしたんだろう? 見当もつきませんねえ」
「やっぱりそういうことよね」

密輸業者から破壊工作員へ:100万スラグの契約

ジャズは「どうしてあたしなの?」と訊ねると、トロンドは答えた。 

「ジャズ、わたしは実業家だ」
「わたしの仕事は充分に活用されていない資源を活かすこと、それがすべてなんだよ。そしてきみはまるっきり活用されていない資源なんだ」
「きみはなろうと思えばなんにでもなれたはずだ。溶接工にはなりたくなかった? それはそれでいい。だったら科学者になってもよかった。エンジニアでも。政治家でも。経営者でも。なんにだってなれた。ところがきみはポーターだ」
「きみはほんとうに賢い。そしてお金を欲しがっている。わたしはほんとうに賢い人間が必要で、お金を持っている。どうだい、この話に興味はあるかな?」

ジャズは逡巡する。 

それに、なんだかへんな匂いがする。トロンドはアルミニウム産業に参入する理由として、うだうだわけのわからないことをいってはぐらかしていたけど、もし失敗したら、危険にさらされるのはわたしで、彼ではない。つかまったら地球に追放される。わたしはたぶん地球では立ち上がることもできない。地球で暮らすなんて無理。六歳から月の重力下にいるのだから。
だめだ。わたしは密輸業者だ。破壊工作員ではない。それに、この話全体が、なんだか匂う。
「残念だけど、やっぱりあたし向きじゃないわ」わたしはいった。「誰かほかの人を探して」
「報酬は一〇〇万スラグだ」
「取引成立」

加速する物語:殺人事件と謎のサンプル「ZAFO」

ジャズが金欲しさに破壊工作を引き受けるまでが上巻の3分の1ほどです。

ジャズの破壊工作は成功しかけるも、すべて破壊させることはできず、残りの工作を思案中にトロンドが殺害され、ジャズ自身も殺し屋に追われる羽目に。 

その過程で治安官のルーディーから、サンチェスがブラジルの犯罪シンジケートがマネーロンダリングに使っている会社だったことを知らされる。 

サウジへの強制送還を口にするルーディーを頼るわけにいかない。トロンドは何を目的にサンチェス買収を画策したのか。香港のジン・チュウが直前にトロンドのもとへ持ち運んだZAFOサンプルが謎を解く鍵だが、ZAFOとは何を指すのか。 

ジャズは、欧州宇宙機関の研究員でオタクのウクライナ人スヴォボダや、ジャズの恋人を奪ったゲイで船外活動(EVA)マスターのデイル、そして敬虔なイスラム教徒であるジャズの父アマーたちの助けを借りながら、ZAFOの謎を解明するとともに、殺し屋が大挙してアルテミスに送られてこようとしている窮地を脱する計画を立てるーー。 

評論家の大森望氏は解説で「月面版ミッション・イン・ポッシブル」と評しています。 

『アルテミス』は、手に汗握る月面版ミッション・インポッシブル。ふつうならまず実行不可能と思われる仕事を提示されたヒロインが、持ち前の技術と度胸と知恵で難題に挑む。ただし、問題のミッションは非合法なので、むしろ、映画で言うケイパーもの(もしくは銀行強盗〔ハイスト〕もの)に近い。綿密な計画を立て、協力者を集め、着々と準備を進め、実行する過程がテンポ良く描かれる。 

「月面版ミッション・インポッシブル!」アンディ・ウィアー最新作『アルテミス』、 評論家・大森望「文庫解説」先行公開

月面版ミッション・イン・ポッシブルと開拓の気風

大森氏はこうも書いています。 

アルテミスでは、リバタリアン精神というか、地球の法律に縛られず、自分たちのことは自分たちで決めようという自主独立の気風が強く、最先端の技術が投入されている割に、開拓時代のアメリカ西部の雰囲気をたたえている。アルテミス統治官のフィデリス・グギが町長なら、治安官のルーディ・デュボアは町の保安官か。 

つまり本書は、みんなから愛されるはねっかえりの小娘が大騒動に巻き込まれ、まわりの大人たちがなんだかんだ言いながら救いの手をさしのべる──みたいな、ある意味、たいへんおおらかな話なのである。

このアメリカ開拓時代の雰囲気は、著者のアンディ・ウィアーが目指したものでしょう。

ケニアの財務大臣から出資者を集めてアルテミス建設を実現させた統治官のグギが、アルテミスを「赤ん坊の経済」と口にする場面が出てきます。 

「すべて、ひとつの経済のライフサイクルのなかで起こることよ。最初は無法状態の資本主義。それが経済を阻害しはじめると、つぎにくるのが規制と法の執行と税金。そのあとはーー公共の利益と社会保障。そして最後が支出過剰と破綻」
「ちょっと待って。破綻?」
「そう、破綻。経済は生き物よ。元気一杯で生まれてきて、硬直して疲れ果てて死んでいく。そしてまた必要に迫られて、人は小さな経済集団に分散して、あたらしい、でも、より秩序のあるサイクルがはじまる。赤ん坊の経済よ。ちょうどいまのアルテミスのような」

精緻に作られたアルテミスの設定|続編と映画化すでに決定

大森氏の解説によると、著者は最初に月面都市アルテミスの設定を考えるところからスタート。この設定に時間をかけたこともあり、続編が予定されているそうです。 

具体的には、治安官のルーディーが殺人事件を捜査する話を構想しているという、読者がアルテミスを再訪できる日も、そう遠くないかもしれない。 

そしてそして! デビュー作『火星の人』、現在公開中の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と同じように、『アルテミス』も映画化が決まっているそうです! 

これは楽しみですね~。アルテミス2で月面探査が話題になっている今だからこそ、ぜひ『アルテミス』を手に取ってほしいと思います。 

(しみずのぼる) 

📖あわせて読みたい:アンディ・ウィアーの『火星の人』『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の読書レビューはこちら👉

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