きょうは先日亡くなったフレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」(原題:The Day of the Jackal)を紹介します。フランス大統領ドゴールの暗殺未遂事件に着想を得たドキュメント・スリラー。原作も映画も大変優れているので、著者の訃報とともに再注目が集まりそうです(2025.6.25)
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世界的なベストセラー作家
まずはフレデリック・フォーサイスの訃報記事から。
【6月10日 AFP】英国のスリラー小説作家フレデリック・フォーサイス氏が9日、死去した。86歳。著作権エージェントのカーティス・ブラウン氏が公表した。フォーサイス氏は、1971年の「ジャッカルの日」の出版後、たちまち世界的なベストセラー作家となった。
フォーサイス氏は、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領(当時)の暗殺を右派の過激派が企てるというストーリーの「ジャッカルの日」を、苦境を経て、わずか35日で執筆したことで知られる。
エドワード・フォックスが暗殺者役を演じた映画版はヒットし、昨年、エディ・レッドメイン主演で動画配信サービス「Netflix(ネットフリックス)」でもリメークされた。
「オデッサ・ファイル」(1972年)や「戦争の犬たち」(1974年)など、25冊以上の本を執筆。売り上げ部数は全世界で7500万部を超え、多くの小説が映画化された。
通信社のパリ特派員時代に警護隊員から入手した内部情報を基に、ドゴール・フランス大統領を狙う殺し屋と阻止しようとする警官の攻防を描いた「ジャッカルの日」を71年に発表。世界的なベストセラーとなり、映画化もされた。
フレデリック・フォーサイスさん死去 英作家「ジャッカルの日」、86歳
このほかの代表作に「オデッサ・ファイル」「戦争の犬たち」など。2015年には、英国の対外情報機関、秘密情報部(MI6)のために諜報(ちょうほう)活動を20年以上行っていたことを明らかにした。
「ジャッカルの日」の邦訳単行本が出版されたのは1973年。わたしはまだ中学生でした。父が「これは近来まれにみる傑作だよ」と勧めてくれて、読了後「確かに傑作だ!」と興奮したものです。
「ジャッカルの日」の映画(1973年)も父と一緒に映画館で観ました。原作を忠実に映画化していて、また原作を読み直したり……。中学生当時の良き思い出です。


米ソ冷戦下の危機感
しかし、フォーサイスの作品は長じて読み直すと、当時の国際政治を下敷きにしたものばかりでした。
例えば「第四の核」(原題:The Fourth Protocol 邦訳単行本は1984年出版)。英国からロシアに亡命したキム・フィルビー(実在の人物)の指導の下、英国に核を持ち込んで駐英米軍基地で核爆発を起こさせて米英の離間を画策する…というサスペンス小説ですが、執筆の底流にあるのは当時のイギリス労働党の左傾化に対する激しい危機感です(当時の労働党執行部の描写は実際の出来事を下敷きにしています)
小説の体裁をとりながら、米ソ冷戦時代のスパイ戦争の苛烈な現実と、にもかかわらず西側諸国の現実軽視の風潮(欧州諸国で盛んだった「ダイ・イン」などの反核・平和運動)をきわめて批判的に見ていた…ということが窺えます。
訃報記事にもあるように、のちに英国秘密情報部(MI6)に協力していたことを本人自身が告白しますが、「スパイだったから書いた」のではなく、もともとの正義感・義憤(共産主義への嫌悪、西側諸国への危機感)があって小説を執筆し、スパイ活動に協力したのだろうな…と想像します。

キム・フィルビー事件に着想を得たジョン・ル・カレ「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」はこちらの記事をごらんください
味方の嘘か、敵の罠か…映画「裏切りのサーカス」
ドゴール暗殺未遂は6度も
話を「ジャッカルの日」に戻しましょう。

民主主義国家の元首で、ドゴールほど自国の一党派に生命を脅かされた人物はいない。秘密軍事組織OASは、6回にもわたってドゴール暗殺を企てたのである。度重なる失敗で窮地に追い込まれたOASは、最後の切札を切り出した。凄腕のイギリス人殺し屋の起用である。暗号名ジャッカルーーブロンド、長身、引きしまった体躯の持ち主。射撃の腕は超一流。だがOASの計画はフランス官憲に知られるところとなった。ジャッカルとは誰か? 暗殺決行日は? ジャッカルはどこからフランスに潜入するのか? 正体不明の暗殺者を追うルベル警視の必死の捜査が始まったがーー全世界を沸かせた傑作ドキュメント・スリラー(1979年版文庫背表紙から)
いま発売中の文庫(角川文庫=上下2巻、2022年刊)ではなく手元の文庫(角川文庫、1979年刊)をひもとくと、翻訳を手掛けた篠原慎氏があとがきで次のように書いています。
この作品の最大の特徴は、事実とフィクションが混然一体となっていることである。事件や登場人物のあるものは、現実に起り、実在している。たとえば冒頭のプチ・クラマール事件が一例であり、次の士官学校事件もまた現実の出来事である。
フォーサイスは、この作品のどこまでがフィクションで、どこまでが事実かという質問に対して、「答えは私の頭の中にしまってある。今後ともそれを明らかにするつもりはない」と答えている。資料の一部は警察の記録文書から採ってきたもので、他はドゴールの護衛隊や警察関係者のオフレコの談話から成っているという。このときの取材について、彼は次のように言っている。
「一九六八年の秋に、警察にいる友人に確認して、関係者から取材した。『ここだけの話ですが、どういうことがあったのです』という調子でね。私はニュースソースを明かさないという、口の固さでは定評があったので、みんなわりと気楽にしゃべってくれた」
警察の資料に残されている
ドゴール暗殺を企てたOAS(秘密軍事組織)は度重なる暗殺失敗の末、ほんとうに外国人殺し屋を雇ったのか、否かーー。 実は「ジャッカルの日」の本文中に気になる箇所があります。
世界じゅうのジャーナリストたちがこの暗殺未遂事件(=士官学校事件のこと)をフォローし、情報不足のために推測記事で紙面を埋めているあいだに、国家警察を主体とするフランスの官憲は、秘密情報機関と憲兵隊の支援を仰いで、フランス官憲史上最大の捜査活動を開始した。それはまもなく、それまで例を見ない大がかりな人狩り(マンハント)作戦に発展した。これをしのぐマンハントは、後に現れたもう一人の暗殺者を対象にした作戦の場合のみである。この暗殺者の正体はいまだもって不明で、現在もなお”ジャッカル”という暗号名で警察の資料に残されている。
この記述なら、ふたつの人狩り(マンハント)作戦がフランス官憲の手で展開されたのは歴史的事実だということになります。そして、そのうちのひとつが「”ジャッカル”という暗号名で警察の資料に残されている」ことも史実である…と匂わせています。
まさに「事実とフィクションが混然一体となっている」ところが、「ジャッカルの日」が描く”狩る者”(ルベル警視)と”狩られる者”(ジャッカル)の繰り広げる死闘に大いに迫力を与えているのは間違いありません。
過半を占める暗殺準備
「ジャッカルの日」は3部構成で、
- 第一部 陰謀の解剖学
- 第二部 追跡(マンハント)の解剖学
- 第三部 暗殺(ころし)の解剖学
となっていますが、第一部の「陰謀の解剖学」ーージャッカルが用意周到にドゴール暗殺の準備をする部分と、フランス官憲がようやくOASの企みに気づくところまでーーだけで本書の過半を占めています。
アクションらしい場面もありませんから、盛り上がりに欠けると思うかもしれませんが、そんなことはまったくありません。ページをめくるのがもどかしくなるほど、史実を下敷きにしたドキュメント・スリラーの世界に惹き込まれること請け合いです。
動画サービスで配信中
映画のことも触れておきましょう。監督は「真昼の決闘」(1952年)で有名なフレッド・ジンネマン。ストーリーは原作にきわめて忠実ですが、ジャッカル演じるエドワード・フォックス、ルベル警視演じるミシュエル・ロンスデールはまるで原作から抜け出したかのようで、原作の魅力を余すところなく伝えて(演じて)います。
映画「ジャッカルの日」は有料動画配信サービス「U-NEXT」で配信中で、久しぶりに観直しましたが、まったく古さを感じません。やはり傑作です。
フォーサイスの訃報を機に、「ジャッカルの日」をはじめとしたフォーサイス作品(例えばクリストファー・ウォーケン主演で映画化もされた「戦争の犬」など)にふたたび日の目があたることを願っています。
(しみずのぼる)
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