きょうは小野不由美さんの「ゴーストハント」シリーズから「鮮血の迷宮」を紹介します。個人的な感想で言えば、シリーズ最恐のホラー小説です。中に入った者が行方不明になると有名な幽霊屋敷に招かれた霊能者たちに降りかかる怪異と災厄。魔の手はついに仲間たちにも…という極上のホラーです(2023.10.26)
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集められた霊能者たち
小野不由美さんの「ゴーストハント」シリーズについては、人形にまつわるホラーをテーマに「人形の檻」を取り上げました。
しかし、このシリーズの魅力を語るなら、最もホラー色の強い「鮮血の迷宮」か「海からくるもの」ではないか…との思いが捨てがたく、もう一度読み直して記事を書こうと思った次第です。
「鮮血の迷宮」は全7作のシリーズ中、第5巻にあたります。単行本の帯からあらすじを紹介します。

増改築を繰り返し、迷路のような構造を持つ巨大な洋館。地元では幽霊屋敷として名高く、中に入った者が行方不明になる事件が連続して起こる。この館を調査するため、二十名もの霊能者が招集された。複雑な内部を調べていた麻衣たちは、館内に空洞があることに気づく。次々と姿を消す霊能者たち。やがて明らかにされる、館の血塗られた過去(「鮮血の迷宮」角川文庫)
血の臭いがする
調査を依頼された洋館は長野県の山中にあり、ここで起きる怪異の原因と解決法を求められた。
集められたのは心霊調査会や超能力研究者ら20人。SPR(渋谷サイキックリサーチ)とその仲間たちも、洋館で泊まり込みの調査にあたることになった。霊媒師の原眞砂子はつぶやいた。
「血の臭いがしますわ」
その夜、超能力研究者の一行が降霊会を開き、SPRの面々も参加した。
降霊会が始まるとすぐにラップ音が鳴り始めた。蝋燭の火が消えて真っ暗になった。部屋中で壁や床を叩く音が鳴り響いた。
電灯をつけると、テーブルの上に紙切れがあった。
ーー助けて
たった三文字。
床に散らばった紙を見ると、乱れた字でその三文字が散乱していた。
(略)
「おい」
ぼーさんが、足許から拾った紙をあたしたちに示した。そこには、
ーー死にたくない
しかもそれは赤い線で書かれていた。ーーまるで血のような。
紙幣に謎の文字
その夜、降霊会で助手をしていた女性が姿を消した。翌日には別の霊能者グループの男性の姿が見えなくなった。
失踪者のことを気にしつつも、SPRの一行は、複雑怪奇に増改築を繰り返した洋館の部屋をひとつひとつ調べて回った。
そのうちに隠し扉の向こうに部屋を見つけた。埃をかぶった布の山。布地に記してあった文字を読むと、「美山慈善病院 附属保護施設」と読めた。
布地のコートの内ポケットには折り畳んだ紙幣が入っていた。文字が書いてあり、こう読めた。
「よ、げ、く、聞、た、さ、に、浦、る、居、死、皆、は、来、処…」
調査を勧めていくうちに、この家のかつての持ち主の名が「美山鉦幸(かねゆき)」とわかった。慈善事業に力を尽くした篤志家として知られながら、変人の噂もついて回った人物だった。
調査の依頼主に訊ねても、鉦幸の孫から聞いた話として「化け物が出るから、出ないように工事している」という趣旨の話を聞けただけだった。
「皆死んで居る」
さらに迷路状態の建物を調べるうちに、別の隠し部屋を見つけた。男性の自画像を描いた油絵があり、表のサインには「浦戸」とあった。
紙幣の文字を改めて見直した。真ん中のあたりに『浦』という字が見える。その隣をよくよく見ると……。
「『戸』じゃねぇのか、横」
「ほんとだ。これ、『戸』だよ」
……浦戸。
メンバーのひとりが、戦前なら「右から左に読む」ことに気づいた。文字をメモ用紙に書き写して、改めて読んだ。
『ーー処・来ーーは皆死ーー居る 浦戸ーーさ・たーー聞く ・げよ』
ひとりが「読めると思う」とつぶやいた。
「『此処に来た……は皆死んで居る』じゃないのか?」
(略)
「じゃ、最後の一文は簡単よね」綾子が苦々しげに言った。「これは誰かにあてたメッセージなんだわ。『ここに来た者はみな死んでいる。……逃げよ』……」
金縛りで見た悪夢
その夜、麻衣は金縛りにあい、悪夢を見た(この場面は「ゴーストハント」シリーズの数ある怖いシーンの中でも屈指の怖さです)
夢の中で麻衣は2人の男に腕を取られ、暗い廊下と砂利道を歩かされ、部屋の一室に連れていかれた。
……なんか、嫌だ。この先には行きたくない。
部屋に入ると服を脱がされ、裸のままさらに奥の部屋に連れていかれた。部屋は床一面が赤く染まっていた。猛烈な血の臭いで激しい腐臭で胸が詰まった。
……いやだ
こんな夢、やだ
男たちはベッドに引きずり上げた。ベッドの足許には深いバケツのような桶。胸の上に太い紐が渡されて上半身を抑え込まれ、ベッドの外に頭部を垂らした状態にされた。
……落ち着け。これは夢なんだから。これは、絶対に夢なんだから。
だって、こんなことあるはずがない。もうじき目が覚める。
手に包丁…喉を反らされ…
男たちが戻ってきた。手には大きな包丁を持っていた。
あたし、もう目を覚ましたい。こんなところにこれ以上いるのは嫌だ。
男の腕が伸びて、髪をつかまれ、喉を反らす格好にされた。
(いや)
視界を白い光が横切った。男が(死にたくない)身を乗り出した。反らした喉に(死ぬのは怖い)冷たい指が当たる。
(怖いのーーあたし、死にたくない)
男の腕が上がって、凍るほど冷たいものが喉に当たった。細い鋭利なもの。
(略)
男の腕が動いた。
どうして目が覚めないの!? お願い、起きて!?
細い冷たい感触が喉を滑った。引っ搔いたほどのチリチリする痛みが走る。
同時に、どっと温かいものが喉から溢れて首を伝った。視野が真っ赤に染まる。遅れて、同時に首を切り落とされたような激痛が来て、あたしは全身全霊で悲鳴を上げた。
このあたりまでにしておきましょう。十二分に恐怖を味わったでしょう。「シリーズ最恐」という評判に嘘偽りないことをわかっていただけたでしょうか。
幽霊屋敷と化した洋館に秘められた血塗られた過去とはなにか。何がこれほどまでの怪異を惹き起こし、生贄となる犠牲者を求め続けるのかーー。続きは本書で確かめてください。
「海からくるもの」も怖い
さて、「ゴーストハント」シリーズでは、第6巻「海からくるもの」も、「鮮血の迷宮」に勝るとも劣らない怖さです。単行本の帯からあらすじを紹介します。

日本海を一望する能登半島で料亭を営む吉見家。この家は代替わりのたびに、必ず多くの死人を出すという。依頼者・吉見彰文の祖父が亡くなったとき、幼い姪・葉月の背中に不吉な戒名が浮かび上がった。一族にかけられた呪いの正体を探る中、ナルが何者かに憑依されてしまう。リーダー不在のSPRに最大の危機が迫る!(「海からくるもの」角川文庫)

でも、とにかくくどくて恐縮ですが、「ゴーストハント」シリーズは第1巻「旧校舎怪談」から読むのが定法です。

取り壊すと必ず事故が起こると噂されている木造の旧校舎。高校1年生の麻衣はひょんなことから、調査に訪れた〈渋谷サイキックリサーチ/SPR〉所長・ナルの手伝いをするはめに。彼女を待っていたのは数々の謎の現象だった。旧校舎に巣くっているのは戦没者の霊なのか、それともーー?(「旧校舎怪談」角川文庫)

いくらホラー好きでも、「鮮血の迷宮」や「海からくるもの」から手に取ることのないように。
(しみずのぼる)
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