きょうは前回に続いて「アイネクライネナハトムジーク」です。漫画はいくえみ綾さんの作。映画は三浦春馬さん、多部未華子さんが演じ、三浦さんの遺作となりました(2023.8.25)
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純正のいくえみ綾作品
まず、漫画のほうですが、これは原作者の伊坂幸太郎氏が下巻のあとがきを書いています。
「アイネクライネナハトムジーク」をコミカライズしたい、という話をもらった時、はじめは断ったほうがいいだろうと思いました。ごく普通の人たちばかりが出てくるお話ですし、漫画にすることで活き活きするような部分もありません。単にストーリーをなぞっただけのものになる予感があったからです。
「ただ」断る前に、編集者に言ってみました。「絶対、無理でしょうけど、いくえみ綾さんが漫画にしてくれるんだったら、幸せですよね」
(略)
「言うだけ言ってみましょう。言うのはタダですから」編集者もおそらく、駄目だろうと思っていたはずです。ですから、いくえみ綾さんが引き受けてくれる、と連絡があった時は、本当に驚きました。小説を書いていて良かった、頑張ってみるものだな、と思ったほどです。
「言うだけタダ」の精神はほんとうに大事ですね。こうやっていくえみ綾版「アイネクライネ…」が読めるのは、その編集者さんのおかげです。
伊坂氏はあとがきに、
恋愛小説や恋愛漫画をあまり読まない僕も、いくえみ綾さんの漫画は大好きでした。登場人物の温度や、物語のバランスが心地よく、今から思えば、斉藤和義さんから、「恋愛小説を書いて」と依頼された時、「恋愛物は書けないし、どうしよう」と悩みつつも、いくえみ作品のようなものなら、と無意識に考えていたのかもしれません。ああいったものなら書いてみたい、と。
と書いています。この言葉どおり、ストーリーと漫画の親和性はぴったりです。小説を読むのが苦手の人なら、ぜひ漫画版から読んでも期待を裏切られないと思います。
いくえみ綾版の「アイネクライネ…」は、ストーリー自身は原作に忠実なので、中身について付け加えることはありません。ただ、漫画としてのよさに触れるとすれば、第1話「アイネクライネ」に出てくる織田夫妻について一言。
「あれが出会いだったんだ」
佐藤の大学の同級生で、学生時代の憧れの的だった由美が「出会い」について話すシーンがあります。
あのね?
この間子供を寝かしつけた時に
風の音がきこえてきて
静かなんだけど
どこかから小さく
その時は何かわかんなくて
風かなあ?とか
でも後になってわかるの
あああれが出会いだったんだって
小説にもこのシーンはあるので、いくえみさんのオリジナルではないのですが、由美の表情がとてもよく、漫画を読んでからは、小説を再読しても、いくえみさんの描く由美が頭に思い浮かぶようになりました。
映画「アイネクライネ…」で由美役は森絵梨佳さん。漫画版を意識された配役だったのか、ご本人が意識されたのか、漫画版から抜け出たような由美でした。
佐藤とシャンプーの彼女が主軸
映画版は、佐藤(三浦春馬)と”シャンプーの彼女”の紗季(多部未華子)のストーリーが主軸になっています。
尺の関係もあって、「この子がどなたの娘さんかご存じですか」作戦や藤間さんの財布の話も絡めてあり、どうしても、オリジナルの小説や漫画版とは異なる物語という印象を受けます。
ただ、そのぶん、小説や漫画では描かれていない佐藤と紗季の話が掘り下げられています。特に終盤(オリジナルの小説にも、いくえみ綾さんの漫画にもない)紗季が乗るバスを佐藤が走って追いかけるシーンはじんわり来ます。
主題歌は斉藤和義「小さな夜」
主題歌は斉藤和義氏の「小さな夜」。これもとてもいい曲です。
エンドロールでオリジナルが流れますが、劇中でも何度かギターの弾き語りで使われています。
ちっぽけなこの夜
見慣れたソファに猫は丸まって
エアコンの風うなる冷蔵庫
ドラマを見てる彼女
あの頃描いた未来が今なら
あの日のボクは
今なんて言うのだろう
「うまくやった」かな
「それでいいの?」かな
どう答えるべきか
先週彼女に言われた不意の一言
「ねぇ、なんで私たち
一緒にいるんだっけ?」
小さな夜数えきれないほど
思い出せないほど重ねてきた
小さな夜劇的じゃないけれど
風は緩いけれど
それも”悪くない”のに
どこにでもあるような
ちっぽけなこの夜…
「ベリーベリーストロング」とはまったく曲調が異なるのに、「小さな夜」も歌詞が映画の内容にピッタリあっているのが不思議です。ぜひ聴いてみてください。
(しみずのぼる)
【追記】伊坂幸太郎氏の「アイネクライネナハトムジーク」の第2話「ライトヘビー」について、別記事(音楽との出逢いかた:伊坂幸太郎/斉藤和義)で紹介しました(2023.9.20)
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