僕たちもう家に帰れないのかもしれない…小説&映画&漫画「ルート225」 

僕たちもう家に帰れないのかもしれない…小説&映画&漫画「ルート225」 

きょう紹介するのは藤野千夜さんのヤングアダルト小説「ルート225」。映画化もされ、漫画版もあるので、ひっくるめて紹介します。14歳の姉と13歳の弟が迷い込んだパラレルワールドは両親だけがいない…そんなせつない設定の物語です(2024.9.3) 

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微妙にズレたパラレルワールド

藤野千夜さんの小説(2002年に理論社刊、2004年に新潮文庫刊)のあらすじを文庫背表紙から紹介します。 

公園に弟を迎えに行って帰ってきたら、家からママがいなくなっていた…。中2のエリ子と中1のダイゴが迷い込んだ、微妙にズレたパラレルワールド。学校もあるし、普段と変わらぬ日常が続いているようなのに、なぜか両親がいないのだ。おまけに、死んだはずの同級生が生きていたり、プロ野球選手がちょっぴり太っていたり。一体どうして? 必死で試みる母との交信から二人の軽やかで切ない冒険が始まる。 

「ルート225」(新潮文庫)

第1章のタイトルは「ルート196」で終盤の第8章が「ルート225」です。ルート(√)記号で計算すれば、√196=14、√225=15。主人公のエリ子が14歳から15歳になるまでが描かれています。 

ダイオキシン8倍!

エリ子は母親に言われて帰りが遅い弟のダイゴを探しに出ると、ダイゴは公園にいた。ランニングシャツ姿でYシャツを脱いでブランコに座っている。Yシャツのことを聞くと、カバンの中だと言う。早く着なよとせかすと、 

ダイゴはやっとブランコから下りて、足もとのカバンと帽子を拾い上げた。パチン、とカバンの口を開けてから、また困ったようにこっちを見る。「ていうかさあ、まずいんだよね、これ」
「なにが」
「シャツ」
とダイゴはカバンの中から小さくたたまれた白いシャツを取り出すと…

背中側に黒マジックで「ダイオキシン8倍!」と大きな文字が書かれていた。ダイゴは友達のエビヅカが「本当にガキっぽいんだ」と弁解する。 

「家についたら、私がママの気をひくから、あんたはさっさと自分の部屋に行って着替えなよ。あとはなんとでもごまかせるから」
「うん、頼むね」
とダイゴはほがらかに言った。甘えやがって、と私はダイゴの背中を傘の柄で軽くつつく。やめてよお、とダイゴはくすぐったそうに言った。
(略)
「ねえ、あんた、本当は学校でイジメられてるんでしょ」
私はからかうように言った。「あだ名がダイオキシンなんじゃないの?」
「違うよ」
とダイゴは少しキツい声で否定した。それからもう一度、本当に違うからね、と念押しするように言った。

このあたりの関係性が、中2の姉、中1の弟という感じですね。 

「だって死んでるもん」

でも、家路に向かってふたりは迷います。住宅街の角を曲がると、あるはずのない広い川にぶつかります。

「ねえ、お姉ちゃん、これってどういうこと」
弱虫のダイゴが、呆然としたように言った。
でもそんなこと、私にだってわかるわけがない。道を間違えてもいないはずなのに、景色がこんなにも変わってしまうなんて。

エリ子は「やっぱ、私とあんたで道を間違えたんだね」と一番ありきたりな答えを口にすると、ダイゴは不服そうな声を上げた。 

ダイゴのやつ、だったら他にどんな理由があると言うつもりだろう。異次元だとか異世界だとか、そういうアヤしげな話なら今はやめてほしい。私はそもそもオカルトっぽいのが苦手だし、ついでにファンタジーっぽいのも苦手なのだ。
(略)
「景色が変わったとか簡単に思ったらダメだよ。そういうのって、ただの現実逃避だから。私たちは道を間違えた。他にないじゃない」
「……ていうか、お姉ちゃんの言ってることのほうが現実逃避なんじゃ……」
「マジうるさい、バカ弟」

そのままダイゴにむかつきながら歩いていると、ひとりの少女をみかけた。道を聞こうと近づくと、ダイゴの顔色が変わった。 

「クマノイさん?」
「ダイゴ君、久しぶり」

しかし、ダイゴはあとは口をつぐんだまま。そして「お姉ちゃん、行こう」と促した。 

「お姉ちゃん、やばいよ、これ。僕たちもう家に帰れないのかもしれない」
とダイゴは伏目がちに言った。
「なに、それ。バカじゃないの?」
(略)
「だってクマノイさんって死んでるもん」
とダイゴは私の意図を徹底的にムシして言った。「五年生の冬に、風邪をこじらせて、肺炎とか言って入院してそのまま」

「14歳の少女」表現の違い

小説版のあらすじに「軽やかで切ない」とありますが、多部未華子さん主演、中村義洋監督の映画版(2006年)、志村貴子さんの漫画版(2008年)のあらすじも紹介しましょう。 

クールな姉とヘナチョコな弟。2人だけが迷い込んだパラレルワールド。思春期の不安も孤独も、生きることの不条理も、明るく受け入れ生きていく。中学生姉弟のオカシク、セツナイ、ファンタジックストーリー(映画版) 

姉のエリ子と弟のダイゴは、近所の公園から家に帰るハズが、いつの間にか、ちょっとだけズレた違う世界に来てしまう。いなくなっちゃった両親、違う世界にもいる自分の友達…この世界っていったいどこ? 元の世界へ帰るための、2人の不思議な不思議な日々(漫画版) 

「ルート225」(シリウスコミック、講談社刊)

「軽やかで切ない」「オカシク、セツナイ」「不思議な不思議な日々」……。微妙に違います。 

この違いは表現者(小説は藤野さん、映画は中村監督や主役の多部さん、漫画は志村さん)の感じる「14歳の少女」への違いを表しているように思います。 

クールを気取る小説版

小説版のエリ子はクールな自分を気取っていて、弟のダイゴにも結構厳しく「バカダイゴ」とか平気で連発します。 

元の世界に戻るには異世界に紛れ込んだ日と同じにしないといけない…そう思って、ダイゴのシャツに「ダイオキシン8倍!」と書く重要な場面でも、こんなやりとりです。 

「……お姉ちゃん、ふざけないでよ」
「ふざけなきゃ、こんなひどいことできないよ。大好きな弟に」
「……お姉ちゃん」
「バカ、信じるなよ。でも、ひどいよなあ。誰だよ、こんなことしたやつ」
私は言うと、イ、オ、キ、と立て続けに書いた。「ねえ、名前なんだっけ」
「なにが?」
「背中にこんなこと書いたやつ」
「……エビヅカ」
「今度そいつの背中に、私が落書きしてやるよ。ねえ、そいつってデカいの?」
「ん、そういうわけでもないけど、百五十八くらい?」
「ていうか、負けるな、そんなやつに」

カッコいい映画と漫画

映画版は、エビヅカくんの家(八百屋)に乗り込み、ダイゴのシャツに「ダイオキシン8倍!」と無理やり書かせようとします。そして抵抗するエビヅカ君に向かって、エリ子は掴みかかりながら、 

人の心の中がお前にわかるのかよ
どれだけつらいのかもわかんねえくせによ

と啖呵を切ります。多部未華子さんがカッコいい! 

漫画版のエリ子も、ダイゴと、こちらの世界でいろいろ相談に乗ってくれるマッチョの3人で、エビヅカくんの家(一軒家)にあがり、エビヅカくんにマジックで書かせた後、 

じゃあ、今度は謝ってください
うちの弟にちゃんと謝ってください
弟の背中にダイオキシン8倍!!て
書いたこと謝ってください
土下座してちゃんと謝ってください

エビヅカくんの母親が飲み物(紅茶?)をお盆に載せて「え なに? なんなの?」と戸惑っていると、エリ子はお盆の飲み物を土下座しているエビヅカくんの頭に注ぎます。 

映画も漫画も、小説版よりもずっと熱くカッコいいエリ子です。 

涙の場面も異なる

涙の場面もだいぶ違います。 

例えば、ラストのほうで母親と電話がつながる、とても大事な場面があります。小説版はこんな感じです。 

私たちが家に帰れなくなってから、もう半年も経つのだった。さすがにママだって、ずっと電話の前で待ち構えていたりはしないだろう。ちょうど留守電だったりしたらもったいないな。そんな余分なことを考えながら番号をプッシュすると、すぐにテレカの残度数が「1」になって、ママが出た。意外と落ちついた口調だった。

「エリちゃんでしょ」

いきなりママが言ったので、私は泣きそうになった。というか、本当はそう思ったときにはもう涙がこぼれていた。ちぇっ、カッコ悪いなあ。そう思いながらちらっとダイゴの様子をうかがうと、まだ話してもいないダイゴまで、なぜだか鼻の頭を真っ赤にして泣いているので笑いそうになった。私はたぶん感情がこわれているのだ。ママが誰からの電話にでも、エリちゃんでしょ、エリちゃんよね、といきなり語りかけているところも想像してしまったし。

ただママのほうは、少しも錯乱しているような感じではなかった。たぶん半年のあいだにいろいろ考えてみたのだろう。私がダイゴを連れ回しているといったことは言わなかった。そのかわりに、元気なの、ごはんはちゃんと食べてるの、と言った。私は家にいるけれどママたちがいないのだと言った。ママはその逆のことを言った。

映画では、多部未華子さんが大粒の涙をこぼしながら母親(石田えりさん)にこう話します。 

私は家にいるけどお母さんたちがいないの 

(こっちも私とパパはいるけどエリちゃんたちがいないのよ) 

これ、最後の電話なんだ 

(どうして…どうしてなの) 

説明してる時間が惜しいの。とにかく、これが最後の電話だよ 

漫画版では、エリ子は母親との電話シーンでは泣かずにきちんと用件を伝えますが、その前に自分の部屋のベッドの上で涙を流すシーンがあります。 

マッチョはあいかわらずいいやつ
シマちゃんもミカワさんも楽しくてやさしくて
大久保ちゃんとは一番の仲良し

それで
パパとママだけがいない

「それで」のところから、こぼれ落ちる涙を隠すように両手で目を押さえて、ひとり嗚咽するエリ子の絵柄はもう、読んでいる方まで泣かされます。 

小説版のポップな感じのエリ子が好きか、映画や漫画の感情の起伏に富んだエリ子が好きか、このあたりはお好みでしょう。 

エリ子とダイゴは無事に元の世界に戻れるのか。戻れないとしたら……そのあたりはご自身でお確かめください。

ちなみに、エンディングを含めて、それぞれ微妙に異なったりもします。どのバージョンが好みか、比較しながら物語世界を堪能してみてもいいかもしれません。 

(しみずのぼる) 

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