ミステリーの要素を加えた青春恋愛小説「パラークシの記憶」

ミステリーの要素を加えた青春恋愛小説「パラークシの記憶」

きょうは以前に紹介したSF史上屈指の青春恋愛小説「ハローサマー、グッドバイ」の続編、マイクル・コーニイ「パラークシの記憶」(原題: I Remember Pallahaxi)です。前作同様に青春恋愛小説ですが、ミステリーの要素が加わり、前作に勝るとも劣らない出来栄えです(2023.10.13)

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真相が今語られる

最初に河出文庫の背表紙からあらすじを紹介しましょう。

冬の再訪も近い不穏な時代、村長の甥ハーディは、伝説の女性ブラウンアイズと同じ瞳の少女チャームと出会う。記憶遺伝子を持つこの星の人間は、罪の記憶が遺伝することを恐れ、犯罪はまず起きない。だが少年と少女は、背中を刺された男の死体を発見する……名作「ハローサマー、グッドバイ」の待望の続編。真相が今語られる。 

このあらすじのとおり、主人公の少年少女はハーディとチャームで、前作の主人公ドローヴとブラウンアイズは出てきません。ふたりは何世代も前の伝説の恋人たちとして出てくるのです。 

例えば、ハーディの船が沈没して、それをチャームが救ってくれた場面から。 

ぼくを救ってくれた子の茶色い目に温もりが感じられる。茶色い目は、ぼくたちの文化では大いに称賛される存在だ。それは祝福と見なされていて、なぜならそれが伝説のブラウンアイズーー恋人のドローヴとともに、はるか昔になにか想像もできないかたちでぼくたちを災厄から救いだしてくれた女性ーーを思いださせるからだ。

はるか昔、ラックスの力がふたたび優勢になったかと思われたとき、世界を救った不死の恋人たち。どうやって救ったのかは、ぼくには見当もつかないが。伝説の告げるところでは、この英雄譚においてロリンが重要な役割を果たしたといい、それもまた、ぼくたちがこの生き物にとても好意的な理由になっていると思う。 

こんなふうにドローヴとブラウンアイズは伝説の人物として繰り返し登場します。 

前作と異なる設定

また、前作と異なるのは、彼らが血の繋がった祖先の記憶を継承していることです。 

風習も大きく異なり、男性と女性は子供を作っても別々に暮らすのが通常で、男性は男性の集落で男性の村長に従い、女性は女性の集落で女性の村長に従っています。また内陸部と海岸部でお互いを「根堀り虫」「水掻き持ち」と差別しあっています。 

そういう中で「根堀り虫」に属するヤム・ハーディと、「水掻き持ち」に属するノス・チャームが出会い、習俗や因習の違いを乗り越えてお互いに惹かれ合っていきます。 

と、ここまでなら前作のドローヴとブラウンアイズの物語と同工異曲と映るでしょう。ところが、「パラークシの記憶」はこれにミステリーの要素が加わってくるのです。 

父を殺したのは誰か

殺されたのはハーディの父親ブルーノだった。ブルーノは弟で村長のスタンスを補佐し、ヤムの農作物とノスの海産物を交換する窓口役を務めていた。息子のハーディを伴ってノスに出向いたところ、何者かに背中を刺され、ハーディとチャームがブルーノの死体を発見する。 

父を殺したのは誰か。ハーディは最初ノスの人間を疑うが、ヤムに戻ると今度はハーディが氷魔(前作にも出てくる、水中に潜んで獲物を凍らせる生物)に襲われる。そもそもヨットにも穴があけられていたことを思い出し、父を殺害し、自分も殺そうとしているのは父の弟でヤムの村長スタンスではないか……と思い至る。 

ハーディはスタンスの襲撃を何とかかわしてノスに逃れるが、惑星はふたたび凍期に向かっていた。 

ふたたび襲う凍期

スタンスは宗教がかった演説でヤムやノスの人たちをまとめ、伝説の地パラークシに行けば凍期を克服できると唱える。対するハーディとチャームはふたりで古い記憶をたどり、伝説の恋人たちーードローヴとブラウンアイズが、どうやって凍期の世界を生き延びたかを探ろうとする……。 

ブルーノを殺したのは誰か。スタンスが真犯人だとしたら、その動機は何か。そして、ふたたび巡ってきた凍期を生き残るため、記憶をたどって探り当てたドローヴとブラウンアイズの時代に起きた出来事は何か。そして、ハーディとチャームはドローヴとブラウンアイズのように人々を凍期から救うことができるかーー。ミステリーの要素が満載なのはわかって頂けるでしょう。 

それでも、大本は恋愛青春小説なのです。以下は、死んだと思われていたハーディがチャームに再会する場面です。 

チャームはまだ身を震わせていた。両手で目を覆い、両腕で膝をはさんで背を丸めてすわっている。それから指をひらいていき、ふたつの茶色い目が一瞬、疑い深く、ぼくを見つめた。そしてまた顔を覆うと、静かにすすり泣きはじめた。 

(略) 

「死んじゃったと思っていたの」彼女はささやき声でいった。「みんなに、あなたは死んだといわれた。わたしも死んじゃいたかった」 

ぼくはどうしたらいいか見当もつかなかった。「知らなかった……全然気づかなくて……」 

チャームは腕をゆるめて、両手をぼくの肩にのせると、濡れた茶色い目でぼくの目を覗きこんでいたが、一瞬で冷静そのものの態度になると、「いいえ、気づいていたはずよ」といった。「それに、わたしみたいな気持ちになった人は、相手からも同じように愛してもらわなくちゃいけないの。そうでなかったら、馬鹿みたいじゃない? だからキスして、いいでしょ?」 

こういう場面になると女性の方がなぜか積極的なようです。チャームも、ブラウンアイズも……。とてもとても甘酸っぱい気持ちになる場面です。 

訳者の山岸真氏はあとがきでこう書いています。 

前作未読の方はぜひ本書といっしょに前作をお買い求めの上、前作から順に読まれることをお薦めしておきたいと思います。 

もちろん、「独立した作品として読めるように書かれている」という続篇紹介の常套句は本書にも当てはまる。けれど、なんといっても前作は、結末のSF史上有数の大ドンデン返しで有名な作品。本書から先に読んでしまうとーーそのあと、前作も読みたくなるのは確実ですからーーその楽しみを味わいそこねてしまうことになる。 

まったく山岸氏の書かれているとおりです。

ぜひ「ハローサマー、グッドバイ」を読み、その後に「パラークシの記憶」を読まれることをおすすめします。 

(しみずのぼる)