きょうは”奇蹟の歌声”と称せられる夭折の女性シンガー、エヴァ・キャシディ(Eva Cassidy)を取り上げます。33歳という若さで亡くなった彼女は、亡くなる10か月前にワシントンDCのジャズクラブでライブ演奏しています。原曲よりも美しいカバー曲が多く、アルバムとしてもたいへん優れていますが、リスナーからすれば、この10か月後に亡くなったことを思うと、その「語り」にも泣かされます(2023.8.8)
〈PR〉


亡くなる10か月前に演奏
舞台となったジャズ・クラブ「ブルース・アレイ」(Blues Alley)は、ワシントンDCの中心街からややはずれたジョージタウンにあります。ジョージタウン大学は、80年代を代表する青春群像映画「セント・エルモス・ファイアー」の舞台。キャンパスシーンは大学の許可がおりずに別大学で撮影されましたが、主人公たちがたまり場にしているパブは、ジョージタウンにあるTombsという実際のお店で撮影されたそうです。また、大学から街中にくだる細い急傾斜の階段は、映画「エクソシスト」で主人公の神父が転げ落ちるシーンで使われて有名です。
学生街と言ってもよいジョージタウンの中心部から少し路地を入った、倉庫を改造したような建物がブルース・アレイです。わたしは10数年前にワシントンDCに暮らしていたことがあり、ブルース・アレイにも何度か出かけ、「ここがエヴァ・キャシディが演奏した場所か」と感慨にふけったものです。
きょう紹介する「Live at Blues Alley」は、1996年1月2日と3日の演奏の一部を1枚のアルバムにしたものです。1曲のみスタジオ収録で、ライブ演奏は
- Cheek to Cheek
- Stormy Monday
- Bridge Over Troubled Water
- Fine and Mellow
- People Get Ready
- Blue Skies
- Tall Trees in Georgia
- Fields of Gold
- Autumn Leaves
- Honeysuckle Rose
- Take Me to the River
- What a Wonderful World

の12曲となります。「枯葉」(Autumn Leaves )や「Fine and Mellow」のようなジャズの名曲に混ざって、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」(Bridge Over Troubled Water )といったポップスナンバーも歌っています。中でもスティングの「Fields of Gold」は、オリジナルを超える美しさ。ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」(What a Wonderful World)も、数あるカバー曲でも屈指の出来です。
両親はここに来ているのよ
「この素晴らしき世界」を歌い始める前に、時間にして10秒あまりのエヴァの「語り」があります(Take Me to the Riverの3分56秒から)
自分のリスニング能力の低さから間違っていたら許してほしいのですが、このように聞こえます。
How about … dedicate to this song … to Mam and Dad. They’re here the night.
(この曲をお母さんとお父さんに捧げます。両親はきょうここに来ているのよ)
父さんがギターを弾くように言ったのよ
エヴァがMam and Dadという時のはにかんだ声のトーン。そして、一気にThey’re here the night.と続けると、客席から拍手と囃す声。お客のひとりがMam and Dad!と、おそらくはエヴァのご両親のほうに向かって声をかけています。そのあと、エヴァが早口で、
Dad told me had played a guitar. (とうさんがギターを弾くように言ったのよ)
こう言って「この素晴らしき世界」のイントロをギターで弾き始めます。
演奏が終わると、
Thank you so much for coming. You’ve been really wonderful. Thank you.
(来てくれて本当にありがとう。皆さん本当にすばらしいわ。ありがとう)
といって、拍手のうちにライブが終わるのです。
ぜんぜん売れないシンガーで、地元でしか知られず、でも両親も聞きに来てくれた演奏を、この夏に自主制作でCDにして、しかしその時にはすでに癌に侵されていて、同じ年の11月、33歳の若さでなくなったエヴァ。そう思って、両親に捧ぐという語りと、思いを込めて歌った 「この素晴らしき世界」を聴くと、胸に迫るものがあります。
「ナイトバード」は全曲収録
ブルース・アレイでの演奏は、当日(1月3日)の曲目順に全曲を収めた「ナイトバード」(Nightbird)という2枚組アルバムも出ています。

「スイングしなけりゃ意味ないね」(It Don’t Mean a Thing (If It Ain’t Got That Swing))のようなジャズのスタンダードナンバーも含まれていますし、シンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」(Time After Time)や、「虹の彼方に」(Over the Rainbow)などのポップスナンバーも含まれています。
でも、個人的には男性MCの紹介と拍手で始まる「Cheek to Cheek」が1曲目で、「この素晴らしき世界」の前に語りが入る「Live at Blues Alley」のほうを推したいと思います。ちょうど25周年記念でデジタル・リマスター版(アルバムジャケットがカラー)が出ています。
ベスト盤はスタジオ収録版も
エヴァ・キャシディは多くのカバー曲を残しています。ベスト盤「Rainbow : Best of Eva Cassidy」には、「Fields of Gold」や「この素晴らしき世界」のスタジオ収録版も入っています。
わたしが好きなのは、サイモン&ガーファンクルの「Kathy’s Song」、シンディ・ローパーの「True Colers」です。エヴァの沁み入る歌声をぜひ聴いてみてください。
(しみずのぼる)