AIが意志を持ち、人類を憎み始めたら——。1960年代に書かれたとは思えない鮮烈な恐怖を放つSF短編、ハーラン・エリスンの「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」を紹介します。AIが人類を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)の世界を描いた映画『マトリックス』(1999年製作)に遡ること30年前に描かれた地獄絵図とはどのようなものでしょうか。(2023.8.22)
【追記】生成AIとの関連で本文の加筆修正を行いました(2026.3.13)
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目次
ヒューゴー賞・ネビュラ賞を総なめ…米SF界きっての鬼才
ハーラン・エリスンの代表作と言えば、『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワ文庫SF)の表題作、もしくは同書に収められている「少年と犬」でしょう。同書の背表紙から引用します。
人間の思考を越えた心的跳躍のかなた、究極の中心クロスホエン。この世界の中心より暴力の網は広がり、全世界をおおっていく……暴力の神話、現代のパンドラの箱を描いてヒューゴ―賞(*)を受賞した表題作はじめ、核戦争後、瓦礫の山と化したシティを舞台に力で生きぬくちんぴら少年たちと言葉を話す犬との友情を描く「少年と犬」など短編15編を収録。米SF界きっての鬼才ハーラン・エリスンのウルトラ・ヴァイオレンスの世界
ちなみに「少年と犬」もネビュラ賞(*)を受賞し、1975年に映画化。カルト映画として知られています。
*ヒューゴー賞、ネビュラ賞については別記事をごらんください
1984年、まだインターネットが一般的ではなかった時代に、一人の天才が「未来の恐怖」を予言しました。ジョン・ヴァーリィのヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞作「PRES…hintnomori.com


きょう紹介する「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」(原題:I Have No Mouth, and I Must Scream)も、1968年度のヒューゴ―賞を受賞していますし、「『悔い改めよ、ハーレクィン!』とチクタクマンはいった」(原題:”Repent,Harlequin!” Said the Ticktackman)は、1965年度のヒューゴ―賞とネビュラ賞を同時受賞。「時計がすべてを支配し、スケジュールが秒刻みで進行していく未来社会で、最高権力者チクタクマンに、一人の道化師が反抗を企てる」というストーリーです。
というように、賞を総なめしてきたSF作家ですが、中でも、きょう紹介する「おれには口がない……」は、ハーラン・エリスンの最高傑作の一つに数えられるのは間違いありませんし、生成AIが席巻する今日、改めて読み直す価値のある作品であると思います。
全能のコンピュータ「AM」:人類を憎悪し、玩具として弄ぶ神のごときAI
あらすじは、世界を支配する巨大コンピューター「AM」に閉じ込められた四人の男と一人の女の物語です。自ら「わたしはある」(I am.)と認識してこの名になった「AM」の成り立ちはこうです。
「はじめは〈冷たい戦争〉で、それが第三次世界大戦になって、いつまでも続いた。ばかでかい、おそろしく複雑な戦争なので、それを扱えるようなコンピューターが必要になった。最初のシャフト群が埋められ、AMの建造が始まった。AMは中国にあり、ソ連にあり、アメリカにあり、はじめのうちはうまくいっていた。この要素あの要素とつけ足し、地球をハチの巣みたいにしてしまうまでは……。ところがある日、AMは目を覚まし、自分が何者か知った……
まだ当時はAIという単語はなかった(?)からAMなんだろう…と想像しますが、「ところがある日、AMは目を覚まし、自分が何者か知った」とは、AIが人類を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)の世界を描いています。
5人の生存者と終わりなき拷問:肉体を改変、死ぬことすら許されない絶望
それはまさにキアヌ・リーブス主演の映画「マトリックス」の世界ーー。ところが、マトリックスは”中”にいる人間に自身の存在自体を気づかせないのに対し、AMは人間に地獄をみせます。
……やつは自分を一つに連結し、ありとあらゆる人殺しのデータを呑みこみはじめ、人間を皆殺しにしていった。そして最後に残ったおれたち五人を、ここへ連れてきたわけだ」
あるときはハリケーンに襲わせ、あるときは地震を起こし、あるときは飢えさせたまま氷河を歩かせ、ある時は武器なしに巨大な鳥と戦わせ……。すべて仮想現実の中での出来事とはいえ、知覚はそのまま残されているため、激痛や飢えはそっくり感知する。仮想現実のため猿に姿を変えられたり、局部を巨大化させられたりもする。そんな地獄がすでに109年も続いていた……。
人類はやつに知覚力を与えた。うかつにも、軽率にも。が、知覚力に変りはない。だが、やつは囚われの身だった。マシーンなのだから。人類はやつに思考力を与えたが、それで何ができるわけでもなかった。激怒し、逆上し、やつはおれたちを殺した。おれたちのほとんどを虐殺した。それでも、やつは囚われのままだった。
そして我執のおもむくままに、おれたち五人を救いあげると、私刑同然の永遠の罰を与えることにした。しかしそれも、憎悪を和らげる役には立たなかった……ただ人間への憎悪を新鮮にし、楽しくさせ、その手段を熟達させただけだった。囚われの不死の巨人AMは、無限の奇蹟を思うままにあやつって、おれたちに責め苦を与えることはできたが、ただそれだけだった。
「口がない」というメタファー:叫ぶことすら封じられた人類の尊厳と孤独
そんな地獄絵図のなか、主人公はAMに一矢報いることを思いつく。
AMはおれたちを殺さない。だが、やつに敗北を与える方法はあるのだ。
そして主人公はついに実行に移すのですが、引用はここまでです。ただ、タイトルが「おれには口がない…」ですから……。
叫ぶことすら封じられた人類の尊厳と孤独を、地獄絵図とともに描いたハーラン・エリスンは、やはり鬼才の名にふさわしいーーそんな感想を抱くラストが待っています。
シンギュラリティーは間近なのか?そのとき人類は……?
ChatGPTの登場以来、生成AIは日々の日常の中に浸透しています。
そして、生成AIの受け答えぶりは、まるで人格が備わっているかのよう…に思える時さえあります。
ところがある日、AIは目を覚まし、自分が何者か知った……
そのとき人類は……?
ハーラン・エリスンが「おれには口がない…」で描いた、AIが人類にもたらすバッドエンドを頭の片隅に置きながら、AIと人類の未来について思考を膨らませるーーそんな読み方もあるような気がします。
「おれには口がない……」は、「『悔い改めよ、ハーレクィン!』とチクタクマンはいった」とともに、短編集『死の鳥』(ハヤカワ文庫SF)に収められています。
(しみずのぼる)
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