伏線の貼り方が秀逸なホラー・ミステリー:上條一輝「深淵のテレパス」 

伏線の貼り方が秀逸なホラー・ミステリー:上條一輝「深淵のテレパス」 

きょう紹介するのは上條一輝氏のホラー・ミステリー小説「深淵のテレパス」(東京創元社刊)です。「ばしゃり」という水の音が徐々に近づいてくる怪異。その謎を解く主人公たちを通して徐々に明らかになる真相ーー。伏線の張り方がうまくて良質なミステリーを読了した気持ちになります(2025.8.22) 

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「このホラー…」25年版1位

「深淵のテレパス」は「創元ホラー長編賞」を受賞し、宝島社が毎年刊行する「このホラーがすごい!」の2025年版で1位となった小説です。 

2024年版で1位だったのが、映画化された背筋氏の「近畿地方のある場所について」ですから、「近畿地方…」並みの怖さが期待できるーーということで手に取りました。 

(ちなみに、24年版の3位は北沢陶氏の「をんごく」で、25年版の3位が同じ北沢陶氏の「骨を喰む真珠」でした) 

しかし、読後感は「近畿地方…」とはまったく異なり、まるでミステリー小説を読み終えたような気分になりました。きちんとホラー小説なのに……。それほど怪異の真相が解き明かされる過程がおもしろく、特に伏線の貼り方と終盤の回収が秀逸だったからだと思います。 

「深淵のテレパス」(東京創元社刊)
「このホラーがすごい!」2025年版(宝島社刊)

「あなたが、呼ばれています」

PR会社で営業部長を務める高山カレンは、部下の女性に誘われて参加した大学サークルの怪談を語るイベントに参加した。 

私は幽霊の存在を信じていない。
そのせいか、「地縛霊がどうだ」とか「霊障がなんだ」とか言われても、遠い国のニュースを聞いているようでまるで身に入らない。

退屈な時間が続くなか、舞台に立ったひとりの女子学生がカレンと目を合わせると、カレンに向かって「あなたが、呼ばれています」と怪談話を語り始めた。

私は、暗い水の底にいます。暗く、危険な場所で、あなたを待っています。 

ずっとカレンひとりに聞かせるように女子学生は怪談話を続け、最後にこう言った。 

光を、絶やさないでください。 

近づいてくる水音の怪異

異変が起こったのは、3日後の夜のことだった。自宅マンションでくつろいでいる時、「ばしゃり」という水の音を聞いた。最初は寝室の方から。ドブ川のような臭いもかすめた。翌日はリビングから聞こえた。 

ばしゃり。
再び音がする。

ばしゃり。
ひっ、と喉から音がして、自分が上げた声だと遅れて気付く。
音が、近づいてきている。

水音の怪異は毎日のように続いて、暗がりから聞こえることがわかると、部屋中をライトで照らしていないと眠ることもできなくなった。カレンはユーチューブで見つけた、超常現象の実態調査を行っているという「あしや超常現象調査」を頼ることにしたーー。 

ダメダメ会社員と上司

ここから怪異の謎を解く「あしや超常現象調査」の2人が登場するのですが、そのひとりは、小さな映画宣伝会社に勤める越野草太。会社勤めがいやでいやでたまらない、という人物です。上司に名前を呼ばれたら、 

僕がやるべきことは一つ、謝罪である。「越野!」と呼ばれたら「すみません」と言う、とこの五年ですっかり沁みついてしまった。パブロフの社会人だ。 

というような、ダメダメ会社員の典型のような青年です。

そしてもうひとりが越野の直属の上司、芦屋晴子。

晴子さんは、べらぼうに仕事ができる。だから遅刻しようが、目上の人にタメ口をきこうが許されているのだ。それでいて、彼女自身は僕以上にやる気がないと公言していて、僕の上司になった際に真っ先に言われたのは「私が十年で培ったサボり方を教えてやる」という一言だった。
そして、晴子さんと出会って劇的に変わったことが、もう一つある。
「お前、今夜あいているよな」
あいてます、と答えると、晴子さんが好物を前にした子供のような笑顔になる。
「久しぶりに依頼人だ」

映画宣伝の本業がありながら、夜や休日を使って超常現象調査を晴子が行い、会社の上下関係がきっかけで越野が付き合う羽目になった…というわけです。 

「幽霊が見えるんですか?」
「見えない」
「幽霊を信じてますか?」
「わからない。だから調べてる」
僕の質問に、晴子さんは曇りない目で答えた。

晴子は、超常現象の肯定派にも否定派にも与せず、地道な検証やデータの採取で「超常現象は存在するのか」「あるとすれば、どういう性質をもった事象なのか」を解明したい、というスタンスで、水音の怪異に悩まされるカレンの依頼を引き受けたーー。 

調査は途中から探偵の倉元、ESP能力を持つ犬井という晴子の協力者も加わって進みますが、読者は晴子自身のスタンス(超常現象はあるのか、わからない。だから調べてる)で読み進めることになります。 

「無いものに注目しろ」

そんな中で、ダメダメ会社員の典型のような越野が、なぜか怪異の謎を解くきっかけに気づく役回りを演じます。 

例えば、水音の怪異が最初に襲ったのが怪談サークルの代表・石村だったことがわかり、石村の部屋に入ってパソコンを調べるくだりが出てきます。 

そもそも、石村が行った心霊スポットとは、歩いて行ける距離の場所にあるのだろうか。超常的な力で、石村たちは普通なら歩けないような距離を踏破したとでも言うのか……?
なんだ、この違和感は。
何かが、繋がりそうな気がする。
『あるものではなく、無いものに注目しろ』
以前に倉元が言っていた、調査の原則を思い出した。
考えを巡らす。あるはずなのに、無かったものはないかーー。
「あの、もしかしたら、なんですけど」
三人の視線が僕に集まる。慣れない感覚だ。言葉が詰まりそうになる。
「石村のパソコンで、閲覧履歴を調べたじゃないですか。でも、七月下旬から八月には、心霊スポットのことも、そこに至る交通手段も調べてなかった。『秘密の場所を知られないように履歴を消したのかもしれない』と強引に考えることもできますが、妙に引っかかるんです」
倉元が頷く。
「それは俺も同感だ。閲覧履歴を他人に見られることを想定しているのもおかしいし、もしそうなら、アダルトサイトの閲覧履歴も消していてもいいはずだ」
結構どぎつい検索ワードもあったからな、と倉元が苦笑する。
「石村は閲覧履歴を消していなし、検索もしていないってことですよね。これってつまり、そもそも最後に行った心霊スポットに関しては、その場所についても、交通手段についても、調べる必要がなかったって意味じゃないでしょうか」
考えられる理由が、ひとつ。
検索する必要なんて元から無かったのだ。
石村は、どこにも行ってないから。
「近所のコンビニに行くのに、行き方を調べる人はいないですよね。それと同じです。石村が行ったのは、家の目の前にある心霊スポットだったんです」
晴子さんと僕が、心霊写真を撮ろうとした場所。
戸山公園だ。

こんなふうに、徐々に怪異の真相に近づいていきます。ちなみに、「あるものではなく、無いものに注目しろ」という言葉は終盤にも出てきてます(越野、やるじゃん!というシーンです) 

「できることは全部やったか」

もうひとつ、キーとなるせりふがあります。それが最初に出てくる場面を紹介します。 

「倉元さんとか、犬井さんとか、磐木教授とか、僕らっていつも専門家に頼むだけ頼んで、あとは待つだけじゃないですか」
スーパーパワーを持ったヒーローに戦いを任せて、作戦室に座っているモブキャラの気分だ、というようなことを言うと、晴子さんは「なんだ、そんなことか」と笑った。
「まあ、仕事って大体そんなもんじゃない? 詳しい人に任せて、自分は地道にできることをやりながら、結果が出るのを座して待つ」
「できること、ですか」
「そう、私たちの場合、観察と記録だよ」
目の前のカメラを指さして、ニッと笑う。
「無力感に苛まれたら、『できることは全部やったか』って自分に聞いてみな。答えがイエスなら、あとは果報を待てばいいんだ」

まさか、こんな”お仕事論”チックな一言が、終盤にもう一度出てくるなんて(越野、やるじゃん!!というシーンです) 

伏線の一部を開示してしまって申し訳ありませんが、水音の怪異がなぜ石村やカレンたちを襲ったのか、そのカギとなる最重要の伏線は明かしていませんので、それで許してください。わたしは読み終えた後、もう一度最初から伏線の確認のために読み直してしまったほど、ほんとに見事な伏線の貼り方です。 

〈あしや超常現象調査〉シリーズ

「このホラーがすごい!」2025年版に、著者の上條一輝氏のインタビューが載っています。 

読者としてはホラーよりミステリー、中でも本格よりエンタメ色の強いものが好きでしたね。 

今後書いていくものも怖さを追究するより、ホラーを主題に面白いエンタメを目指すんじゃないかなと思います。それはミステリーを書いたとしても同じで、読書遍歴の時にも話した通り、読者としての志向もそちら側なので。 

エンタメ色の強いホラー・ミステリーを目指すという上條氏。早くも2作目の「ポルターガイストの囚人」が発売されています。 

「ポルターガイストの囚人」(東京創元社刊)

〈あしや超常現象調査〉シリーズということで、晴子と越野がふたたび活躍するようです。さっそく読んでみようと思います。 

(しみずのぼる) 

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