人と人でないものの、はかなくせつない恋物語…緑川ゆき「蛍火の杜へ」 

人と人でないものの、はかなくせつない恋物語…緑川ゆき「蛍火の杜へ」 

きょう紹介するのは「夏目友人帳」で有名な緑川ゆき氏の短編漫画「蛍火の杜へ」です。山神の森に迷い込んだ少女が出逢ったのは、人でも妖怪でもない少年だったーー。人と人でないものの、はかなくせつない恋物語です(2025.8.19) 

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「夏目友人帳」が代表作

著者の緑川ゆき氏と言えば、何と言っても「夏目友人帳」が有名です。第1話が雑誌に載ったのは2003年のこと。2005年からシリーズものとして連載がスタート、2008年にはアニメ化されています。 

「妖怪が見える」という秘密を抱えた孤独な少年・夏目。強力な妖力を持っていた祖母・レイコの遺品である「友人帳」を手にして以来、妖怪たちから追われる羽目に!! 祖母が妖怪たちと交わした「契約」をめぐって、用心棒・ニャンコ先生とともに忙しい日々を送ることになった夏目は…!? あやかし契約奇談! 

「夏目友人帳」(白泉社) 現在は32巻まで出ています

人(夏目少年)と人でないもの(ニャンコ先生、様々な妖怪たち)の優しい交流譚なので、読んでいて心がホッコリするストーリーが多いです(中には、やや怖めの回も紛れてますが…) 

もうひとつの妖奇譚?

「蛍火の杜へ」は、「夏目友人帳」をアニメ化したスタッフ陣が2011年に中編アニメ映画化しています。そのキャッチコピーが、 

「夏目友人帳」のスタッフ陣が贈る、もうひとつの妖奇譚 

というものなので、「夏目友人帳」と関係あるストーリー(例えばスピンオフとか)と誤解される向きもあったのでは?と思いますが、「蛍火の杜へ」の初出は「夏目友人帳」の第1話が雑誌に載る1年前の2002年のこと。 

つまり、まったくの別作品であり、むしろ、その後の「夏目友人帳」につながる、人と人でないものの物語ということです。 

「夏目友人帳」の原点と言える傑作読み切り「蛍火の杜へ」。2011年9月からの劇場アニメ化に合わせ発売された愛蔵版。 人でも妖怪でもない不思議な存在の少年と、人間の少女が織りなす、優しく切ない、恋の物語。 

「愛蔵版 蛍火の杜へ」(白泉社)

狐のお面をかぶった少年

彼にはじめて出逢ったのは私が六つの時でした
あつい夏の日 妖怪達の住むといわれる山神の森で
私は迷子になったのです

出口を求めて走りまわり 疲れて動けなくなって
寂しさと恐ろしさから とうとう泣き出してしまった私の前に
彼は姿を現したのでした

「蛍火の杜へ」は主人公の少女・竹川蛍のモノローグで始まります。 

おいチビ 何を泣いているんだ 

狐のお面をかぶった少年が声をかけると、蛍は「人だぁ 助かったぁ~~~」と叫んで少年に抱きつこうとするが、少年は身をかわして言う。 

すまない お前 人間の子供だろ?
おれは人間に触れられると消えてしまう

「消える」ってのは
消滅するって意味だ
山神様がそういう術をおれにかけてる

そう言って少年は木の切れ端を蛍に差し出した。 

手は繋げないから そっち側持ちな
迷子だろ 森の外まで連れて行く

ふふ 何かデートみたいデスネー

蛍は母の実家に夏のあいだ帰省する身だった。鳥居の外まで道案内された蛍は訊ねた。 

お兄さんはずっとここにいるの?
また来れば逢える?

名前を訊ねると「ギン」と教えてくれた。こうして蛍とギンは夏のあいだ山神の森で一緒に過ごすようになった。 

私には触らないでね

森の中には妖怪がいた。ギンと森を歩いていると、蛍は妖怪から声をかけられた。 

人の子
ギンの肌に触れてくれるなよ

他の妖怪たちに慕われていて、妖怪たちはギンに触れることができる……。木から落ちそうになった時も、思わず助けようとして手をひっこめるギンをみて、蛍はギンに頼んだ。 

ねぇ ギン
何があっても
絶対
私には触らないでね

そう言って蛍は涙を流した。 

いつまでも少年のまま

夏が来るたびに山神の森で過ごす蛍とギン。しかし、蛍は小学生から中学生、高校生と成長するのに、ギンはいつまでも少年のままだった。 

心のどこかで
ギンは本当は人間なのではないかと
あわい期待を持っていたけれど

…そのうちきっとギンの歳を追いこしてしまうのね…

高校生になった蛍は強く思う。 

ギンに 会いたいです
ギンに 触れたいです

ギンは森に捨てられた赤子だった。「本来その時命を終えていたはずだったけれど 山神様が憐れんで妖術で生かしつづけてくれている いつまでも成仏しない幽霊のようなものなんだ」。蛍に自身のことを明かしたギンも、想いは同じだった。 

蛍 おれ もう夏を待てないよ
離れていると
人込みをかきわけてでも
蛍に逢いに行きたくなるよ

決して結ばれることのない、人と人でないものの恋ーー。 その狂おしくもせつない結末は、ぜひ「蛍火の杜へ」を読んで確かめてください。 

迷いなく描ききった作品

愛蔵版のあとがきで緑川ゆき氏はこう書いています。 

今まで描いてきた漫画の中で、一番迷いなく描ききることの出来た作品でした。 

この言葉のとおりです。わずか50ページの短編ですから、冗長のところがないのは当然かもしれませんが、セリフや描写が不足しているところもまったくありません。 

愛蔵版には、ギンと蛍が登場する書き下ろし作品「蛍火の杜へ 特別編」も収められていますが、緑川氏は、 

きちんと完結したお話に、
付け足しをするのは難しかったので、
ページがあったら描いてみたかった
エピソードから
ギン視点のものを選んでみました。

と書いています。 

本編の「イメージを壊さないかすごく緊張しながら描いた」とも書いていますが、なにかよけいなものを加えてしまうと壊れてしまいそうな、それほど一つの物語として完全に整っている作品だということではないでしょうか。

原作に忠実なアニメ映画

「蛍火の杜へ」は、前述のとおりアニメ映画が作られています。

44分という短さなのは、製作陣が本編のイメージを壊さないように、本編にないエピソードを安易に加えたりせず、セリフも一言一句忠実に再現することに注力したためでしょう。 

アニメ映画版「蛍火の杜へ」は、NetflixU-NEXTなどの動画配信サービスで視聴できます。 

でも、個人的にはアニメから入るのではなく、ぜひ漫画の原作から読んでほしいと思います。書き下ろしの特別編を含めて、はかなくせつない蛍とギンの恋物語にぜひとも浸ってみてください。 

(しみずのぼる) 

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