阿修羅がひときわ魅力的な日本SFの金字塔「百億の昼と千億の夜」 

阿修羅がひときわ魅力的な日本SFの金字塔「百億の昼と千億の夜」 

きょうは日本SFの金字塔的作品「百億の昼と千億の夜」を紹介します。光瀬龍氏の原作も、萩尾望都氏の漫画も、「未読なら、これは絶対に読んでほしい」とお勧めしたい名作です(2025.9.10) 

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日本SF史に輝く金字塔

手元にあるハヤカワ文庫の旧版(1973年刊)の背表紙からあらすじを紹介します。 

西方の辺境エルカシアの宗主より「アトランティス王国滅亡の原因はこの世の外にある」と知らされた哲学者プラトンは未だ一度も感じたことのなかったふしぎな緊張と不安をおぼえた……ギリシャのプラトン、釈迦国の悉達多、ナザレのイエス、そして阿修羅王は世界の創世から滅亡、《シ》に示唆される破滅へと向かう万物の流転の長い時の流れの中でどのような役割を果たしたのか――。 

旧版には「日本SF史に輝く」とあり、新装版(2010年)には「日本SFの金字塔」とありますが、この表現に偽りなしです。 

萩尾望都氏の漫画版は、1977~78年に「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に連載されました。わたしは連載時に読み、その世界観に圧倒されて光瀬氏の原作も手に取った口です。 

ですから、主人公の阿修羅も、阿修羅とともに行動するシッタータ(悉達多)とオリオナエ(プラトン)も、敵方のイエスも、原作を読んだときにはもう漫画版のキャラクター以外は想像できない…という状態でした。

でも、原作を読むと、萩尾さんの漫画が原作にきわめて忠実だったことが伺えます。 

あどけない面だち…天地の声

例えば、阿修羅王が最初に登場するシーン。原作はこんな感じです。 

「悉達多太子か」
はためく極光(オーロラ)を背景に一人の少女が立っていた。
「阿修羅王か」
少女は濃い小麦色の肌に、やや紫色をおびた褐色の髪を、頭のいただきに束ね、小さな髪飾りでほつれ毛をおさえていた。
「そうだ」
少年と呼んだほうがむしろふさわしい引きしまった精悍な肉づきと、それに似つかわしくない澄んだ、黒いややきついまなざしが、太子の心をとらえた。
「阿修羅王に問いたい」
少女は、ふとかすかに眉をひそめた。その、あどけない面だちに、浮かんだものは、ひどくひたむきな心の動きと、それにふれたすべての人々を亡ぼしてしまうかと思われるようなくらい情熱だった。
(略)
「悉達多太子!」
とつぜん、少女の声は天地の声になった。
どっと吹きつけてくるはげしい嵐の中で、少女の髪がほのおのようになびいて、少女の怒りと悲しみが目のくらむようなすさまじい火柱となって散った。
「太子! 弥勒に会え! 五十六億七千万年ののちに、お前たちを救うであろうといわれるその弥勒に会え!」

いかがですか? 萩尾さんが描く阿修羅そのままではありませんか? 

光瀬龍「百億の昼と千億の夜」(ハヤカワ文庫・新装版)

興福寺の阿修羅王

モデルはもちろん奈良・興福寺阿修羅像です。 

光瀬氏は旧版のあとがきで次のように書いています。 

私は興福寺の阿修羅王像が大好きです。純粋に造形的な興味もさることながら、この像が多くの人に愛されるのはその愁いをふくんだあどけない顔立ちにあるのでしょう。 

光瀬氏は経典に書かれた阿修羅王が乾脱婆(がんだるば)王の一人娘に心奪われ、どうしても諦められずに兵を送り、それがきっかけで帝釈天と戦うことになったことに触れて、こう続けます。 

決して勝つことができない相手、つまり絶対者を相手どって阿修羅王は永遠に戦いつづけなければならなくなったのです。決して得られるはずのない一人の美しい娘を得んがためにです。興福寺の阿修羅王像のあの憂愁に閉された眉をごらんなさい。泣き出すこともできず、自嘲の笑いとてもなく、絶望を超えたむこうからひたすらに見つめるまなざしは、絶対者に向って、”なぜ?”と問いかけているのです。 

興福寺の阿修羅像は下記のサイトからごらんください。興福寺公式の「阿修羅ファンクラブ」では、光瀬氏が書く「あの憂愁に閉された眉」もはっきりと見ることができます。

最初の気づき(ヒント)を教えます

興福寺HP掲載の阿修羅像は下記URLからごらんください
https://www.kohfukuji.com/property/b-0009/

阿修羅ファンクラブは下記URLからごらんください
https://www.kohfukuji.com/ashura-fanclub/

絶対者に問う”なぜ?”

絶対者に向って、”なぜ?”と問いかけるーーこれは「百億の昼と千億の夜」の主題でもあります。 

オリオナエとシッタータ、阿修羅が共に行動することを選ぶ場面を漫画版から紹介しましょう(引用は編集しています) 

オリオナエ:それならばおまえにわたしの使命を話そう。「新星雲記。双太陽青93より黄17の夏。アスタータ50における惑星開発委員会は”シ”の命を受け、アイ星域第三惑星にヘリオス・セス・ベータ型開発をこころみることになった」。巨大な支配者ポセイドンはそういった
シッタータ:その”シ”とは……神か?
オリオナエ:神ならばあんな恐ろしいことはしない。わたしにわかることはやつらがアトランティスを滅ぼし、いままたこの宇宙を滅ぼそうとしているということだ
イエス:さあ覚悟しな!反逆者どもめ。”シ”への反逆者!”ミロク”への反逆者!”委員会”への反逆者! おれはな!悪鬼征伐に神さまからつかわされた、いわば正義の使者!ナザレのイエス!
(突然姿を現す阿修羅にイエスが驚く…)
阿修羅:さあ、この宇宙を支配するという絶対者。人の世の運命を支配し破滅へと引き込むお前の主”シ”はどこにいる!
イエス:おめえらは最後の審判を知らねえな!神さまは世なおしをしてるんだ! それをじゃまするがんくびがオリオナエ、シッタータ、そして阿修羅!

阿修羅:オリオナエ、聞いていいか。惑星開発委員会とはなんだ。アスタータ50における惑星開発委員会が”シ”の命を受け地球に試みたというその開発とは?
オリオナエ:ヘリオ・セス・ベータ開発とは、それは小さな海の分子から発展させて知的な生命体を生み出し高度な文明を作る開発のことだ
阿修羅:ハ!これは愉快!では”シ”はひたすら人間のため生命のためにつくしてきたことになる! では彼らの予定に入っているプログラム、弥勒のいっていた来世とイエスのいう審判はどう説明づける?このあと奇跡のように天国のようなユートピアがくるというのか?
シッタータ:われわれは不完全に発展し…それは神の意図にかなわなかったのかもしれない
オリオナエ:われわれは神のおもちゃではないぞ。ひとたび生まれたものをそうやすやすと無に帰されてたまるか
阿修羅:今度はわれわれが追うのだ。イエスをつかまえて”シ”の所へ案内させる。そしてその正体と策略をあばき出してやる!
シッタータ:神と戦うのか
阿修羅:おおそうとも。わたしは相手がなに者であろうと戦ってやる。このわたしの住む世界を滅ぼそうとする者があるのなら、それが神であろうと戦ってやる!

光瀬氏を刺激したSF名作

神への挑戦という壮大なストーリーを、光瀬氏は海外SFの名作たちに刺激されて編み出したそうです。これは新装版のあとがきに出てきます。 

『幼年期の終り』からは、ヨーロッパ文化の本質を。『火星年代記』からはロマンを。『都市』からは滅びの美意識を学んだ。 

絶対者という言葉は私にとってSF世界のキーワードだった。西洋にとってのそれは、東洋にとって、また世界にとって、そして宇宙全体にとって何なのか? それを考えることは、猛烈に楽しい作業だった。
(略)
この『百億の昼と千億の夜』は、そうした私自身の内部の高揚と混沌の中から生まれた。

海外SFの名作群と興福寺の阿修羅像が結びついて誕生した日本SFの金字塔です。萩尾望都さんの漫画版からでも、光瀬氏の原作からでもいいので、未読の人はぜひ手に取ってみてください。 

漫画版は完全版がお勧め

なお、漫画版のほうは2022年に完全版(河出書房新社)が出版されています。 

萩尾望都「百億の昼と千億の夜 完全版」(河出書房新社)

巻頭には阿修羅のイラストがふんだんに載っています。秋田書店から出版された漫画版の表紙や原作の新装版の表紙なども収められています。 

雑誌連載前の光瀬氏との会話を収めた萩尾さんのエッセイも載っています。 

「ずいぶん昔に書いたので」と光瀬さんは言った。「あしゅらおうは、本の中で男でしたか、女でしたか?」
そう聞かれて「おおっ?」と、世界が一瞬、目眩をともなうカオスにぶれた。
「あ、オンナでした」と答えたものの、
「そうか、男でも女でも良いのか」と思い、
「男でも女でもありうるのだな」と納得した。

久々に原作と漫画と両方とも通読して、わたしも奈良の興福寺に出かけたくなりました。ぜひ多くの人に読み継いでほしい名作です。 

(しみずのぼる) 

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