エミー賞やゴールデングローブ賞を総なめにしたドラマ「SHOGUN 将軍」(全10話)を観ました。「ハリウッドが本物の時代劇と出逢った」と評されていますが、まさにそのとおり。日本人俳優の海外進出や日本の描かれ方の違和感の払拭など、後世振り返って「SHOGUN 将軍」が転機になった…と言われるような予感がします(2025.1.22)
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半世紀前の原作とドラマのリメイク
最初にあらすじを予告編でごらんください。
原作は、イギリスの作家ジェームズ・クラベルが1975年に発表した小説「将軍」(原題:Shōgun)で、1980年に米NBCがテレビドラマ化した『将軍 SHŌGUN』(原題:Shōgun)のリメイクという位置づけです。
ウィキペディアによると、原作については、
西暦1600年の日本を舞台に、ウィリアム・アダムス(三浦按針)をモデルとしたイングランド人航海士のジョン・ブラックソーンを主人公として、関東の大名・吉井虎長(モデルは徳川家康)が天下を取るまでの波瀾の日々を描いた物語(フィクション)である。
1975年にアメリカとイギリスで出版され大ベストセラーとなり、1990年までに世界中で1,500万部が売れた。
ジェームズ・クラベルは、娘の教科書に載っていた、1600年に日本で武士になったイングランド人ウィリアム・アダムス(三浦按針)のことを知り、これが執筆の動機になったと述べている。
と書かれていますし、興味深いエピソードも載っています。
彼(=ジェームズ・クラベル)は中東のある産油国の統治者から、『将軍』が日本に果たしたことをわが国にも果たす小説を書いてくれれば、満載状態の石油タンカー1隻を差し上げると言われたと明かしている。
「将軍」が、アメリカはじめ世界が日本のことを理解するきっかけとなったーーというのが海外の通り相場であるのは間違いないようです。
日本人が感じた違和感
わたしはジェームズ・クラベルの原作も読んでいませんし、1980年製作のドラマも未見です。ただ、ドラマを観た知人は、

アメリカで大ヒットしたけど、わたしは正直つまらなかった。日本人には「そんなのウソです!」のオンパレードだった。
と言っていました。
知人が指摘する日本人が感じた違和感は、実は40数年ぶりのリメイクとなる「SHOGUN 将軍」の制作陣、とりわけ主役兼プロデュサーを務めた真田広之氏も強く感じていたことのようです。
真田氏は2003年に「ラスト サムライ」に出演して以降、ロサンゼルスに拠点を移してハリウッド映画にも出演するようになりましたが、「SHOGUN 将軍」関連の動画を見ると、真田氏は
「日本人の描き方がちょっと違うなと思う場面があった」
と話しています。そのため、真田氏は「SHOGUN 将軍」でプロデューサーを務めるにあたって、原作に忠実でありながら、同時に「もっと深みのある、中味のあるストーリー」を目指したのだそうです。
下記のメイキング映像でも、真田氏が「SHOGUN 将軍」の製作に深くかかわったことが作品の成功につながった最大の要因であることが窺えます。
日本人の思考法を伝える鞠子
「SHOGUN 将軍」の面白さはどこにあるか。これは一言で説明するのは難しいです。
第1話は日本に漂着するイギリス人航海士ジョン・ブラックソーンが主人公のように見えます。実際、原作の主人公は明らかにブラックソーン、のちの三浦按針です。
第一話 「按針」
時は1600年、イギリス人航海士のジョン・ブラックソーン(後の按針)が乗り込んでいたエラスムス号が、網代の漁村に漂着する。その船を見た網代領主の樫木央海は、叔父で武将の樫木藪重を呼び寄せ、按針たちを捕虜にした。その頃、大坂城では、関東領主で五大老の虎永が会合の場で、石堂和成ら他の大老たちに、不当に領土を拡大し、世継ぎの母である落葉の方を人質としていると糾弾され、窮地に陥っていた。
しかし、真田広之氏演じる虎永が按針を手元に置き、アンナ・サワイさん演じる鞠子が按針の通詞役を務めるあたりから、鞠子が按針以上に重要な役割を果たすようになっていきます。
生も死も 等しく尊い
生きて死ぬ それが人のさだめ
この国では人は3つの心を持つ
世間に見せるうわべの心
友に見せる本音の心
そして誰にも見せない秘密の心
鞠子は通詞役として、按針に当時の日本人の思考法を伝える役割ですが、それは同時に日本以外の視聴者にも伝えるーー真田氏が「日本人の描き方がちょっと違う」と感じた部分の修正を果たす役割でもあります。
ちなみに、虎永が徳川家康をモデルにしているように、鞠子は細川ガラシャーー明智光秀の娘をモデルにしています。
主役はあくまで家康がモデルの虎永
このように按針や鞠子の場面が数多くはさまれるのですが、それでも主人公は虎永です。
石田三成をモデルにした石堂が他の五大老を味方につけ、虎永を大阪に幽閉。虎永が大阪を脱出してからも降伏を迫り、どう考えても虎永が窮地に立っているのは明らかです。
にもかかわらず、鞠子の言葉を借りるなら、虎永の「誰にも見せない秘密の心」ーーそれが明かされる最終話まで、虎永の知略に惹きつけられ通しです。そして、最後まで観れば按針も鞠子も脇役で、真の主役は虎永だったことがよくわかります。
ちなみに、このあたりは実際の史実と微妙に異なるため、日本の視聴者も「どうやってこの窮地を脱するんだろう?」と思いながらドラマを存分に愉しめます。
トリックスター藪重の存在感
そしてもうひとり忘れてはならないのが、浅野忠信氏が演じる藪重です。
虎永のもとにいたら自分も滅ぶと思い、虎永と石堂のあいだで右往左往するトリックスターの役柄で、全10話を通して大きな存在感を発揮します。
ダイヤモンド・オンラインの記事で、ハリウッドの有名エンターテインメント紙「Variety」のベテラン記者アリソン・ハーマン氏は藪重を演じた浅野忠信氏について、次のように話しています。
浅野は、出演した全てのシーンで観客を魅了しました。彼は、ヤブシゲ(作中の樫木藪重)を演じる中で、シーンごとに要求されるキャラクターを見事にこなしていました。キャラクターを多層にして深みをもたらす、これぞまさに演技の偉業です。
彼が演じるヤブシゲは、原作小説や昔のドラマシリーズの時とは全く違っていたことは確かです。日本語ネイティブでないオーディエンスも、彼の演技に魅了されたのです。
ダイヤモンド・オンライン – 浅野忠信『SHOGUN』の演技が「日本語」でも世界に絶賛されたワケ【専門家が解説】
浅野氏がエミー賞を逃した際の記事にも、こんな記述が出てきます。
米ネット掲示板のRedditでも、授賞式後はあらためて浅野の演技を思い返す書き込みが多数。「このイタチのようなキャラクターに、こんなにも愛着を抱くとは思わなかった」「このドラマで最高の俳優だと思う」「このドラマは全員が凄すぎて、全員エミー賞を10億回くらい受賞して良いはずなのに、彼が受賞できなかったことが今も腹立たしい」「彼は三船敏郎を思わせる。それ以上の賛辞が思い浮かばない」などの投稿が相次いでいる。
THE RIVER – 「SHOGUN 将軍」浅野忠信、惜しくもエミー賞逃し海外メディアやファンも悔やむ声 ─ 「完璧な演技」最有力候補の人気ぶり
浅野氏はエミー賞を逃したものの、ゴールデングローブ賞では見事に助演男優賞を受賞。そのスピーチも話題になりました。
ゴールデングローブ賞に輝いた真田広之氏(主演男優賞)やアンナ・サワイさん(主演女優賞)とともに、浅野忠信氏も「SHOGUN 将軍」を契機に、ハリウッドで活躍する機会が増えるのは間違いなさそうです。
真の「East Meets West」
エグゼクティブ・プロデューサーを務めたジャスティン・マークス氏は「SHOGUN 将軍」の日本プレミア上映の際、次のように話しています。
この物語はEast Meets West、東と西が出逢うストーリーですが、それは製作にも言えることでした。
いまから半世紀前、1975年に「将軍」がベストセラーになって「東と西が出逢う」きっかけとなったものの、日本人の中に残っていた違和感……。その違和感を見事に払拭して、真の意味で「東と西が出逢う」きっかけとなった作品、それが「SHOGUN 将軍」のように思います。
現在は有料動画配信サービス「Disney+ (ディズニープラス)」でしか視聴できませんが、会員になっても観る価値のあるドラマだと思います。

(しみずのぼる)
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