名誉と愛を守る”狩り”がカッコイイ…S・ハンター「極大射程」

名誉と愛を守る”狩り”がカッコイイ…S・ハンター「極大射程」

きょう紹介するのはスティーヴン・ハンターの冒険アクション小説「極大射程」です。大統領暗殺犯に仕立て上げられたベトナム戦争の名スナイパーが、名誉と愛を守るために”狩り”を始める痛快小説です(2025.1.6) 

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映画化・ドラマ化された小説

それにしても、本のタイトルというのは難しいですね。「極大射程」ーー何のことかさっぱりわかりません。 

原題は「Point of Impact」ですが、そのまま「着弾点」と訳しても、この小説の痛快さが伝わってきません。 

のちに映画化され、ドラマ化もされているので、安直に映画やドラマのタイトル「ザ・シューター」にしたほうがまだ読んでもらえるかも…とは思いますが、それもちょっとしゃくです。 

映画「ザ・シューター/極大射程」
ドラマ版「ザ・シューター」

主人公のセリフで一番カッコイイのは「狩りの時間」です(後述します)。ですが、これはシリーズ3作目のタイトルで使われています。 

結局「極大射程」しかないのか…と思いますが、この小説のおもしろさを、少しでもわかって頂きたくてハイライトを引用しつつ紹介しようと思います。 

「極大射程」(上下巻、扶桑社ミステリー文庫。他に新潮文庫版もあります)

隠遁生活を送るヴェトナム戦争の英雄、伝説的スナイパーのボブ・リー・スワガーのもとにある依頼が舞い込む。新たに開発された銃弾の性能をテストしてほしいというのだ。だが、それはボブを嵌める罠だった。恐るべき陰謀に巻き込まれ、無実の罪を着せられたボブは、FBI捜査官のニックとともに、事件の真相を暴き、陰謀の黒幕に迫る。愛と名誉を守るための闘いが始まる!(「極大射程」) 

大統領暗殺犯に仕立てられた

銃弾の性能テストをもちかけて接近した謎の男は、自らがCIA上級立案担当官であることを明かして、大統領がスナイパーに狙われており、そのスナイパーを生け捕りにすることが本当の目的だと語った。 しかも、そのスナイパーはベトナム戦争でボブ・リー・スワガーの相棒を狙撃した男だという。 

CIAを名乗る男は、スナイパーは大統領がエルサルバドルの大司教に対する勲章の授与式に現れるとささやき、こう切り出した。 

「熟練した観測手が必要なのだ」「きみの目と頭を貸してほしい。やつの逮捕のために協力してもらいたい」 

しかし実際は、すべてがスワガーを大統領暗殺犯に仕立てるための欺瞞工作だった。 

CIAを名乗る男たちは大司教を殺害し、スワガーも狙撃するものの、スワガーの逃亡を許して……というところから、この物語は始まります(といっても、ここまでで上巻の3分の2に達していますが) 

相棒の未亡人を頼る

手傷を負い、狙撃犯として指名手配されたスワガーが頼ったのは、ベトナム戦争で死んだ元相棒の未亡人ジュリーだった。 

「すみません」と、ボブはいった。「お邪魔して申し訳ない。奥さん、それも、こんななりで。おれはスワガー。ボブ・リー・スワガーです。海兵隊でご主人といっしょでした。あいつは、二人といない立派な若者だった」

「あなたが」といって、「あなたが」と、もう一度繰り返した。言葉が洩れると同時に、突然顔がゆがんだ。ボブは、彼女が自分の全身にくまなく目を走らせるのを感じた。見るかげもない泥まみれの顔、血の染みでバラ色に変色した汚いシャツ、血走った目、清潔さとはほどとおい饐(す)えた男のにおい。おそらく彼女は、ボブがまったく無防備な状態であることも見てとったに違いない。
(略)
「あんたのところに来たのは……あいつがいってたからなんだ。おれのことは手紙であんたに全部伝えてあるって。そう、あんなに人をほめてもらったことは一度もなかった。だから、もしあんたが戦場の真っ只中にいたご主人の言葉を信じたなら、おれがここに来て、自分についていわれていることは全部嘘だし、いまは最悪の状況にいて助けが必要なんだといえば、信じてくれるかもしれないと思った」

「おれを助けてくれないか。ミセス・フェン? ほかに行くあてはないから、ここがだめなら捕まるしかないんだ」

彼女はボブの顔から足まで視線を走らせた。

ようやく、彼女が口を開いた。「あなたが」とまたいって、間をおく。「あなたが来ることはわかっていたわ。事件のことを聞いたとき、きっとあなたはここに来ると思ったの」

こんなふたりですから、ジュリーがスワガーの傷が癒えるまで匿ううちに互いに愛する関係になるのは必然です。そして、謎の男たちの魔の手がジュリーに及ぶことも……。 

FBI捜査官を相棒に

ボブ・リー・スワガーが反撃に出るためには”相棒”が必要です。選んだのは、ボブが男たちに撃たれて逃亡する際、撃とうと思えば撃てたはずのFBI捜査官ニック・メンフィスでした。 

ニックは、自分に連絡を取ろうとした情報屋が惨殺された事件から、エルサルバドルの対ゲリラ戦の精鋭部隊「ラムダイン」という組織を探っていた。しかし、FBIの照会に対して、CIAからは必ず同じ答えが返ってきた。 

”ランサー委員会はこの事例に関するこれ以上の捜査活動の停止を勧告する。国家安全保障にかかわる問題である(添付文書B参照)” 

そして、ニックはラムダインがエルサルバドルで無辜の住民を虐殺した事実を探り当てるが、それは同時に男たちを呼び寄せることにもなった。 

ニックが男たちに捕まり、自白剤を打たれて知っていることをすべて喋らされ、自殺に見せかけて殺されそうになる場面を紹介します。 

「ニック、いいたかないが、あんたはスーパーマンじゃないんだ。遅かれ早かれ小便せずにはいられないぜ。生き物のさだめってやつさ」

「小便がどうしたって?」と、ニックは尋ねた。

「あんたの身体には、あふれるほどフェノB(=自白剤)がたまってるのさ。それが、小便すると検知できないレベルに下がる。そういう仕掛けだよ。だから、わざわざこうして待ってるわけさ」

ついに尿意を我慢できなかったニック。殺し屋たちは次のステップに移った。 

何かがてのひらに滑り込んできた。指の感覚で、なじみ深い自分のコルト・エージェントであるのがわかった。(略)

「ちくしょう」と、ニックは叫んだ。「頼む、やめてくれ、頼むよ。トミー、お願いだ、相棒だったじゃないか」

「違うな、ニック。あんたがたまたまFBIの捜査官だったというだけのことさ。情けをかけるわけにはいかないからね。こっちはこっちで、これが仕事なんだよ」
(略)
ゆがんだ視界の端でトミーが躍起になって銃を操ろうとしているのが見えた。手袋をはめた自分の指をトリガーガードになかばまで差し込み、詰めてあったプラグを引き抜こうとしている。

「気をつけろよ、ポニー」といって、トミーが相棒に飛び散る血がかかるのを注意した。「もう少しでーー」

トミー・モントーヤの頭が破裂した。

続けてポニーも心臓を撃ち抜かれた。ニックがあたりを見渡すと、川を渡ってくる男が見えた。 

男はニックに歩み寄った。 

「おはよう、おまわりさん」と、ボブ・ザ・ネイラーがいった。 

いかがですか。絶体絶命というところへ登場するかっこよさといったらもう……。ジュリーがスワガーに惚れるのは当然ですが、このかっこよさには男だって惚れます! 

「狩りの時間だ

敵のラムダインも、スワガーが生きているどころか、秘密を知るニックまで殺し損ねてふたりが組んだことを知り、スワガーを罠にかけておびき出そうとします。エルサルバドルの大司教を狙撃した射撃手自身が囮となって。 

ニックの名を借りて男の自宅を訪れたスワガーに対し、射撃手の男はこう言います。 

「もう終わりなんだよ。きみの顔を見た瞬間、私は手を椅子のこの部分から外し、光電池を露出させた。それで信号が送られた。こうして話しているあいだにも、部隊がここへ向かっている。大変な人数だよ。いま引き金を引いても何の意味もない。私は人質にとるかね? いいとも、やってみたまえ。彼らは私もろともきみを撃ち殺すだろう」 

ヘリコプターの爆音が聞こえた。外では、ローターの拍動で木の葉がぶるぶると振動した。ボブはヴェトナムを思い出した。素早いヘリの来襲、散開する兵士、獲物への無慈悲な接近。古典的な空からの急襲戦術だった。 

「ボブ」と、騒音に負けない声でスコットがいった。「彼らはあと数秒でここにやってくる。中米のカウボーイ連中がアサルトライフルを持って登場したら、もう止めることはできない」 

さあ、絶体絶命のピンチです。 

男の家から飛び出したスワガーは丘に向かって駆け出した。ラムダインの指揮官がエルサルバドルから呼び寄せた特殊部隊の将軍に状況報告を求めた。 

「大佐、すでに百二十名全員が地上に降りた。いまは目標の反対側にいる第二小隊から、配置完了確認が来るのを待っているところだ。確認の連絡が来れば、突撃部隊を二手に分け、数分間縦射を行ったうえで最後に突撃部隊を丘に侵攻させ、あの男の首をきみに持ってきてやる」 

たったひとりの男を相手に、まるで戦争です。でも、遠く離れたアルゾナで、ラムダインの男がジュリーを捕らえた時、ジュリーがこう話す場面が効果的に挿入されます。 

「お馬鹿さん、まだわからないの? あの人はね、丘のうえが好きなのよ。そこが彼のホームグラウンドよ」 

丘の頂上でスワガーを待っていたのはニックだった。 

「あんたがこの丘を登りきれるとは思わなかったよ、じいさん」 

丘にはあらゆる武器が運び込まれていた。罠にかかったふりをしながら、逆に罠にかけていたのだ。 

ボブはライフルを引き寄せながら、指で安全装置を外した。M八五二、七・六二ミリ、マッチ弾薬が五発装填されており、それぞれに百六十八グレーンのシエラ・ボートテール・ホローポイント弾が収まっている。 

「狩りの時間だ」と、ボブはいった。 

ここから特殊部隊の兵士120人をライフルで次々と狙撃していくのです。ベトナム戦争の際に敵側につけられた異名「釘打ち師」(ネイラー)の名の通りーー。その数ページにわたるカタルシスは痛快小説の面目躍如といった感じなのですが、紹介はこのあたりでとめておきます。 

ラムダインがひた隠す「添付文書B」とは何か。そこには何が書かれているのか。敵の手に落ちたジュリーを救出することはできるのか。そして何よりも、スワガーは大統領を暗殺しようとした犯人という汚名をそそぐことはできるのか。それはどうやって?……このあたりのことは「極大射程」をぜひ手に取ってお確かめください。読後しばらく興奮さめやらないでしょう。 

ボブ・リー・スワガー3部作

「極大射程」は、これだけで完結した物語となっていますが、本作の成功を受けて続編が書かれていて、「ブラックアウト」(上下巻、扶桑社ミステリー文庫)と「狩りのとき」(上下巻、扶桑社ミステリー文庫)と合わせて《ボブ・リー・スワガー3部作》と言われています(父親の物語やボブが主役の続編もあって、全体で《スワガー・サーガ》という言い方もするそうです)  

アリゾナ州の田舎で平穏に暮らす名スナイパー、海兵隊退役一等軍曹、ボブ・リー・スワガーのもとにラス・ピューティという青年が訪ねてきた。「あなたの父上の話が書きたいのです」とラス・ピューティは言った。1955年7月、アーカンソー州の警察官アール・リー・スワガーは逃走中の凶悪犯との銃撃戦で殉職した。四十年前の事件を調べはじめた二人に気づき、真実が明るみに出ることを恐れた男たちが、いま動き始めた……。(「ブラックアウト」) 
 
ダニーとボブの狙撃チーム〈シエラ・ブラヴォー・フォー〉は幾多の戦闘を勝ち抜く。が、北ヴェトナム軍を支援するソ連は超人的な射撃技術と精神力を持つスナイパーを送り込んで来たのだ。ボブ・リー・スワガー海兵隊一等軍曹対謎のロシア人スナイパーの狡知を極めた闘いが繰り広げられる。だがこの闘いはダニーを失ったところで中断されることに……。そして永い時間が経過し舞台は米国国内へ移る。ひっそりと牧場に暮らすボブ・スワガー一家を狙ってあのロシア人スナイパーが現れた!(「狩りのとき」) 

「ブラックアウト」(上下巻、扶桑社ミステリー文庫)
「狩りのとき」(上下巻、扶桑社ミステリー文庫)

少し複雑なのは「ブラックアウト」は、ボブの父親アール・リー・スワガーの過去の物語が絡んでいて、あらすじに出てくる「凶悪犯との銃撃戦」は、別の小説(「ダーティホワイトボーイズ」扶桑社ミステリー文庫)になっている点です。 

でも、個人的には「極大射程」を気に入ったら、「ブラックアウト」「狩りのとき」と3部作の順番で読まれることをお勧めします。過去の奥底に眠っていた陰謀を暴くボブ・リー・スワガーの痛快さに酔いしれること請け合いです。 

(しみずのぼる) 

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