きょう紹介するのはホラーの帝王スティーヴン・キングの小説「刑務所のリタ・ヘイワース」です。映画「ショーシャンクの空に」の原作で、映画好きなら読んだことがあるかもしれませんが、これは小説でもぜひ読んで欲しい傑作です(2025.1.5)
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ホラーの帝王が書いた普通小説
デビュー作の「キャリー」以来、数々のホラー小説を世に出したスティーヴン・キングですが、ホラー以外の普通の小説も書いています。
もっとも有名なのは映画「スタンド・バイ・ミー」(原題: Stand by Me、1986年製作)の原作となった「スタンド・バイ・ミー」(原題:The Body=「死体」、1982年作)です。
森の奥に子供の死体がある──噂を聞いた4人は死体探しの旅に出た。もう子供ではない、でもまだ大人にも成りきれない少年たちの冒険が終ったとき、彼らの無邪気な時代も終ったのだった……。誰もが経験する少年期特有の純粋な友情と涙を描く表題作は、作家になった仲間の一人が書くという形をとった著者の半自伝的作品である。他に英国奇譚クラブの雰囲気をよく写した1編を収録。
そして次に有名な普通の小説、それが映画「ショーシャンクの空に」(原題: The Shawshank Redemption、1994年作)の原作「刑務所のリタ・ヘイワース」(原題:Rita Hayworth and Shawshank Redemption=「リタ・ヘイワースとショーシャンクの贖い」、1982年作)です。
本の題名は「ゴールデンボーイ」
でも、「刑務所のリタ・ヘイワース」は「スタンド・バイ・ミー」と比べて、圧倒的に目立ちません。
キングの小説を数多く出している新潮文庫の並ぶ本棚を探しても、「スタンド・バイ・ミー」は容易に見つけられても、「刑務所のリタ・ヘイワース」という題名の本は見つかりません。なぜなら、本のタイトルは「ゴールデンボーイ」ですから。
仮に「ゴールデンボーイ」という題名に惹かれて文庫を棚から引き出して背表紙を見ても、その紹介文だけで読みたくなるとは思えません。こんな紹介文です。
トッドは明るい性格の頭の良い高校生だった。ある日、古い印刷物で見たことのあるナチ戦犯の顔を街で見つけた。昔話を聞くため老人に近づいたトッドの人生は、それから大きく狂い……不気味な二人の交友を描く「ゴールデンボーイ」。30年かかってついに脱獄に成功した男の話「刑務所のリタ・ヘイワース」の2編を収録する。キング中毒の方、及びその志願者たちに贈る、推薦の一冊。
表題作の説明が長くなるのはやむを得ないかもしれませんが、
30年かかってついに脱獄に成功した男の話
のたった一行だけで、「おもしろそうだな」と思う人はそうそういないでしょう。
多くの人のベストムービー
結局、この小説は、「ショーシャンクの空に」の大ファンが「原作も読んでみようかな」と思って手に取るケースが圧倒的に多いのではないか…と思うのです。
スティーブン・キング原作、名匠フランク・ダラボンの劇場監督デビュー作にして、多くの人々の「マイ・ベスト・ムービー」のひとつに加えられた、新世代の傑作! とある刑務所の受刑者が勝ち取り、分け与えた解放と救い―。誰の心にも静かに、爽やかな感動が訪れる…。
ショーシャンク刑務所に、若き銀行の副頭取だったアンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)が、妻と間男を殺害した罪で入所してきた。最初は刑務所の「しきたり」にも逆らい孤立していたアンディだったが、刑務所内の古株で“調達係”のレッド(モーガン・フリーマン)は彼に他の受刑者達とは違う何かを感じていた。そんなアンディが入所した2年後のあるとき、アンディは監視役のハドレー主任(クランシー・ブラウン)が抱えていた遺産相続問題を解決する事の報酬として、受刑者仲間たちへのビールを獲得する。この一件を機に、アンディは刑務所職員からも受刑者仲間からも、一目置かれる存在になっていく…。
「ショーシャンクの空に」が大傑作であることは疑いを容れません。わたしも何度も観ましたし、何度も泣きました。
わたしの手元にある「映画ファン数十万人の生批評集 みんなのシネマレビュー」(2003年、シネマハウス刊)では、レビュー数評価ランキングで堂々の1位です。
いくつかコメントを抜き出してみましょう。
名場面は多々あるが、刑務官たちが駆けつけ制止する中、一瞬ひるみながらも、あえて主人公が「フィガロの結婚」のレコードをかけ続ける選択をする場面が最高にいい!私のベスト映画【たまごま】10点
「刑務所に入る前は真面目人間だったのに、入ってから悪いことをたくさん覚えた」のセリフが心地よかったです。ラストがなかったら、観るのがとても辛かったと思います。みんなにお奨めです【フィニャ子】10点
名場面の連続というか、出てくるセリフが全て秀逸です。レッドの最後のセリフ「太平洋が青く美しいといいが」ここで泣きますね(笑)。これ以上の人間ドラマってこれから出てくるんでしょうか?【closer】10点
映画を観ている人なら「そうそう!」と思うコメントばかりですし、未見の人なら「どれ、わたしも観てみようかな」「読んでみようかな」と思うのではないでしょうか。
無実のエリート銀行マン
前置きが長くなりました。「刑務所のリタ・ヘイワース」はこんな書き出しで始まります。
全国、どこの州立刑務所や連邦刑務所にも、おれみたいなやつはいると思うーー早くいえば、よろず調達屋だ。
語り手は、映画ではモーガン・フリーマンが演じる刑務所内の古株レッドです。
おれが話したいのは、自分のことじゃない。アンディー・デュフレーンって男のことを話したい。
一九四八年にショーシャンクへ入所したとき、アンディーは三十歳。(略)シャバにいたときは、ポートランドの大銀行の副頭取で、信託部門の責任者。あの若さとしてはすごい出世さ。(略)そのアンディーが、なぜムショにくらいこんだかというと、かみさんと間男を殺した罪だった。
映画ではティム・ロビンス演じるアンディーは、無実を訴えるも認められず無期刑を言い渡され、刑務所ではレイプの対象にされ、常に抗って怪我が絶えない刑務所生活のはじまりは、映画とそっくり同じ描写です。
何者にも支配されないアンディー
何者にも支配されないアンディーの気質が窺える部分なので、不快に思われるかもしれませんが、男三人に抑え込まれて手籠めにされそうになるシーンを引用しましょう。
「いいか、あんちゃん。これからおれはズボンの前をあける。おまえはおれがくわえろといったものをくわえるんだ。おれのをくわえおわったら、ルースター・マクブライドのもくわえろ。おまえはやつの鼻を折ったんだからな、それぐらいのことをしてやる義理はあるぜ」
アンディーはいった。「わたしの口になにか入れたら、それがなくなると思え」
アーニーにいわせると、バグスは、こいつ、頭がおかしいんじゃないか、というような顔でアンディーを見たそうだ。
「ちがうんだよ」バグスは、のろまな子供にいいきかせるように、ゆっくりとアンディーに説明した。「なんにもわかってねえな。そんなことをしてみろ、この刃渡り二十センチがずぶっとおまえの耳の穴へ食いこむんだぜ。わかるか?」
ここからがアンディーの真骨頂です。
「こっちはちゃんとわかってる。わかってないのはそっちだ。おまえがなにを口の中へつっこんでも、わたしはそれを噛みきる。むろん、そのカミソリをわたしの脳へつっこむのは勝手さ。しかし、これだけは知っておいてくれ。急に重い脳損傷を受けた場合、被害者は大小便を漏らすだけじゃない……同時に歯を食いしばるんだ」
アンディーは例の淡い微笑をうかべてバグスを見あげた、とアーニーはいう。三人にとりかこまれてすごまれているというより、まるで三人を相手に株や債券の話をしているような感じだった。
「それだけじゃない」とアンディーはつづけた。「この反射運動はおそろしく強いもんだから、被害者のあごをこじあけるのに、かなてこやジャッキが必要になることもある」
一九四八年二月末のその晩、バグスはアンディーの口になにもつっこまなかったし、ルースター・マクブライドもそうだった。おれの知ってるかぎりで、そうしたやつはほかにもだれもいない。その晩、三人がやったのは、アンディーを半死半生に痛めつけることだった。
こんな不屈の精神の持主だからこそ、「30年かかってついに脱獄に成功」することにリアリティが生まれるのでしょう。
「奥さんを信用していますか?」
「みんなのシネマレビュー」のコメントに「名場面の数々」とありますが、わたしがいちばん好きな場面を紹介します。映画のあらすじにも出てくる、
アンディは監視役のハドレー主任が抱えていた遺産相続問題を解決する事の報酬として、受刑者仲間たちへのビールを獲得する。
のくだりです(映画を観ている人なら、ここを名場面のひとつに挙げるのに異を唱える人はいないでしょう)
その日は工場の屋根に防水用のタールを塗り直すため、作業にあたったのがアンディーやレッドら四人だった。監視役も複数ついて、そのひとりが長く音沙汰なかった兄が莫大な遺産を残して死んだ話を切り出した。だが、その口調は、思わぬ大金を手にした歓びではなく、巨額な税金を支払う理不尽さへの愚痴に満ちていた。
「で、年末になにがくると思う? もし税金の見積もりがまちがってて、借り越しをはらう金が残ってなかったらどうする。自分の懐からはらうか、それともユダヤ系のローン会社から借りなきゃならん。それに、どのみちむこうは申告書を調べやがる。税務署が調べりゃ、いつも追徴金だ。アンクル・サムにどうして太刀打ちできる? 政府はシャツの中に手をつっこんできて、乳首が紫色になるまで搾りやがるんだ。いつもカスをつかむのはこっちさ。助けてくれ」
刷毛でタールを塗っていたアンディーは、作業をいきなり中断して、監視役のほうへ歩きはじめる。緊張が走り、監視役のひとりは拳銃に手をかける。
するとアンディーのやつ、ごくもの静かな声で、ハドリーにこういうじゃないかーー「あなたは奥さんを信用していますか?」
ハドリーは目をむくだけだった。顔が見るみる赤くなるのを見て、おれはまずいと思った。あと三秒もしたら、やつは棍棒をひきぬき、その端をアンディーのみぞおち、太陽神経叢につっこむだろう。
「小僧」とハドリーはいった。「もう一度だけ待ってやる。あの刷毛を拾え。いやなら、この屋上から脳天逆落としだ」
(略)
アンディーがいった。「わたしのいいかたがまずかったかもしれない。あなたが奥さんを信用しているかどうかは無関係だ。問題は、奥さんがこっそりあなたの財産に手をつけることは絶対にないと、あなたが信じているかどうかです」ハドリーが立ちあがった。マートも立ちあがった。ティム・ヤングブラッドも立ちあがった。ハドリーの顔は消防車よりも赤かった。「きさまのたったひとつの問題は、どれだけ骨が折れずに残ってるかだ。診療所でじっくりかぞえやがれ。さあこい、マート。このくそ野郎を下へ投げ落とすんだ」
マートが右腕、ハドリーが左腕をつかんで屋根の縁にアンディーを引きずっていく中で、アンディーがまた口を開いた。
「ハドリーさん、もしあなたが奥さんの手綱をしっかり握っているなら」とアンディーはあいかわらず穏やかな、おちついた口調でつづけた。「だいじょうぶ、そのお金を最後の一セントまで自分のものにできますよ。最終スコアは、ミスター・バイロン・ハドリー三万五千ドル、アンクル・サム、ゼロ」
あまりに小気味の良い場面なので、もう少し続けます。
「ちょっと待て、マート。おい、小僧、いまのはどういう意味だ?」
「要するに、もしあなたが奥さんの手綱を握っているなら、そのお金を奥さんに譲ったことにすればいいんです」
「もっとわかるようにしゃべれ。でないと、屋根の縁からほうりだすぞ」
「国税局は、配偶者への贈与を一回だけ認めています。免税限度額は六万ドル」
「そんなばかな。無税だと」
「無税です」「国税局はびた一文とれない」
「同僚たちに缶ビールを3本ずつ」
このあと、アンディーが「配偶者への無税の贈与は、まったく合法的な抜け穴です。わたしは何十人……いや、何百人もの手続きを代行したことがある。もともと、この制度は、小さな事業を譲りたいとか、一度だけの思いがけない収入にありついた人たちのためのものなんです。ちょうどあなたのように」と説明する頃には様相は一変しています。 そして、アンディーは手続き代行の申し出を切り出します。
「しかし、贈与の書類を作るのには税務弁護士か銀行員が必要で、いくらか費用がかかります」アンディーはいった。「それとも……もしあなたにその気があれば、わたしがほとんど無料で書類を作りますよ。報酬は、ここにいるわたしの同僚たちに缶ビールを三本ずつーー」
ユーチューブを探したら、Netflixも「名シーン」としてこの場面の動画をアップしていました。
この出来事からアンディーは看守たちの納税事務代行を一手に引き受けるようになるだけでなく、刑務所長の二重帳簿づくりにも手を貸すようになっていきます(だから「みんなのシネマレビュー」のコメントに出てくる「刑務所に入る前は真面目人間だったのに、入ってから悪いことをたくさん覚えた」というセリフになるんですね)
「太平洋が青く美しいといいが」
「みんなのシネマレビュー」のコメントで、
レッドの最後のセリフ「太平洋が青く美しいといいが」ここで泣きますね(笑)
とある部分。原作の「刑務所のリタ・ヘイワース」はどうなってるかというと、こんな文章です。
すっかり興奮してるようだ。あんまり興奮してるおかげで、手がふるえて、鉛筆が満足に握れない。これは自由人だけが感じられる興奮だと思う。この興奮は、先の不確実な長旅に出発する自由人にしかわからない。
どうかアンディーがあそこにいますように。
どうかうまく国境を越えられますように。
どうか親友に再会して、やつと握手ができますように。
どうか太平洋が夢の中とおなじように濃いブルーでありますように。
それがおれの希望だ。
自由であること。希望を失わないこと。それが何物にも代えがたい尊いことであることを教えてくれるストーリーです。ぜひ小説も手にして、映画も観て、心ゆくまで味わってください。
(しみずのぼる)
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