小4の愛娘に翻弄される主人公…樋口有介〈柚木草平〉シリーズ 

小4の愛娘に翻弄される主人公…樋口有介〈柚木草平〉シリーズ 

きょうも樋口有介氏の探偵ミステリー〈柚木草平〉シリーズの魅力について書きます。このシリーズ、ほぼ必ず登場する3人の女性がいます。別居中の妻、小4の愛娘、そして恋人(元上司、夫あり)です。中でも小4の加奈子の前では柚木草平も押されっぱなしで、事件の合間に登場する加奈子が本シリーズに独特の味わいを添えています(2024.5.25) 

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別居中の妻の厳命で娘の相手

第1作「彼女はたぶん魔法を使う」(創元推理文庫)で冒頭登場するのは加奈子です。月に一度は加奈子の相手をするよう妻から厳命されている柚木は、娘から塾に通わなくなった理由を聞きます。 

「熟でなにかあったのか」
ストローをいじくったまま、こっくんと加奈子がうなずいた。
「お母さんには言えないことか?」
前よりはすこし小さく、また、こっくんと加奈子がうなずいた。

「パパに言っても、仕方ないんだよね」とつぶやく加奈子に水を向けた。

「一応、その言ってみたらどうだ」
「だって……」
「ものは試しってこともある」
諦めたのか、決心したのか、ぷくっと、加奈子が頬をふくらませる。
「塾のね、先生がね、わたしの頭を撫でるの」
(略)
俺だって三年前まで刑事をやっていたから、そういう事件もそういう人間も、腐るほど見ている。しかし塾の教師が子供の頭を撫でたからって、そいつを死刑にするわけにもいかないではないか。
「おまえの、その、考えすぎってことは、ないのか」

カモノハシの会話

こんなふうに、ほのぼのした父子の会話がはさまることもあれば、電話でオーストラリアに連れていけ、とねだったりもしてきます。 

「どうして俺が、おまえを、オーストラリアなんかへ?」
「だってパパ、わたしの父親でしょう。友達はみんな親子で夏休みの旅行へ行くんだよ。今までパパ、わたしを旅行へ連れていってくれたこと、あった?」
(略)
「しかし……その、なあ? それはそうだけど、なんで急に、オーストラリアなんだ」
「わたしね、カモノハシが見たいの」
「鴨の足ぐらいオーストラリアでなくても、見られるじゃないか」
「鴨の足じゃないよ。カモノハシ。この前テレビでやってたの、知らない?」
(略)
「俺とはこの前遊園地に行って、コミュニケーションしたじゃないか」
「あんなの、たった半日じゃない。夏休みだしさあ、友達なんかみんな家族で旅行に行くよ。わたしだってパパと旅行に行って、人生とはなにかとか、そういうこと、ちゃんと話し合ったほうがいいと思うんだ。そう思わない?」
「そりゃあ、そうは、思う」
「だからオーストラリアへ行こうよ。カモノハシを見て、コアラとかカンガルーを見て、ついでに親子で人生のことを話し合おうよ」
「ついでに、なあ」
「それにオーストラリアへいけば、金髪で若くて奇麗な女の人、たくさんいるよ。パパ、若くて奇麗な女の人、好きでしょう? ママがそう言ってた」
「おまえ、もしかして、お母さんとぐるになっていないか?」

複雑な事件は見事に解決するのに、娘が相手となると、ひたすら翻弄される姿がほほえましいです。 

ちなみに「カモノハシ」は別の場面でもう一度出てきます。美女のほんとうの顔を探り当てた場面で、その美女に対して柚木草平はこう言います。 

「君、カモノハシって動物、知っているか」
「鴨の足?」
「カモノハシ。顔がアヒルで躰がカワウソ。そいつはビーバーにそっくりの尾っぽに水掻きのついた足を持ってる。おまけに卵を産んで、孵った赤ん坊は自分の乳で育てるそうだ」
(略)
「後学のために言うと、俺の娘はそのカモノハシって動物を可愛いと感じるそうだ」
「だから、それがいったい、なんだっていうのよ」
「人間にも見ただけでは正体のわからない生き物が、いるものだってことさ。君に比べればカモノハシのほうが、たぶん俺には、理解しやすい」

強烈ですねぇ。でも、樋口氏の小説に出てくるのは、だいたい「見ただけでは正体のわからない」美女が付き物と言って過言ではありません。 

アンコウの会話で翻弄

加奈子の動物豆知識で言えば、第2作「初恋よ、さよならのキスをしよう」(創元推理文庫)にも出てきます。 

「パパ、知らないの。アンコウって大きくなるのは雌だけなんだよ。雄は小指ぐらいにしかならないで、みんな雌のお尻にくっついて生きてるの」
「みんなって、雄のアンコウの、ぜんぶが?」
「雄のアンコウの全部だよ。雌のお尻にくっついて、雌から栄養をもらって生きてるの」
(略)
「雄が雌のお尻にくっついている理由はね、海の底は暗くて、ばらばらだと結婚したいときに会えないからなの」
「アンコウも苦労しているわけだ」
「人間より大変だよね。人間の男の人は好きなときに、好きな女の人にくっつけるものね」
「人間の男も、苦労は、していると思うな。好きな女の人がいつもくっつかせてくれるとは、限らないし」
「でもパパなんか一人の女の人が駄目なら、すぐ別な人を探すじゃない」

またまたやりこめられてる柚木草平……。 

娘を持つ父親なら、きっと共感するところもあるのではないでしょうか。この父子の会話も〈柚木草平〉シリーズの魅力のひとつと言ってよいでしょう。 

最終作の主人公は加奈子

樋口氏は、このシリーズを書くにあたって、別居中の妻、娘の加奈子、恋人の元上司の3人は最初から必ず出そうと思って執筆に臨んだそうです。「彼女はたぶん魔法を使う」の文庫版あとがきに出てきます。 

本作は当初からシリーズ化を念頭において書いた唯一の作品で、ですから登場人物中、愛人の吉島冴子、娘の加奈子、電話出演のみの別居中の妻といったところは、後々にも使える設定にしてあります。後続の作品では刑事や編集者なども常連にはなりますが、基本的には主人公を含めたこの四人が常に、物語の核になります。 

そして、柚木草平は常に38歳という設定です。 

なお主人公柚木草平の年齢が三十八歳である理由は、当時の私が三十八最だったから。このシリーズが進むにつれて少しずつ時代は変わりますが、柚木草平は歳はとりません。 

〈柚木草平〉シリーズで最後の作品となった「片思いレシピ」(創元推理文庫)は、残念ながらわたしは未読なのですが、主人公は加奈子だそうです。 

ママが中国へ取材旅行に行っている間に、親友の妻沼柚子ちゃんと一緒に通ってる学習塾の先生が、誰かに殺されちゃった! お人形のような美少女の柚子ちゃんをえこ贔屓して、こっそりお菓子をあげたりしていた先生なんだ。どういうわけか柚子ちゃんのお祖父さんや、ちょっと風変わりなお兄さんなど、妻沼家のご家族が事件の捜査にのり出してきちゃって、ってちょっとちょっとパパ聞いてるの!? あの柚木草平の愛娘、小学校六年生の加奈子ちゃんの探偵行と淡い恋心を瑞々しい筆致で描く、さわやかな余韻が秀逸なミステリ。 

柚木草平シリーズを久しぶりに再読し始めたから、まだ時間はかかるけど、小6の加奈子に逢えるのを楽しみにしていよう… 

そんなふうに思いながら大事に再読していきます。次回は本記事でも触れた第2作「初恋よ、さよならのキスをしよう」を紹介します。 

(しみずのぼる) 

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