荻原規子氏の「西の善き魔女」シリーズーーその第1作目となる「セラフィールドの少女」を紹介します。母の形見の首飾りによって明かされる出生の謎。幼なじみを襲う謎の組織。大切なものを守るため、少女の冒険が今はじまる! (2023.11.12)
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けさ紹介した「RDGレッドデータガール」でも少し触れましたが、「西の善き魔女」シリーズは純然たるファンタジー小説です。もし著者欄が海外の人の名前でもまったく違和感のない、それだけ完成度の高い作品です。
その第1作にあたる「セラフィールドの少女」(角川文庫)のあらすじを文庫の背表紙から紹介します。
舞踏会の日に渡された、亡き母の首飾り。その青い宝石は少女を女王の後継争いのまっただ中へと放り込む。自分の出生の謎に戸惑いながら父の待つ荒野の天文台に戻った彼女を、さらなる衝撃が襲う。―突然の変転にもくじけず自分の力で未来を切りひらく少女フィリエルの冒険がはじまった。胸躍る長篇ファンタジー、堂々開幕。
あらすじはこの通りですが、荻原さんはとにかく物語の進め方がうまいのです。途中からはもうページをめくるのももどかしくなるほどです。
それは春四月、女王生誕祝祭日の朝だった。グラールの最北端にあるセラフィールドの地で、一人の少女が目を覚ました。
こんな書き出しで本書は幕を開けます。
少女の名はフィリエル・ディー。母とは幼い時に死別し、父親のディー博士は天文台で研究に没頭する日々のため、フィリエルは血のつながらないホーリーおばさんと夫のボゥに育てられた。
祝祭日の日には、グラール王国の北部に位置するルアルゴー地方を治めるロウランド家の居城で舞踏会があり、フィリエルは15歳になってはじめて出席する資格を得た。この日、村の学校の同級生マリエと一緒に舞踏会に出かけることにしていた。
母の形見をつけて舞踏会へ
そこへフィリエルの父と一緒に天文台に暮らすルーンが、父からフィリエルに渡すよう預かったものを届けに来た。それは楕円形の青い石が光り輝く首飾りで、亡くなった母の形見という説明だった。
首飾りをつけて舞踏会に出かけたフィリエルは、舞踏会場の華やかさに気後れしながらも、マリエに会場の中央に連れられていった。「今夜この会場には、ロウランド家のお嬢様がいらっしゃるはずなの」
「ロウランド家のお嬢様」ーーアデイルは、ルアルゴー地方を治める伯爵の養女で、王族のひとりだった。アデイルと知り合いになれば、侍女として王宮勤めの道がひらけるーー。そんな願望をマリエは抱いていた。
会場の中央でルアルゴー伯爵の息子ユーシスがいることをマリエから教えられ、ぼうっと眺めていたフィリエルにユーシスが目をとめた。
どこかで会ったはず…
「ちょっと、フィリエル。ちょっと」
「どうかしたの」
ぼんやりふりむいたフィリエルは、マリエが目を見開き、恐怖に近い表情を浮かべていることにびっくりした。
「若君が、こちらへいらっしゃるわ。ねえ……なんだか……あたしたちを目指しているみたい……」
驚くことにユーシスはフィリエルに声をかけた。
「どこかでお会いしましたっけ。先ほどから、思い出そうと努めてはいるのですが、申し訳ない、思い出せないのです。お名前を聞かせてもらってよろしいでしょうか」
「……は?」
(略)
「あのう……それ……あたしにおっしゃっているのですか?」
領主の館のある岬に来たのははじめてだと答えても、ユーシスは首をかしげる。「いや、わたしには記憶がある。たしかどこかで出会っているはずだ」
ところが、アデイルが会場に現れると、フィリエルをみてアデイルが息をのんだ。
「あの首飾り……でも、まさか……」
ユーシスも思い出した。
「そうだ……」
呆然とした様子で、彼はつぶやいた。
「どうりでなんだか昔だと。見覚えがあったのは、首飾りだったんだ。うかつだった。それなら、その青い石は……王家の至宝の……」
アデイルはかすかにうなずいた。
「ええ、たぶん。失われたもう一つの女王試金石……」
エディリーン王女の事件
最初は盗品を疑ったユーシスは、「人を罪人のように決めつけるのはやめてください」と言い返すフィリエルに驚くとともに冷静さを取り戻し、フィリエルに「君は、エディリーン王女の事件を耳にしていたかい」と訊ねた。
フィリエルが首を振り、ユーシスが説明をはじめたところへ、ルーンが現れた。ルーンはエディリーン王女がフィリエルの母親だったことを明かした。
「あなた、自分の言ったこと、よくわかっているんでしょうね」
「どうして聞くんだい。エディリーンがきみのおかあさんだよ。だから言ったじゃないか。形見の首飾りだって」
フィリエルが呆然とすると、黙っていられなくなったユーシスが割って入った。
「君、聞き捨てならない話だぞ。言っていることはたしかなのか。ここにいるフィリエル・ディーは、本当に第二王女エディリーンの産んだ娘なのか」
(略)
少年はしばらく間をおいたが、敵意をこめて答えた。
「エディリーンは王女じゃない。王籍から抹消されたはずだ。ただの女性が荒れ野で暮らそうと、本人の自由だろう。領主であっても口を出す筋合いではないはずだ」
エディリーンは王立研究所の若い所員と恋に落ちた。しかも、その所員の研究は触れてはならない知識に抵触するもので、異端とみなされ、追放されることになった。エディリーンは王位継承の地位を捨てて所員とともに王宮を去り、王籍を剥奪された。若き所員こそディー博士だった。
伯爵は知っていたはず
しかし、出生の秘密を突然聞かされたフィリエルは「わからない」と繰り返し、涙ぐんだ。
「どうして、今までそのことを教えてくれなかったの。二人で秘密にしていたの。あなたったら、博士からたくさん聞いていたんじゃないの。あたしのことだけ、除け者にして……」
(略)
「黙っていたこと、そんなに腹が立つなら謝るよ。でも、博士は、そのほうがきみのためだって。知らないほうが幸せに暮らせるだろうと言っていたんだよ。王女だった人の娘だとわかったところで、どうなるものでもないのだから」
ルーンは、ユーシスの父親であるルアルゴー伯爵は最初からフィリエルの出自を知っていたはずだと明かした。絶句するユーシスとアデイルに冷たく言い放った。
「あなたたちは、本当はこのことで大騒ぎをしてはならなかったんだ。ルアルゴー伯爵は、王家には許されない結婚をした二人を、世間からかくまったーー一方、見方を変えれば幽閉したんだ。二度とその名が出ないように、セラフィールドに封印した。もしも伯爵がこのことを知らされたら、賭けてもいい、あなたたちは掘り起こすなと告げるだろう。だから最初に、この子にかまうなと言ったんだ。フィリエルを傷つけるばかりだから」
さて、ここまでが本書の半分を終えたところです。
「あたしは、セラフィールドのフィリエル。背伸びをしても同じ」ーーそう言って天文台に帰ることに決めたフィリエルとルーン。このあと天文台で二人を待ち受けている過酷な運命まで明かしてしまうのは、さすがに興ざめというものでしょう。
わらべ歌に隠された秘密
ちなみにタイトルの「西の善き魔女」は、本書の巻頭で紹介されるわらべ歌の一節です。
西の善き魔女 東の武王
賢者と詩人を呼び出した
氷の都をおとずれた
真昼の星がおちたらおしまい
あなたの背中に立つ人だあれ
シリーズの最後の方で、ようやく歌に秘められたこの世界の謎が明るみになります。
でも、そんなことは物語が進めばわかること。今はとにかくフィリエルとルーンの冒険物語を心ゆくまで堪能してほしいと思います。
(しみずのぼる)
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