総選挙のような政治の季節になると読み直したくなります。そして、政治家に一度は読んで欲しいと思ってしまう…そんな小説を紹介します。小野不由美氏の「華胥」(かしょ)です(2026.2.4)
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〈十二国記〉シリーズの一篇
「華胥」は、和製ファンタジー小説の金字塔〈十二国記〉シリーズの一篇で、短編集「華胥の幽夢」(かしょのゆめ、新潮文庫)に収められています。
あらすじを〈十二国記〉の公式サイトから紹介します。
才国の宝重(ほうちょう)である華胥華朶(かしょかだ)を枕辺に挿して眠れば、理想の国を夢に見せてくれるという。しかし采麟(さいりん)は病に伏した。国が終焉を迎えようとするさなか、王宮では――。
https://www.shinchosha.co.jp/12kokuki/series/8.html
〈十二国記〉シリーズについてまったく知らない人のために書くと、十二の国から成るこの異世界では、王を選ぶのは麒麟(きりん)であり、王が失政を重ねると麒麟は病み、失道に至る、そして次の王が選ばれるーーということわりがあります。
つまり「華胥」の舞台ーー才国はいま、才国の麒麟(采麟)が病み、才王が道をあやまり国が崩壊の危機に瀕している…という中での物語です。
理想の国づくりに燃えたはずが…
「華胥華朶」として伝わる桃の枝を枕元に置いてみる夢は、理想の治世を見せてくれるという。
昔、黄帝が治世に迷ったおり、夢で華胥氏の国に遊び、そこに理想の世を見て道を悟ったーーそのように、不思議な花朶は国のあるべき姿を夢の形で見せてくれるのだと伝えられる。
しかし、王に就く時に采麟に「華胥の夢」ーー理想の国づくりを見せると約束した才国の王・砥尚(ししょう)は道をあやまり、国は荒廃の途にあった。砥尚の失道は、采麟が病に倒れたことからも明らかだった。
砥尚が王に就いたのは20年前。先代の扶王が国を傾かせたことを糾弾し、同志を集めて「高斗」という徒党を作って扶王を倒した中心人物だった。同志たちと理想の国づくりに燃え、その実現に日夜奔走しているーーにもかかわらず、たった20年で国がふたたび傾いた。
「華胥」の主人公ーー朱夏も、夫の栄祝も、「高斗」に属して砥尚のもっとも信頼厚い同志として革命を先導し、国府の要職にあります。
三十年ほど前、朱夏は扶王の治世に憤る少学の学生にすぎなかった。少学に入るために損寧に出て、そこで高斗に加わり、栄祝に会い、砥尚に会った。朱夏らはそこで一つの夢を育んだ。国とはかくあるべきだ、という美しい夢。その夢を誰もが信じ、それを貫けば華胥氏の国が顕現するのだと思っていた。夜を徹して語り合った未来、民の先頭に立って扶王の堕落とーーその後の荒廃と戦った懐かしい過去。その高揚した時代のさなか、朱夏は栄祝と共にずっと砥尚を支えていくのだと誓った。
理想に燃えた国づくり。それがなぜ、わずか20年で行き詰まってしまったのか。
責難は成事にあらず
ここは答えを先に書いてしまいましょう。物語の終盤で砥尚は退位を決断し、次の言葉を残します。
責難は成事にあらず
その言葉を聞いて、朱夏の近習である青喜が、かつて砥尚の叔母から聞いた言葉を思い出します。
「責難することは容易い、けれどもそれは何かを正すことではない」
青喜は朱夏にこう言います。
「特に私たちみたいに、高い理想を掲げて人を責めることは、本当に簡単なことなことです。でも私たちは、その理想が本当に実現可能なのか、真にあるべき姿なのかをゆっくり腰を据えて考えてみたことがなかった気がするんです。扶王が重くしているのを見て、軽いほうがいいのにって、すごく単純にそう思っていたような感じがする……」
このあと青喜が語る言葉を、総選挙で消費税減税ばかり唱える各党の政治家たちに聞かせたい……。
「税は軽いほうがいい。それはきっと間違いなく理想なんでしょう。でも、本当に税を軽くすれば、民を潤すこともできなくなります。重ければ民は苦しい。軽くても民は苦しい。それを弁えて充分に吟味したうえでの結論こそが、答えでないといけなかったんじゃないかな。私たちはそういう意味で、答えを探したことがなかったと思うんです」
現実の人間は完璧じゃない
もうひとつ含蓄のある言葉を紹介します。自らを「小物で愚鈍」と自嘲する砥尚の実弟が、青喜に語った言葉です。
「現実の人間には、疵がある。不備があるんだ。全員が兄のように完璧じゃない。私は兄の語る理想が、まるでこの園林を作ろうとするもののように聞こえた。だが、国を作るということは本当の深山幽谷を作ることなんじゃないだろうか。こんな小さな石じゃないんだ、現実は。本当に岸壁を動かして美しい峰を作り、水を動かし樹木を動かして景色を整えることなど、果たして人間にできるんだろうか」
かなりのネタバレになってしまいましたが、王宮で起こる殺人事件ーー砥尚の実父が殺され、砥尚の実弟が行方不明になる事件の真相、そして砥尚の暴走ーー朱夏や栄祝らを「謀反あり」と断罪するに至るーーの引き金を引いた”真犯人”は誰で、その方法と動機は何かーーといった物語の核心は伏せて紹介したつもりです。
警句が当てはまる政治の現実
「華胥」は2001年5月の「メフィスト」増刊号が初出です。当時の日本の政治情勢を振り返りましょう。
前年(2000年)の総選挙で無党派層が台頭、自民党は大きく議席を減らし、政権交代を掲げる鳩山由紀夫氏や菅直人氏が率いる民主党が大躍進。「このままでは政権の座から転落する」という強い危機感から、自民党内で森喜朗首相に退陣を迫る動きが噴き出し、2001年4月の総裁選で小泉純一郎氏が総理総裁の座を手にするーー。
鳩山氏らが率いる民主党を念頭に置いたようにも読めますが、そんな卑近な例に着想を得た物語ではないでしょう。歴史をひもとけば、ロシア革命後のスターリンの暴虐、中国・文化大革命の暴走……と理想が現実を裏切る出来事は数多くあるわけですから。
そして悲しいかな、いまの総選挙をみれば、小野氏が「華胥」で示した警句が当てはまってしまう政治の現実が眼前に広がっています。
責難は成事にあらず
この警句を深く胸に刻んで自らの一票を投じたいーーそんなふうに思います。
(しみずのぼる)
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