きょう紹介するのは今市子さんの連作漫画シリーズ「岸辺の唄」です。水にまつわる異世界ファンタジーで、記念すべき第1作が発表されたのは今から12年前のこと。これまで10冊刊行されていますが、最新作の発表からすでに5年近くたっているのが、ファンとしては気がかりです(2024.7.13)
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今市子さんの代表作と言えば「百鬼夜行抄」です。わたしも新作が出るたびに必ず買っていますが、個人的に「百鬼夜行抄」に勝るとも劣らず好きなのが「岸辺の唄」シリーズです。
あと二月のうちに旱魃で、すべての人は死に絶えてしまう。皆を救う方法はただひとつ。河伯の住む翠湖までゆき水乞いの儀式を行うことだけ。こうして方士・スリジャ・エンたちの水を求める遙か遠き旅がはじまった―――。表題作『岸辺の唄』他『予言』『氷の爪石の瞳』を含めた今市子が贈る雄大なるオリエンタルファンタジー傑作集。
第1作「岸辺の唄」が刊行されたのが2002年。以後、全部で10冊刊行されています。
- 岸辺の唄
- 雲を殺した男
- 盗賊の水さし
- 悪夢城の主
- 旅人の樹
- 影法師たちの島
- 北の皇子と南の魚
- 枯れ野の花嫁
- 月影の長城
- 砂の下の調べ
ところが、いちばん新しい「砂の下の調べ」が刊行されたのが2019年ですから、かれこれ5年近くも新刊が出ていません。
故郷を失い、右腕をも失った少女・ミシカは、オアシス都市・カタナールの領主の屋敷に身を寄せることになる。そこで出会った左腕のない少年・チャト。彼と偽りの双子の兄妹となったミシカは、忌み人として床に伏せる領主の息子・インダリスの召使いとして生きることとなり…!? 表題作『砂の下の調べ』、他『死人使いの遺言』を収録した幻想的なオリエンタルファンタジー傑作集。
首を長くして新刊を待っていますよ~
と、わたしは作者の今市子さんに”念”を送っています。
「岸辺の唄」シリーズは、1冊あたり2話から4話が所収の中短編からなっていて、決まった主人公はいません(同じ登場人物が出てくることはありますが、決して主人公ということではありません)
ただし、どれも水にまつわるストーリーであること、人と鬼人(きじん)が住む異世界が舞台となっていることーーだけが共通しています。
水乞いの儀式で翠湖へ
記念すべき第1話「岸辺の唄」は、こんな書き出しで始まります。
卜筮(ぼくぜい)のお告げがありました
このまま旱魃(かんばつ)がつづけば二月の間に
井戸は枯れ草木は倒れ
人も獣も死に絶えましょう水乞いの儀式を行わなければなりません
御領主さまのいちばん末の娘御を
河伯(かはく)のもとへおつかわしください
実の子を出したくない領主は、みなしごの12歳の少女スリジャを養女に迎え、スリジャを河伯がいると言われる翠湖(すいこ)に遣わすことになった。
水乞いの儀式はかならず自分の足で歩き続けなければならないという言い伝えがあった。同行するのは、お告げを伝えた方士(ほうし)と護衛の者、そしてエンという名の不愛想な男。エンは蛮族の襲来で滅んだ国、四泉(しせん)の出身だった。
思いだしたぞ あいつは四泉の生き残りだ
たしか翠湖の近くの国で蛮族に攻め滅ぼされた……蛮族が攻めてきたとき
七日七晩 馬をとばして
領主さまに援軍を求めてきたのだが
そのとき四泉の方角から一羽の白い鳥が
血に染まった女の片袖をくわえて飛んできた
それをみた領主さまは
もはや手遅れと援軍を断ったのだ
方士が鬼人に襲われて死に、翠湖に向かうのはスリジャとエンだけになった。エンを信用できないスリジャは、草むらに隠れていた口がきけない少年と遭遇する。
その子どもを連れていくわけにはいかないぞ
水も食料も足りないこの子といっしょでなければあなたとはいかない
こうして翠湖に向かうのはスリジャとエン、少年の3人になった。
鬼人の老夫婦に助けられ…
途中の町で、空腹で倒れそうになったスリジャと少年を見て、老夫婦が手を差し伸べた。老夫婦は鬼人で、少年がエンに殺されないよう、額に守り文字を書いてやった。
鬼人の守り文字はこの子の命を守り
やがてこの子自身が守り神となっておまえを守るだろう私たちは鬼人にはみえないだろう?
人と鬼とは昔はうまく取り引きをして
助け合ったものなのさなぜ人と鬼が争うようになったかって?
それは鬼とちがって人の欲には限りがないからさ
はじめて「頼む」といわれた
鬼人の老夫婦に見送られて翠湖行を再開した3人。スリジャはエンに訊ねた。
儀式をみたことがあるなら教えて……
私は河伯に食われるの?そう思うのなら なぜ逃げない
金で買われたのに
わざわざ辛い旅をして
河伯に食われにいくのか?…はじめて人から「頼む」といわれたの
町を救えるのは私ひとりだといわれて
はじめて誰かから必要とされた
スリジャは無事に翠湖にたどり着くことができるでしょうか。翠湖を目前にして「俺には果たしていない約束があるんだ」と言って四泉に立ち寄ることを選んだエンは、スリジャを守ることができるでしょうか。そして謎の少年は……。
いやあっ
……河伯よ!
お願い!
あの人を助けて!
短編ながら、とても壮大な物語に酔わされます。ラストはこんな文章で結ばれています。
エンとスリジャは村にもどってくることはなかった
ふたりは河伯に身を捧げたとも
この遠い岸辺のどこかで幸せに暮らしているとも伝えられている
雑誌休刊で打ち切りの危機
今市子さんがあとがきで、「年1回連載」と決まった直後に2話目(「予言」)を掲載した雑誌が休刊となり、連作そのものが危うくなったことを明かしています。
幸い70ページ描きおろしてコミックまで出していただける事になりました
とあるので、3話目の「氷の爪石の瞳」は書き下ろしだったことになります。
呪われた姉弟の願いは…
「氷の爪石の瞳」はとても悲しい物語です。スリジャとエンがふたたび出てきますが、主人公は呪われた姉と弟です。
天使のような子供たちの周りで
毎日人や動物が死んでいく…イチュン王子が怒りに燃える黒い瞳でみつめると
生き物は生命を吸いとられて
黒いひからびた塊になってころがりユーシエン姫が真珠色の爪でひっかくと
安らかに死の眠りが訪れる愛くるしいふたりの天使は
突然いまわしい呪われた生き物に変わってしまった
水乞いの儀式で翠湖に着いたユーシエン姫は、スリジャにこう話します。
私たちが我が身を呪わなかったと思う?
いちばんそばにいれくれる大事な人の命を奪ってしまう
私たちのような者がなぜ生まれたのか
そしてユーシエン姫が河伯に願うこととは……。
全シリーズを通読しても一、二を争う悲話です。でも、この書き下ろしのおかげで、その後の作品につながったのだと思うと(悲しいお話なのに)うれしくなります。
傑作ぞろいの「岸辺の唄」シリーズです。ぜひ手に取ってみてください。
(しみずのぼる)
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