育児ノイローゼの主婦を襲う不安…出色の心理サスペンス「夜明け前の時」

育児ノイローゼの主婦を襲う不安…出色の心理サスペンス「夜明け前の時」

おかしいのは育児ノイローゼ気味の自分なのか、それともわが家に間借りしてきた女性のせいなのかーー。赤ん坊の夜泣きに悩む若い主婦を襲う不安を描いた出色のサスペンス小説ーーシーリア・フレムリンの「夜明け前の時」を紹介します(2026.1.27) 

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70年近く前の小説なのに…

わたしの手元にある「夜明け前の時」(創元推理文庫)は1993年2月の3刷版です(初版は1992年3月) 

あらすじもすっかり忘れていましたが、30数年ぶりに再読しました。原作の「The Hours Before Dawn」は1959年のアメリカ探偵作家クラブ賞MWA賞)受賞作ですから、70年近く前の小説です。 

それなのに、なんでこんなに現代でも通用するサスペンスなんだろう… 

きっとそれは、子育てに追われる若い女性をとりまく社会環境が、依然として改善されていないからではないでしょうか。 

生後7か月の長男の夜泣きがひどく、夫から「後生だからその子を黙らせてくれ」と怒鳴られる。8歳の長女と6歳の次女は始終騒がしくしていて、隣家の老婦人から苦情を言われる日々ーー。 

夜泣きする赤ん坊が夫を起こさないようキッチンに移動してうつらうつらしているところを夫から見つかった主人公は、こんな言葉までぶつけられます。 

「やっぱりこの子は産まないほうがよかったんだ! 初めからそう言ったじゃないか、ふたりで充分だってーー」 

心ない夫の一言がどれほど妻を追い詰めることか。 

母親が無理心中を図る痛ましい事件がいまだ後を絶たないことを思えば、70年近く前の小説なのに、いま読んでも全然古さを感じさせません(とてもとても残念なことですが…) 

謎の間借り人、孤立する主婦

「夜明け前の時」のあらすじを文庫の背表紙から紹介します。 

その日まで、ルイーズは平和な毎日を送っていたーー少々寝不足気味ではあったにしても、やさしい夫、まだ反抗期に手の届かない上の娘たち、そして寝不足の元凶、夜泣きの虫を発揮してはルイーズをあたふたさせる生後七カ月の赤ん坊マイケル。幸福と言うには足りないものが多すぎたけれど、こうして屋根裏部屋にあの女が住むようになってみると、あの日々が懐かしく思えてくる……。ユーモアをまじえつつ主婦の日常を活写しながら、謎の間借人が巻き起こした不安と恐怖を極上のサスペンスに仕上げてMWA最優秀長編賞をさらった名作、遂に登場。 

シーリア・フレムリン「夜明け前の時」(創元推理文庫)

あらすじにある通り、間借人ーー学校で古典を教える中年女性ミス・ブランドンが一緒に住むようになります。謎多い女性ですが、夫のマークとはすっかり古典談義に花を咲かせ、家の中で孤立するのはルイーズのほうです。 

友人の夫から、ミス・ブランドンがルイーズの住所を聞き出していたことを教えられ、広告をみて間借りしたわけではないことがわかる場面が出てきます。 

「もし広告を先に見たのなら、住所はわかっていたはずだわ。もし先に住所をきいたのなら、そのあとでたまたまうちの広告に行きあたるなんて、あんまり偶然すぎるじゃない? だいたい、なぜうちの存在を知らないうちから住所を知りたがるの? もしうちのことを知らなかったのなら、あたしたちがハンフリーと知りあいだってなぜわかったのかしら? どうやって彼女はハンフリーのことを知ったのかーーねえそうでしょ、話がおかしいわ」 

しかし、夫は「あまり真剣にとりあう気配を見せなかった」「別にいいじゃないか、と彼は鈍い顔つきで言った」 

ルイーズは友人の夫ハンフリーにその時の様子を聞いたものの、夫の元愛人かなにかと疑って嫉妬していると思われただけだった。 

知らぬ間に狂気に陥る時間

マイケルの夜泣きで悪夢までみるようになったルイーズは、ついには自分自身のことも疑い出します。夜泣きするマイケルを夜中に乳母車で連れ出す場面です。 

ミセス・フィリップス(=始終苦情を言う隣家の女性)のノックを無視することなどできやしない。家族全員をひと晩じゅう起こしておくわけにもいかない。たった一つ残された道が、赤ん坊を乳母車に乗せて外へ連れだすことだったのだ。そうするように追いつめられたのよ。ほかに手がなかったのよ。 

だとしたら、なぜ警官にそう話さなければならないことを恐れるのだろう。もしこれがほんとうに必要な、分別のある行動だとしたら、なぜこうもばかげて聞こえるのだろう。ばかげているどころじゃない。狂っている。ひょっとしたら、ほんとうに狂っているのかも。 

ここで本書の題名が出てきます。 

ルイーズは乳母車の把手に軽く手をかけてその場にたたずんだまま、ひと筋の夜明けの輝きすらうかがえない夜空をじっと見あげた。病人がいちばん死にそうになるのは、夜明け前の数時間ではなかったろうか? 正気の人間が知らぬまま狂気に陥るのも、同じ時間なのかもしれない…… 

誰にも悩みを打ち明けられず徐々に孤立していくルイーズの姿は何とも痛ましいものがありますが、それでもすべての謎は間借り人です。 

彼女がルイーズの家庭に入り込んだ動機は何か。夫にも理解してもらえないルイーズはその謎を解き明かすことはできるのかーー。そこはぜひ「夜明け前の時」を手に取ってお確かめください。 

30年以上前の本ですから、古本を探すしかありませんが、最初に書きましたとおり、まったく古さを感じさせない小説です。特に子育て中の女性が読めば、共感するところが非常に多い小説ではないでしょうか。 

(しみずのぼる) 

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