必ず泣いてしまう家族の物語:映画「リトル・ダンサー」 

必ず泣いてしまう家族の物語:映画「リトル・ダンサー」 

来月の劇場公開を楽しみにしている映画があります。2000年製作のイギリス映画「リトル・ダンサー」(原題:Billy Elliot)。ノベライズも読み直し、またボロボロと泣いてしまいました(2024.9.7) 

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10月4日から23年ぶり劇場公開

ストーリーはよく知っているのに、同じ場面で必ず泣いてしまう……。そんな経験はありませんか。 

私はあります。そんな映画のひとつが「リトル・ダンサー」です。 

主人公はバレエ・ダンサーを目指す11歳の少年ですが、主人公の父親ーー口下手で息子たちにもすぐに手が出る武骨な炭鉱労働者ーーに気持ちがシンクロしてしまうのでしょう。とにかく父親が涙を流す場面で必ず泣いてしまいます。 

その「リトル・ダンサー」がデジタルリマスターされ、10月4日から23年ぶりに劇場公開されるのです。これは行かなきゃ! 

1984年、イングランド北部の炭鉱町。ボクシング好きの父からジムに通わされていた11歳の少年ビリーは、偶然目にしたバレエに心を奪われ、父に内緒でバレエを習い始める…。バレエに魅せられた少年の成長を描く感動のドラマ。 

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ノベライズの邦訳版も出版

「リトル・ダンサー」にはノベライズがあり、邦訳版(愛育社刊)も出ています。 

「リトル・ダンサー」のノベライズ版(愛育社刊)

原作ではなく、あくまで映画のノベライズなのですが、著者が「メイの天使」(東京創元社)という優れたヤングアダルト小説の作者メルヴィン・バージェスだったので購入していました。 

劇場公開を前に久々に読み直して、DVDも観直したところ、ノベライズが基本は映画に忠実ながら、微妙に加筆しているところがありました。そのなかから、 

なるほどそういう描写だったのか… 

とわかる部分を紹介しましょう。 

母さんは音楽も好きだった

ビリーがボクシングをさぼってバレエのレッスンを受けていたことが父親にばれてしまい、バレエの先生の家を訪れ、もうレッスンは受けられないと告げたところ、先生からロイヤル・バレエ学校のオーディションを受けないかと打診され、個人レッスンをもちかけられた。 

その個人レッスンの初日、ビリーは先生から個人的な持ち物を持参するよう言われた。持参したのは、サッカーボールや兄トニーのカセットテープ、そして2年前に亡くなった母の手紙だった。ビリーが18歳になったら開封するように言われていたが、ビリーはすでに開けて読んでいた。 

先生は手紙を出して読みはじめた。
「愛しいビリー」
(略)
「きっともうわたしのことはよく覚えてないでしょう。その方がいいかもしれません。長い時間が経っているのでしょうからね。あなたが大きくなっていくのが見られないのは残念です。あなたが泣いたり笑ったり叫んだりするのを見られないことも……」
先生はぼくを見つめて読むのをやめた。だからかわりにぼくがつづけた。
「あなたを叱ったりできないことも、とても残念です。けれど、母さんはそんなあなたといつも一緒にいたのですよ。そしてこれからもずっと。あなたがいてよかった。あなたがわたしの子どもでよかった。あなたらしく生きてください。永遠に愛しています」
読む必要はなかった。そらでおぼえていた。

先生は泣いていた。「お母さんはきっとすごく、すごく特別な人だったのね」と言った。 

このあたりまでは映画に忠実ですが、ここから映画にない記述が始まります。 

先生はぼくに母さんのことをいろいろ聞きはじめた。どんなことが好きだったか、どんなことで喜んだか、どんなことで悲しんだか。(略)

「母さんは音楽も好きだった。ピアノを弾いた。ロックンロールが好きで、いつもトニーにこれをかけてって頼んでた」

カセットの曲はT・レックスの「ラヴ・トゥ・ブギ」(I Love To Boogie)だった(ユーチューブの予告編の冒頭に流れる曲です) 

「楽しいのが好きだったのね。優しかった?」 

「もちろんさ。ちょっと悩むこともあったけど」 

「悩まない人なんている? そうね。楽しくて、優しくて、悩んでる。そして、タップ。それがわたしたちのダンスよ、ビリー。さあ、やりましょう。もう一度そのテープをかけて」 

映画ではビリーと先生が「ラヴ・トゥ・ブギ」をバックに二人でダンスのステップを繰り返すシーンが続きますが、母親の手紙と好きだった曲をイメージしたステップだったのですね…。 

「白鳥の湖」のレコード

もうひとつ紹介しましょう。チャイコフフキーの「白鳥の湖」のシーンです(映画のラスト、アダム・クーパー演じる大人になったビリーの跳躍シーンでも流れます。もう滂沱の涙です) 

先生の車に乗っている時にカー・カセットをかけて「白鳥の湖」が流れます。どんな寓話だったのか先生が説明して、ビリーが感想を述べるあたりは映画のとおりなのですが、その夜、喉が渇いて牛乳を飲むシーンでビリーは亡き母の姿を見ます。母親が出てくる場面も映画と同じですが、そのあとに続く認知症の祖母との会話のシーンは映画にはまったくありません。 

ドアが開いて、おばあちゃんが出てきた。
「ほら、ビリー、ここにあるんだよ」とおばあちゃんが言った。お決まりのパターン、とぼくは思った。ぼくは母さんを見て、今度はおばあちゃんがおかしくなってる。母さんが立っていた場所の近くにある食器戸棚のところに行って、かがみこんで戸を開けた。
「何が? おばあちゃん」
「レコードだよ、馬鹿だね」
おばあちゃんは食器戸棚からレコードを取りだしてにっこり笑った。自分の鼻を叩いて、「あたしは知ってるのさ」と言った。それから隣の部屋に行った。

「何を知ってるの? 何を知ってるのさ?」
ぼくはおばあちゃんについていった。プレーヤーにレコードをセットしている。
「聞いて」
白鳥の湖だ。一時間前に先生と一緒に聞いたのと同じ曲だった。

ぼくはおばあちゃんを見つめた。どうしてわかったんだろう? ほら、聞いたことがあったのはそれだからだったんだ。母さんのレコードだった。母さんはレコードを一箱持っていて、ぼくが小さいころよくかけてくれた。このレコードはもう誰もかけない。何年もしまいこまれていた。
「おばあちゃんも母さんを見たの?」
けどおばあちゃんはそこにいなかった。部屋の中を踊りまわっていた。前に、こんなふうに踊るのを何度も見ていたはずだけど、今ならその動きがわかる。プリエ。バレエだ。

いかがですか。亡くなった母親がビリーをバレエの世界に導いていく…そういうストーリーだったのです。

T・レックスも白鳥の湖も、母親の想い出と重ね合わせることで、特別なメロディになって心に響いてきませんか。 

母親を含めた家族の物語

武骨な父や、最初はバレエを馬鹿にしていた兄も、ビリーを応援すると決めてから口にするのは、ふたりとも母親です。 

「あれの母親ならきっとそう考えたはずだ。サラはもういない、だからおれがかわりにそう考えてやらなきゃいけない」 

「父さんが言ったとおり、母さんはもういないんだから、母さんならやったはずのことをやらなきゃいけない。母さんが何もしないですわりこんで、ビリーに駄目だって言うと思うかい?」 

ノベライズの作者のメルヴィン・バージェスは、監督のスティーヴン・ダルドリーや脚本のリー・ホールにも聞き取りを行って、このノベライズを執筆したのだろうと推測します。そうでなければ、こんなに母親に絡んだ加筆があるとは考えられません。 

映画では、兄が母親に言及するのはたった一言です。父親とともにビリーを応援することを兄が決意した場面です。 

おやじは正しい
お袋も賛成する

映画ではあまりセリフで語られない母親の存在ですが、父にとって亡き妻で、兄とビリーにとっては亡き母親を含めた家族の物語が「リトル・ダンサー」であり、だから心動かされる、だから涙をとめられない……。そんなふうに私は思います。 

来月の劇場公開は、妻や娘を誘って映画館に行ってこようと思います。そして、気持ちよく涙を流してきます。 

(しみずのぼる) 

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