”ふたりきり”の情景に心地良い涙を流す:穂積「式の前日」

”ふたりきり”の情景に心地良い涙を流す:穂積「式の前日」

きょう紹介するのは穂積さんの漫画「式の前日」です。姉と弟、兄と妹、一風変わった父親と娘……。”ふたりきり”の情景を鮮やかに描く短編群に、心地よい涙を流せること請け合いです(2024.8.8) 

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珠玉の”泣ける”読み切り短編集

穂積さんは、2010年に「式の前日」で月刊フラワーズのコミックオーディションで「銀の花賞」を受賞して漫画家デビュー。2012年に短編集「式の前日」(小学館)を出版、翌13年に本のコミュニティサイト「ブクログ」が主催するブクログ大賞のマンガ部門で大賞に輝いた…という方です。 

”ふたりきり”ーー。それは、この世でもっとも切なく、もっとも尊い宝物。表題作【式の前日】ほか5編を収録した、珠玉の”泣ける”読み切り短編集。抒情と憧憬を鮮やかに紡ぐ俊英、ここにデビュー! 

表題作「式の前日」は、結婚式を翌日に控えた姉と、社会人3年目で営業マンとなった無口の弟が、実家で過ごす1日の出来事を淡々と描くだけです。 

ウェディングドレスを着て二の腕やウェストを気にする姉。「かわんねーよ」を繰り返す弟。 

席の配置や料理のコースに悩む姉。「何度も考えて決めたじゃん」を繰り返す弟。 

夕飯をふたりで食べ終え、風呂から上がると、仏壇に手を合わせている姉。 

何してんの

お父さんとお母さんに報告

姉は風呂に行きがてら、弟に声をかける。

あ そうだ
今日は居間に布団敷こう
そんで一緒に寝よ

和室の居間で並べた布団。姉の「手つないで寝てい?」のことばに「いーよ」と返す弟。 

父母は俺が十一の時
交通事故で先立った
その二人の代わり
俺を育ててくれた
八つ違いの姉

涙をこらえてタクシーで式場に向かう姉を見送り、弟は自分に声をかける。 

さあて歩いてやりますか!
ヴァージンロード

いかがですか。姉が仏壇に手を合わせるあたりで、姉と弟の”ふたりきり”の最後の一日を描いているのだとわかってもなお、姉のひとつひとつの表情に切なさがこみ上げてきます。 

親無しの寂しがり屋

「式の前日」所収の「夢見るかかし」は、舞台ががらりとかわって小麦畑広がるカンザスですが、兄と妹の”ふたりきり”を描いています。こちらも妹の結婚式に招かれた兄が主人公です。 

母親に捨てられて伯父夫婦の家で暮らしている間、妹がずっとかかしを”ママ”だと勘違いしてた…ってだけの話だよ 

そう話す兄は、酒場で言い寄る女にこう言われる。 

みんなあんたのこと笑ってるわ
「親無しの寂しがり屋ジャック・マイヤーズはたったひとりの妹が自分から離れていくのは耐えられない!」
「彼の”寂しがり”はもはや病気だ」って!

「式の前日」の姉と弟、「夢見るかかし」の兄と妹。本の背表紙のとおり、 

この世でもっとも切なく、もっとも尊い宝物 

であることを、淡々と、でも心の奥に沁み入るように、とても丁寧に描いています。 

だってもうお姉さんだもん

もうひとつ紹介します。この時期になると必ず読みたくなる「あずさ2号で再会」です。 

蝉がうるさく鳴く盛夏。団地の一室で幼い女の子が畳で寝転がり、「アイスたべたいな」とつぶやいていると、ドアのチャイムが鳴る。ドアを開けると立っているのは父親。 

いまは?
どーしてんの?
ちゃんとご飯食べてる?

やめろよ お前
その口調 あいつそっくり

おかーさんのむすめだもん!

母親が登場するのは仕事先からの電話で「外出しないように」「ちゃんと食べるように」と娘に注意する場面だけで、たまにしか会えない父親と再会する一日が淡々と描かれます。 

いくつだっけ?

ななさい!
むすめの年くらいおぼえてよ!

ちーせーくせに
しっかりしてんなぁ
誰に似たんだか

……だってもうお姉さんだもん

え?…お前 お姉さんに…なんの?
…あいつ…再婚…すんの?

娘に「年齢的にお姉さんになった」という意味だと言われて、思わずほっとする父親の表情などはクスッとしてしまいます。 

「式の前日」と違って、ふたりの関係性を明かすのは控えます。こちらのネタバレは許されないでしょう。 

1ページ目から最後のページまで「ミーン ミーン ミーン」と蝉の鳴く声が重なる「あずさ2号で再会」は、「式の前日」に収められている短編群の中でも屈指の”泣ける”短編です。 

我が家の外でも、蝉が声を枯らして鳴く声が聞こえます。

今年も本棚から「式の前日」を引っ張り出して、あずさと父親のひと夏の再会に涙を流そうと思います。 

(しみずのぼる) 

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