手塚治虫には優れた短編読み切り漫画が数多くあります。きょうは短編集「タイガーブックス」所収の3つの短編ーー「雨ふり小僧」「いないいないばあ」「るんは風の中」を紹介します(2025.2.27)
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「タイガーブックス」も傑作揃い
手塚治虫の短編集はきのう紹介した「ライオンブックス」が有名です。「安達が原」や「荒野の七ひき」など、手塚治虫を代表する短編群が数多く収められています。

でも、

単行本で持っていた「手塚治虫名作集」(集英社)に入っていた短編がないぞ!?
と思って調べると、「ライオンブックス」以外に「タイガーブックス」という短編集があり、そちらの短編が名作集に混じっていることがわかりました。
集英社の名作集に入っていた(「ライオンブックス」以外の)わたしがとても好きな短編が「雨ふり小僧」「いないいないばあ」「るんは風の中」です。
「雨ふり小僧」
ひとつひとつ紹介しましょう。最初は「雨ふり小僧」です。
分教場育ちのモウ太は、1か月に1回、町の本校に通うたびに苛められて帰ってくる。分教場の生徒は3人。2人は小学1年生。中学生のモウ太は友達がいなかった。
くさくさするな…とこぼして道を歩いていると、おんぼろの古い破れた傘をかぶった男の子がいた。不思議なことに、晴れているのに男の子の頭上だけ雨が降っていた。男の子はモウ太の足元を指差し、「そのクツほしか」と言った。
…おまえいったい誰?
ーおいら 雨ふり小僧
雨ふり小僧は「そのクツくれたらばなんでもきいてやるどに」と言った。
くれたれば三つのぞみをきいてやるどに
三つもだど うそいわんど 三つもねがいきくどに
モウ太は「じゃあな やるかわりに ほんとうに三つねがいをかなえろよ」と言って、ひとつ目の願いを口にした。「町の子がぜったいに持ってないめずらしーい宝物をくれ」
雨ふり小僧は「おいらの友だちにたのんでもらってやるどに」と言って森の中にモウ太を連れて行った。行き先は「あずきあらい」のところだった。
じっさまにたのみさあるどに
町で売ってねえ
めずらしいものがほしいだ
あずきあらいは川底から亀を捕まえて「こいつでどうだ」と亀を放り投げた。
しかし、町の本校に亀を持っていくと、本校の学生たちに亀をあっさり取られた。「これ もらっとくぜ」。 モウ太はふたつ目の願いを口にした。「あいつらをやっつけてくれ……こらしめてやれ!!」
だけどよォ
おまえってほんとに
ヘンテコな妖怪だなおまえ家族あるの?
ひとりぼっち?
雨ふり小僧は「一本ぼっぢどに」と答えた。
よく物置なんかに
ふるいカサがすてられてあるどに
ああいうのから
おいらたち生まれるどに
雨ふり小僧と親しくなったモウ太だったが、その時、消防車が鐘を鳴らす音が聞こえた。分教場が燃えていた。モウ太はみっつ目の願いを口にした。雨を降らせて分教場の火事を消してくれーーと。
続きは手塚治虫公式WEBサイトの紹介文を引用しましょう。
雨ふり小僧は必死で火を消しました。しかし、その直後にモウ太の家の引っ越しが決まり、モウ太は約束を忘れて、雨ふり小僧を橋の下に待たせたまま、山を降りてしまいました。それから40年後、大人になったモウ太は、突然、雨ふり小僧との約束を思い出しました。
大人になったモウ太。雨ふり小僧と会えるでしょうか……。
心のふるさと”妖怪たち”
「雨ふり小僧」は大変有名な作品で、今江祥智氏と山下明生氏が編纂した童話アンソロジー「現代童話」(全5巻、福武文庫)にも収められています。山下氏は解説でこう書いています。
「雨ふり小僧」は、一九七五年の「月刊少年ジャンプ」に発表されたものですが、こうして活字作品と並べて読んでも、その感動の質の高さは文芸作品に劣りません。水木しげるさんの「のんのんばあとおれ」と合わせ読めば、われわれが先祖から受けついできた心のふるさと”妖怪たち”の意味合いを、しっかりと理解させてくれます。
「現代童話IV」解説より
「いないいないばあ」
「いないいないばあ」も、心のふるさとの”妖怪”ーー座敷わらしが登場します。

受験勉強のためにとまった旅館には、座敷わらしが住みついていた! 少年と座敷わらしとの友情を描いたファンタジー短編です。新婚旅行先の旅館が火事になった時、新郎は荷物には目もくれず、宿の古畳を必死に運び出した。その古い宿は彼が高校受験の時に泊まった所であり、畳はその時心をふれ合った妖怪座敷わらしが棲家としていたものだった。
高校受験の勉強中にも「アソボ」と声をかけてくる座敷わらし。モグラたたきの要領で座布団で座敷わらしを叩く遊びにつき合ってやると、座敷わらしは「アソンデクレタデ ウカルヨウニ シテヤルベ」
志望校に見事合格したお礼で畳に砂糖をまくと、夜になって座敷わらしが「サトウ ウメエ」と言って現れた。
座敷ワラシハ トモダチ ウラギラネ
ナカヨシ ナルチュウタノ オメエダニ
旅館は明治22年建築だったが、他の旅館はみな建て替えが進んでいた。
古イウチニャ ミンナ
ヒトリズツ イツイトルダダドモ ドノウチモ
タデナオスダデ
コノアダリジャ
オラシカ ノコッデネエ
「オラ…サミシイ」とこぼす座敷わらしは、主人公の膝に頭を乗せて「人間テ アッタケエナ」と言いながら、こんな希望を口にした。
アンチャノ コドモニ ナリタイ
アンチャガ キレイナヨメゴサモラッテ
コドモ ウムトキガキダラ…
オラノタタミヲ ヨメゴノネベヤへ ハコンデケレ
ソンダラ ウマレタコドモハ オラダベ
「るんは風の中」
最後に紹介する「るんは風の中」は前2作とは趣がまったく異なります。「るんは風の中」はアニメ化されていて、冒頭の3分あまりはユーチューブで観ることができます。
手塚治虫公式WEBサイトに次のように書いてあります。
孤独な高校生の少年が、ポスターの中の少女に恋をして、悩み、傷つきながら成長していくのを描いた青春ドラマです。
手塚治虫が「自信作」と太鼓判を押すだけあって、この「るんは風の中」は短編でありながら、様々な魅力が備わった、不思議な作品になっています。
心温まる妖怪ものから、せつない青春ものまで、変幻自在の手塚漫画を収めた「タイガーブックス」(電子書籍版は全8巻)
「雨ふり小僧」は第3巻、「いないいないばあ」は第7巻、「るんは風の中」は第4巻に入っています。



「安達が原」の記事で引用した夢枕獏氏が「まったく、どうして、手塚治虫のような才能がこの世に生じたのかわからない」と言うとおりです。
どれも半世紀以上前の作品ですが、決して色褪せることのない名作ばかり。これからもぜひ多くの人に読み継がれてほしいと願っています。
(しみずのぼる)
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