アンドロイドに“魂”は宿りうるのか? 平井和正「アンドロイドお雪」 

アンドロイドに“魂”は宿りうるのか? 平井和正「アンドロイドお雪」 

きょうは平井和正氏の「アンドロイドお雪」を紹介します。1969年刊行ですから半世紀以上前のSF小説ですが、古さをまったく感じさせない傑作ハードボイルドSFです(2026.1.22) 

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1969年刊行、平井氏最初期のSF

平井和正氏は《SF界のレジェンド》という言い方をされるSF作家で、〈ウルフガイ〉や〈幻魔大戦〉といった長編シリーズが有名です。「アンドロイドお雪」は、その平井氏の最初期のSF小説で、1969年に立風書房から出版されました。 

わたしの手元にあるのはハヤカワSF文庫版で、奥付をみると昭和48年ーー1973年出版のものです。買ったのは父親で、父の本棚から”頂戴”した本の一冊です(ほかに平井SFでは父が買った「狼の紋章」や「狼男だよ」なども手元にあります) 

ハヤカワSF文庫版のカラー口絵(作者は山野辺進氏)。当時のSFは創元推理文庫もハヤカワ文庫もカラーの口絵がありました

そんな半世紀以上前のSFをなぜ再読したかと言えば、小泉八雲の「雪女」つながりです。 

「雪女」をモチーフにした小説群

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」の記事で紹介した「新編 日本の怪談」(角川ソフィア文庫)と円城塔氏翻訳の「怪談」(角川文庫)を読み、その延長で、三津田信三氏の「妖怪怪談」(光文社刊)や石黒達冒氏の「雪女」(伴名連氏編「日本SFの臨界点」[怪奇篇]所収、ハヤカワSF文庫)を再読するうちに、 

そう言えば「アンドロイドお雪」も雪女に関係する小説だったな… 

と思い出し、本棚から引っ張り出してきて数十年ぶりに再読したのです。 

ちなみに、石黒達冒氏の「雪女」は、伴名連氏の紹介文を載せておきます(こちらもお勧めです) 

旧日本軍図書館の書庫から発掘された、低体温症に纏わる忘れられた記録。その著者は明治初期、旭川の陸軍第七師団に配属されていた医師だった。一九二六年、医師の診療所に昏睡状態で運び込まれた女性は、特異な症状を示していた……。遠野伝承的な神秘性を、科学によって解体する紛うかたなきSF。形式・モチーフとも、私の創作に決定的な影響を与えた短編だ。初出は二〇〇〇年刊の短編集『人喰い病』(ハルキ文庫)。 
伴名連編「日本SFの臨界点」[怪奇篇]ハヤカワSF文庫より 

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特A級アンドロイドの検査証

「アンドロイドお雪」に話を戻しましょう。 

舞台は近未来のアメリカ(日本は20世紀末に大地震に見舞われて水没した設定)で、しがない貧乏刑事の野坂は、常習犯罪者の五反田じいさんから呼び出された。医者から余命宣告された五反田じいさんは野坂に頼みごとをした。 

わしゃ、あんたにかたみの品を遺贈したいんです。ぜひとも受けとってくだされ。うんといってくだされ。さもないと、わしゃ死んでも死にきれん…… 

五反田じいさんが手術中に亡くなった翌日、野坂の部屋をひとりの女性が訪ねてきた。 

喪服を想わせる黒いドレス。後ろに高く結いあげた闇よりも黒い髪。すんなりした手足と顔の皮膚がとびぬけて白く見えた。さながら白雪姫だ。

「あの、あたし、お雪というんです。野坂さんですか」

お雪は「特A級アンドロイド」の検査証を野坂に差し出した。人間型(ヒューマノイド)ロボットだった。 

「お願いです。あたしを追い出さないでください。行くところがないんです。ここに置いてください」 

アンドロイド?人間?

こうしてお雪は野坂の部屋に住み着くことになったが、お雪はほかのアンドロイドとはどこか違っていた。そのことに最初に気づいたのは、野坂の部屋をしょっちゅう訪れるサイボーグ猫のダイだった。 

お雪は、ダイの知っているどのアンドロイドとも異っているような気がした。どこか微妙な点で、人間そのものに等しいところがあるようだった。ーーただの召使いアンドロイドじゃない……ダイはそう思った。
猫の直感は正しかったのだ。

人間型アンドロイドやサイボーグ猫やサイボーグ犬が登場する近未来にもかかわらず、人間社会はまるで進歩していません。 

時価百万ドルはくだらない特A型アンドロイドを遺贈された野坂に羨望と嫉妬が渦巻く同僚たち。権力に媚びる上司たち。野坂を追い落とそうとする陥穽……。 

醜悪な人間関係に愛想がつきて泥酔して帰宅した野坂をみて、お雪の目が光った。 

それは、もはやアンドロイドの顔ではなかった。まぎれもなく、女が熱愛する自分の男を見つめるときの、照り映えるような輝きがやどっていた。
お雪は一たん台所に姿を消し、もどってくると、ベッドに身をのりだして、野坂の唇に自分のそれをかさねて、口うつしでなにかを飲ませたのだ。唇をはなすと、指で野坂の喉をくりかえし撫でおろした。
それから、お雪は服を脱ぎはじめた。しみひとつない純白の裸身があらわれた。

その様子を窓越しにダイがみていた。 

屋内の光景がよくのみこめずに、顔をしかめていた。
お雪の下腹部に見た漆黒の翳りが、いったいなにを意味するのかとしきりに考えているのだった。
アンドロイドでありながら、アンドロイドでなく、人間ではないが、人間の女としてふるまうもの。
ダイのおぼろげな思考では、とうていその正体をつかめそうもなかった。
お雪とはいったいなにものなのだろう。

野坂が巻き込まれる陰謀とお雪をめぐる謎が相まって、途中からはノンストップ状態になります。 

「雪女」のことも書いておかないと消化不良ですね。ネタバレにならないと思うので、その部分を紹介しましょう。 

お雪ーーその名はなにか非常に暗示的な響きを蔵していなかったか?ーー冬の夜、山深く若い男がたったひとりで暮している。耳が痛くなるほど静かな夜更けーー舞い狂う粉雪が、美しく白い女の姿をかたちづくり、音もなく忍びいってくる。それは雪の妖怪、雪女だ。雪女は〈お雪〉と名のって、若者をしっかりと冷たい白い腕に抱きすくめ、凍える死の息吹きを吹きかけるのだ……
そうだ。お雪こそ、〈雪女〉だったのだ!
お雪は断じてただのアンドロイドではない。魂を持たない無機質な機械ではない。お雪の眼を見るがいい。この世ならぬものがやどり、その眼を黒い炎のようにいろどっている。この女性型アンドロイドに憑いているのは、異様な原始の闇からやってきた存在なのだ……
「許して……許してください」

ディックの「電気羊」よりも先

「アンドロイドお雪」は現在kindle版で読むことができますが、その紹介文に次の一文があります。 

限りなく人間に近づいたアンドロイドに“魂”は宿りうるのか? 

この一文をみて最初に連想するのは、1982年に公開されたアメリカ映画「ブレードランナー」です。 

2019年、酸性雨が降りしきるロサンゼルス。
強靭な肉体と高い知能を併せ持ち、外見からは人間と見分けが付かないアンドロイド=「レプリカント」が5体、人間を殺して逃亡。
「解体」処分が決定したこの5体の処刑のため、警察組織に所属するレプリカント専門の賞金稼ぎ=「ブレードランナー」であるデッカード(ハリソン・フォード)が、単独追跡を開始するが……

映画「ブレードランナー」

原作はフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」で、1968年に出版されています。

出版年だけみればディックが先にみえますが、平井氏の「アンドロイドお雪」はもともと「SFマガジン」の1967年2月号に掲載された同題名の中編がもとになっています。 

つまり、ディックの「電気羊」よりも「アンドロイドお雪」のほうが先だった! 

これはすごいことです。日本のSFの質の高さを物語ることではないでしょうか。 

数十年ぶりに再読して思うのは、半世紀以上も前に、こんなにも深淵なテーマのSFを日本人作家が書いていたなんてーーという素直な驚きです。 

先述したとおり「アンドロイドお雪」はkindle版が発売されていますので、”魂”が宿るアンドロイドの物語に興味がある方は、ぜひ手に取ってみてください。 

(しみずのぼる) 

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