大人は何もわかっていない…深く考えさせられる「アドレセンス」

大人は何もわかっていない…深く考えさせられる「アドレセンス」

世界的に話題になっているNetflix配信中の英国ドラマ「アドレセンス」を観ました。インセル、マノスフィア、ミソジニー……。知らない言葉が続出しますが、きっとそれが思春期(アドレセンス)の少年少女が置かれている現実かもしれない…と思うと慄然とします(2025.7.13) 

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少女を殺したのは13歳の少年

「アドレセンス」は、内容に触れずに紹介するのが不可能なので紹介記事を書くのを迷いましたが、多くの人に観てほしいと思って筆をとります。ネタバレを気にする人は予告編だけ観て、実際のドラマを観て頂ければと思います。 

最初に予告編をごらんください。 

わずか4話のドラマです。ストーリーは、 

クラスメイトを殺した罪に問われたのは、わずか13歳の少年。一体何が起きたのか? 少年の家族、心理療法士、そして事件を担当する刑事が追い求めるその答えとは。 

というもの。家族の前で逮捕された13歳の少年ジェイミーが、警察署に同行した父親の前で「僕は殺していない」と繰り返すのに、犯行現場に残っていた映像には、ジェイミーがクラスメイトの少女をナイフで刺す場面が映っている……というところまでが第1話です。 

第2話は、刑事たちがジェイミーと被害少女が通う中等学校に出向いてクラスメイトに事情を聞くものの、いっこうにジェイミーの動機がわからない。その様子をみていた同じ学校に通う刑事の子供が事件を解くヒントを与える……。 

第3話は、事件から7か月後、裁判を控えて心理療法士がジェイミーと対話しながら、少女殺害事件の真相が徐々に明るみに……。 

そして第4話は、事件の13か月後、ジェイミーの家族たちの様子が描かれます。物語の終盤、ジェイミーはようやく殺害したことを認めることにしたと電話で伝えてきますが、何の言葉も返してあげられない父親の慟哭で終わります。 

たった4話なのに、観終えてもまだ衝撃が残っています。それほど重たいテーマのドラマでした。 

知らない単語が続出

ウィキペディアには、こういう紹介文が出てきます。 

『アドレセンス』は、13歳の少年ジェイミー・ミラーが同じ学校の女子生徒殺害の容疑で逮捕された事件を軸にインセル、マノスフィア、ミソジニーなどのジェンダー問題、SNSでのいじめなど、現代の社会問題をテーマとしている。 

恥ずかしながら、文中に出てくる3つのキーワード(インセルマノスフィアミソジニー)はどれも知らない単語でした。試しに妻に訊いてみたら、 

ミソジニーは知ってるわ。「女性嫌い」でしょ。 

という回答。わたしはドラマを観ていてその単語が出てくるたびに、動画をとめてスマホで単語を調べなければなりませんでした。 

パパは何もわかっていない

「インセル」という単語が出てくるのは第2話です。 

第2話は始まりから不穏です。スクール・カーストの様子が描かれ、ジェイミーの友人2人、被害少女の友人が登場しますが、どちらもカーストにあっていじめられる側に属しています。そして、教師たちはそのことをまったくわかっていないーーということが、学校を訪ねた刑事たちの視点で描かれています。 

もちろん刑事たちにもわかりません。その様子をみて刑事を呼び止め、ふたりだけで話したいと切り出したのが、やはりスクール・カーストの中でいじめられる側に属する刑事の息子です。 

パパは何もわかっていない
彼らが何をしてて何が起きたのかを

インスタを調べてたんだろ?
じゃあ彼女のコメントを見ただろ?
友好的に見える?

”お前は一生童貞”ってこと

父親が「違うのか?」と訊ねると、 

このダイナマイトの意味は分かる?
爆発する赤い薬だ
青い薬は虚構を示し…
赤い薬は”真実への覚醒”を意味する
マノスフィアへの誘い文句だ

80対20の法則がある
80%の女性は20%の男性に魅力を感じる
だから普通にアプローチしても無駄だ
80%の女性は…彼女は彼を”インセル”だと

彼女の言う”インセル”は
”お前は一生童貞”ってこと
皆 彼女のコメントに”いいね!”のハートを

父親が「つまりこれはいじめか?こじつけ感はあるが」「絵文字とハートでそんなことが分かるとは」と半信半疑の表情で口にすると、勇気を振り絞って助言した息子は続けます。 

赤は”愛” 紫は”性的関心あり” 黄色は”興味ある”
ピンクは”興味はあるが性的関心なし” オレンジは”励まし”
すべてに意味があるんだ
ジェイミーには他にも15種類の絵文字が来てた
種類は違うけど意味は同じだ

伝えずにはいれなかった
空回ってる姿がイタすぎて

大人が知らない世界が少年少女たちのあいだに広がっているーー。そのことが第2話でようやく明るみになります。 

「男らしさ」とネット上の過激思想

「マノスフィア」については、朝日新聞の評論家・藤田直哉氏へのインタビュー記事に出てきます。 

フェミニズムの伸びや有色人種の人たちの活躍の一方で、白人男性は自分たちが剝奪されて没落して負けていく「危機」のようなものを感じている。自分たちが置き換えられていく没落感、危機感が、「男らしさ」の喪失と重ねて理解されてしまい、「男を取り戻さなければならない」という意識が活発化している。それがネット上で過激な女性嫌悪あるいはフェミニズム嫌悪、リベラル嫌悪と接合して、ある種の「男らしさ」に強くこだわる集団を形成している。「マノスフィア」(Manosphere=man<男性>とsphere<領域、世界>を組み合わせた造語)と言われるものです。

朝日新聞 – 話題ドラマ「アドレセンス」とマノスフィア 男らしさを求める背景は

こうやってインセルやマノスフィアという単語に注目し過ぎてしまうと、「アドレセンス」の魅力を減殺してしまいそうです。 

それでも、事件の背景、底流にあるものが、SNSやネットで少年少女たちのあいだで急速に広まり、大人たちがそのことをわかっていないことの怖さを描いているのが「アドレセンス」なので、やはり単語に注目せざるを得ません。 

為すすべのない大人たちの懊悩

第3話のラストで、ジェイミーが犯行に及んだ事情が明るみになった後に心理療法士は、無言のまま、一筋の涙で頬を濡らします。涙を流すしか為すすべのない大人たちの懊悩を、やはり大人に属するわたしも感じずにはおれませんでした。 

特に子供を持つ親の立場からすると、第4話で息子から容疑を認めると言われた父親の慟哭は他人事ではありません。父親は妻にこう言います。 

鍛えるためにサッカー教室に入れた
でもあの子は下手で毎回キーパーにされてた
他の子の父親たちはあの子を見て笑ってた
あの子は俺を見てた
なのに俺は自分の息子と目も合わせられなかった

ボクシングもさせた
何か変わるかと期待したが
10分しか続かなかった

よく下で絵を描いていたな
キッチンテーブルで絵を描いていた
上手だった
何時間も夢中になって描いてたのに
描かなくなった
パソコンを欲しがったから
机やキーボード、ヘッドセットも買ってやった

自室にいればあの子は安全だと思ってた
部屋の中にいれば悪さはできないと
良かれと思ってやってた

俺に何ができた?
もっと何かできたか?

父親が息子の部屋で慟哭するシーンで終わる「アドレセンス」ですが、そのバックに流れるのがノルウェーの女性シンガーAURORAの「Through The Eyes Of A Child」です。

 「私はこの世界を子供の目を通して見ていたい」。その子供の目を通して見ても、つらい世界が広がっていることに悄然とするエンディングです。

World is covered by our trails 
この世界は私たちが遺した跡で覆われている 
Scars we cover up with paint 
傷跡はペンキを塗り重ねて隠され 
Watch them preaching sour lies 
腐敗しかけた嘘を説く人たちがいて 
I would rather see this world through the eyes of a child 
私はこの世界を子供の目を通して見ていたい 
Through the eyes of a child 
子供の目を通して…… 

ネットやSNSで広がる”生き地獄”

学校内のいじめは昔からありますし、いじめが引き金となった殺傷事件も決して今に限った話ではありません。 

それでも、ネットやSNSの急速な普及によって、それについていけない大人との認識の隔たり、断絶が深まっているのは間違いないでしょう。

大人が助けにならないだけではありません。いじめる側がネットやSNSを駆使することで、いじめの苛烈さも巧妙さも加速度的に増しており、その結果、いじめられる側にとって”生き地獄”のような状況はいっそう深まっているのではないでしょうか。 

ウィキペディアによると、 「アドレセンス」は英国内で政治家を動かしたそうです。

イギリスの国会議員のアネリーゼ・ミッジリーは、『アドレセンス』が女性や少女に対するミソジニーや暴力の抑止に役立つ可能性があるとして、国会や学校での上映を求めた。英国の首相キア・スターマーもこの提案を支持し、英国の中等学校では本作が無料で視聴できるようになった。 

英国で真正面に受け止められた「アドレセンス」ですが、決して英国に限った話ではないでしょう。 

大人は何もわかっていないーー。そんな厳しい現実が日本でも広がっているのかもしれません。 

(しみずのぼる) 

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