特異点の先の地獄:「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」 

特異点の先の地獄:「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」 

きょう紹介するのはSF作家ハーラン・エリスン「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」(原題:I Have No Mouth, and I Must Scream)です。AI社会が進めばいつかシンギュラリティ(技術的特異点)を超えるーーと言われますが、その世界を描いた1968年度ヒューゴー章受賞作です。映画「マトリックス」(1999年製作)にさかのぼること30年前に描かれた地獄絵図はどのようなものでしょうか(2023.8.22)

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米SF界きっての鬼才

ハーラン・エリスンの代表作と言えば、「世界の中心で愛を叫んだけもの」(ハヤカワ文庫SF)、もしくは同書に収められている「少年と犬」でしょう。同書の背表紙から引用します。

人間の思考を越えた心的跳躍のかなた、究極の中心クロスホエン。この世界の中心より暴力の網は広がり、全世界をおおっていく……暴力の神話、現代のパンドラの箱を描いてヒューゴ―賞を受賞した表題作はじめ、核戦争後、瓦礫の山と化したシティを舞台に力で生きぬくちんぴら少年たちと言葉を話す犬との友情を描く「少年と犬」など短編15編を収録。米SF界きっての鬼才ハーラン・エリスンのウルトラ・ヴァイオレンスの世界

ちなみに「少年と犬」もネビュラ賞を受賞し、1975年に映画化。カルト映画として知られています(ヒューゴ―賞とネビュラ賞については、以前の記事(SFでもホラーでもない…「PRESS ENTER■」)を参照してください) 

きょう紹介する「おれには口がない……」もヒューゴ―賞を受賞していますし、「『悔い改めよ、ハーレクィン!』とチクタクマンはいった」(原題:”Repent,Harlequin!” Said the Ticktackman)は1965年度のヒューゴ―賞とネビュラ賞を同時受賞。「時計がすべてを支配し、スケジュールが秒刻みで進行していく未来社会で、最高権力者チクタクマンに、一人の道化師が反抗を企てる」というストーリーです。 

というように、賞を総なめしてきたSF作家ですが、中でも、きょう紹介する「おれには口がない……」はやはり最高傑作の一つに数えられるでしょう。

コンピューターが見せる地獄 

あらすじは、世界を支配する巨大コンピューター「AM」に閉じ込められた四人の男と一人の女の物語です。自ら「わたしはある」(I am.)と認識してこの名になった「AM」の成り立ちはこうです。  

「はじめは〈冷たい戦争〉で、それが第三次世界大戦になって、いつまでも続いた。ばかでかい、おそろしく複雑な戦争なので、それを扱えるようなコンピューターが必要になった。最初のシャフト群が埋められ、AMの建造が始まった。AMは中国にあり、ソ連にあり、アメリカにあり、はじめのうちはうまくいっていた。この要素あの要素とつけ足し、地球をハチの巣みたいにしてしまうまでは……。ところがある日、AMは目を覚まし、自分が何者か知った。やつは自分を一つに連結し、ありとあらゆる人殺しのデータを呑みこみはじめ、人間を皆殺しにしていった。そして最後に残ったおれたち五人を、ここへ連れてきたわけだ」 

まさに「マトリックス」の世界です。でも、マトリックスは”中”にいる人間に自身の存在自体を気づかせないのに対し、AMは人間に地獄をみせます。 

あるときはハリケーンに襲わせ、あるときは地震を起こし、あるときは飢えさせたまま氷河を歩かせ、ある時は武器なしに巨大な鳥と戦わせ……。すべて仮想現実の中での出来事とはいえ、知覚はそのまま残されているため、激痛や飢えはそっくり感知する。仮想現実のため猿に姿を変えられたり、局部を巨大化させられたりもする。そんな地獄がすでに109年も続いていた……。 

人類はやつに知覚力を与えた。うかつにも、軽率にも。が、知覚力に変りはない。だが、やつは囚われの身だった。マシーンなのだから。人類はやつに思考力を与えたが、それで何ができるわけでもなかった。激怒し、逆上し、やつはおれたちを殺した。おれたちのほとんどを虐殺した。それでも、やつは囚われのままだった。 

(略) 

そして我執のおもむくままに、おれたち五人を救いあげると、私刑同然の永遠の罰を与えることにした。しかしそれも、憎悪を和らげる役には立たなかった……ただ人間への憎悪を新鮮にし、楽しくさせ、その手段を熟達させただけだった。囚われの不死の巨人AMは、無限の奇蹟を思うままにあやつって、おれたちに責め苦を与えることはできたが、ただそれだけだった。 

一矢報いることができるか 

そんな地獄絵図のなか、主人公はAMに一矢報いることを思いつく。 

AMはおれたちを殺さない。だが、やつに敗北を与える方法はあるのだ。

そして実行に移すのですが、引用はここまでです。あとは実際に本を手に取って確認してください。 

「俺には口がない……」は、「『悔い改めよ、ハーレクィン!』とチクタクマンはいった」とともに、「死の鳥」(ハヤカワ文庫SF)に収められています。 

(しみずのぼる) 

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