きょう紹介するのは凪良ゆうさんの「わたしの美しい庭」です。「神さまのビオトープ」のように幽霊が出てくるわけでもなく、「すみれ荘ファミリア」のようにミステリーでもないのに、「世間と相いれない人たち」を登場させることで、作者の強いメッセージを発している小説です(2023.9.30)
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「わたしの美しい庭」(ポプラ社、2019年)のあらすじを紹介します。
小学生の百音と統理はふたり暮らし。朝になると同じマンションに住む路有が遊びにきて、三人でご飯を食べる。百音と統理は血がつながっていない。その生活を“変わっている”という人もいるけれど、日々楽しく過ごしている。三人が住むマンションの屋上。そこには小さな神社があり、統理が管理をしている。地元の人からは『屋上神社』とか『縁切りさん』と気安く呼ばれていて、断ち物の神さまが祀られている。悪癖、気鬱となる悪いご縁、すべてを断ち切ってくれるといい、“いろんなもの”が心に絡んでしまった人がやってくるが――
こちらも連作短編集で、「わたしの美しい庭」と題した2つの小編にはさむかたちで、
- あの稲妻
- ロンダリング
- 兄の恋人
の3編が入っています。
お見合いを世話する母
「あの稲妻」は、母親から何度も見合いを勧められているアラフォーの独身女性ーー桃子が主人公です。
ーーあなたもちょっと娘気分が抜けないところがあるわね。
頭の片隅にこびりついている言葉を、さっきから意識的に払おうとしている。母親は心の底からわたしを心配している。それはわかるけれど、好きな人と愛し愛されて結婚したい、というのは贅沢な望みなのだろうか。娘気分が抜けないということなんだろうか。
路有の路上バーで飲みながら、桃子は思う。
まだこぬ未来にまでアンテナを伸ばし、心配という名のおせっかいをする人たち。先のことなんて誰にもわからない。一見非の打ち所がない家庭だって、中に入ればいろいろある。心配してるふりで不安を煽るなんてただの迷惑行為ーーと思うけれど口には出さない。
うつで実家に帰る
「兄の恋人」は、体育会系男子でゼネコンに就職したものの、うつと診断されて実家に帰ってきた男性ーー基(もとい)が主人公です。
職場復帰しようと焦る気持ちや、恋人との広がる距離など、仕事も恋愛も人一倍頑張ってきただけに神経にこたえ、果ては路有の路上バーで泥酔の末、桃子の前で心が折れる。
兄貴、頼りない弟ですんません。
父さん、母さん、できの悪いほうが残ってすんません。
祖父ちゃん、約束果たせずすんません。
真由、しんどい思いさせてすんません。
桃子さん、無神経なこと言ってすんません。
路有さん、よくわかんないけどすんません。
気づくと、俺は道路に伏して大声で泣いていた。
ようやく吹っ切れた基は、桃子と一緒に縁切り神社に出向く。
「ふたりおそろいでどうしたの?」
路有が尋ね、ふたりはそれぞれ紙の形代を取り出した。お祓いにきたらしい。
最近ふたりは仲良しで、たびたび一緒に路有のバーに飲みにくるのだという。今は桃子さんは午後診察前の休憩中で、基くんはこれから患者として桃子さんの病院に行く。
(略)
「桃子さんたち、なにを切りにきたの?」
「お見合いの斡旋」
「再就職の斡旋」
どちらも断ると贅沢だと叱られるらしく、桃子さんと基くんの形代には『余計なお世話』と書かれてある。選択の自由がほしいとふたりは溜息をついた。
「なさぬ仲は大変よ」
そもそも統理と百音の暮らしも「余計なお世話」にさらされている。
ーーなさぬ仲は大変よ。しかも男手ひとつなんて。
あれは八歳のときだった。近所のおばさんたちの噂話を、わたしはたまたま盗み聞きしてしまった(ちょうどスーパーの冷凍食品売り場の真ん前で、他のお客さんから迷惑そうな顔をされていたけど、おばさんたちはへっちゃらでしゃべり続けていた)
ーー見かねて引き取ったんだろうけど、統理くんも内心複雑でしょうよ。
ーー百音ちゃんも今はいいけど、そのうち実のお父さんに似てくるだろうしね。
ーー虐待とか物騒なことにならなきゃいいけど。
家に帰ってインターネットで『なさぬ仲』を調べてみると、血のつながらない親子という意味だった。
百音は統理に、おばさんたちの話を伝え、「ほんとうはわたしのことが嫌いなの?」と訊ねた。
ーーぼくと百音の関係はぼくと百音が作りあげるものなんだから、他の人があれこれ言うことに意味はない。意味のないことを気にするのは時間の無駄遣いだ。
ーーでもおばさんたち、すごく心配そうに話してたよ。
ーーうん、でもそれは心配とはまた違うんだ。
「わたしの美しい庭」は、「神さまのビオトープ」や「すみれ荘ファミリア」に出てくる人の生き死に(殺人?)や事件事故はいっさいありません。「すみれ荘ファミリア」のようなミステリーの要素もありません。
登場人物たちの悩みも、見合いや再就職の斡旋です。たいしたことない……と思うかもしれません。
でも、実は「わたしの美しい庭」がいちばん世間の常識なるものに「ノン!」と強く訴えかけてきます。
秘めたメッセージ
アラフォー独身女性やうつで職場から脱落したサラリーマンという、登場人物たちがどこにでもいる人たちだからこそ、彼らの内面の声を丁寧に書くことで、世間の常識なるもののほうが間違っているのでは?というふうに、世間の常識を裏返そうとする作者の意図を感じる小説です。
おばさんたちの噂話をめぐる百音とのやりとりのあと、統理が口にする言葉こそ、作者がこの小説でもっとも”告発”したいことなのでしょう。
自分の陣地が一番広くて、たくさん人もいて、世界の中心だと思っていたり、そこからはみ出す人たちのことを変な人だと決めつける人たち。わかりやすくひどいことをしてくるなら戦うこともできるけれど、中には笑顔で見下したり、心配顔でおもしろがる人もいるーー。
「わたしの美しい庭」は、淡々とした普通小説にもかかわらず、ある意味もっともメッセージ性の強い小説かもしれません。
(しみずのぼる)
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