ホラー漫画家の伊藤潤二氏が海外でも人気という記事を読みました。国境を超える人気ぶりは嬉しいかぎりですが、伊藤氏のホラー漫画は読み切り短編が多いうえ、かなりの多作のため、「まず1冊読むとしたら何がおすすめ?」と聞かれると困る作家でもあります(2024.9.18)
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伊藤潤二氏について、韓国の「スポーツソウル」が「『富江』『うずまき』日本を代表するホラー漫画家・伊藤潤二の体験型展示が韓国でも大人気、延長決定」という記事を掲載していました(9月9日配信)
現在、韓国・ソウルで開催中の体験型展示「伊藤潤二ホラーハウス」が、11月3日まで延長されるという。
(略)
「伊藤潤二ホラーハウス」は台湾、タイ、マレーシアなどを経て韓国に上陸したあと、観客が直接スリルと恐怖を体験できる展示で大きな人気を集めている。
台湾、タイ、マレーシア、韓国……。伊藤潤二氏の人気はグローバルです。
上述の記事にはこう書いてあります。
『富江』『うずまき』『首吊り気球』など、多様な作品で日本だけでなく全世界の読者から愛されている伊藤潤二。韓国でも根強い人気を誇っており、特に、Netflixで映像化された『マニアック』は大きな注目を集めた。
やはり、Netflixが2023年に全世界で配信したオリジナルアニメ「マニアック」がきっかけのひとつとなったのは確かでしょう。
アメリカで英訳版を購入
でも、伊藤潤二氏が海外で知られた存在なのは、わたしは「もっと以前から」と証言できます。というのも、わたしがアメリカに滞在した2007年頃、伊藤氏の漫画の英訳版が書店で売っていたからです。
「Museum of Terror」は、当時、日本で発売していた「恐怖博物館」シリーズを英訳化したもので、2007年当時、3巻まで出版されていました(語学勉強のため購入しました)
1巻と2巻が「富江」です。3巻は「屋根裏の長い髪」で、現在は「首のない彫刻」(2013年、朝日新聞出版刊)のタイトルで発売されています。
伊藤潤二氏のホラー漫画が、どうして海外でこんなにも人気なのかーー。理由はよくわかりませんが、少なくとも、わたしは以前から愛読しているので、とても嬉しく誇らしく思っています。
伊藤ホラーの魅力は短編にあり
先ほどのスポーツソウルの記事でも、代表作の見出し部分に「富江」「うずまき」とあるので、この2つの連作集が伊藤氏の代表作であるのは間違いありません。
でも、個人的には「伊藤ホラーの魅力は読み切り短編にある」と思っています。
どれも美少女が出てくるところは共通していますが、不条理あり、ミステリアスあり、スプラッタあり、たまにコメディあり…と多彩な作風を堪能するなら、数多く出版されている短編集がおすすめです。
でも数が多くてわからない…。入門編で1冊選ぶなら、どれがおすすめ?
そう聞かれたら、わたしなら何を選ぶだろう…そう考えて記事にした次第です。
2015年出版の自選傑作集
もし1冊だけ選ぶなら、その1冊が他の短編集を読む導入になったらベストではないか……。そのように考えて選んだのが「伊藤潤二自選傑作集」(2015年、朝日新聞出版刊)です。
同書には、以下の10作品が収められています。
- 中古レコード
- 寒気
- ファッションモデル
- 首吊り気球
- あやつり屋敷
- 画家
- 長い夢
- ご先祖様
- グリセリド
- ファッションモデル・呪われたフレーミング
最後の「ファッションモデル・呪われたフレーミング」は書き下ろしで、それ以外は既刊の短編集があります。この中から、既刊の短編集への導入にも適した3作品を紹介します。
「首吊り気球」
最初に紹介するのは「首吊り気球」です。
言わずと知れた伊藤潤二作品、傑作中の傑作。和子のクラスメイトでアイドルタレントでもある輝美が衝撃的な自殺をした。マンションの外壁に自分を晒すようにして首を吊って。そして輝美の熱狂的なファンたちが次々、後追い自殺する。しかもそのほとんどが首吊り自殺だった。さらに、輝美の幽霊が現れるという噂が広まる。目撃者の証言によると、輝美の首だけが空に浮かんでいるというのだが!?
「首吊り気球」は、Netflixの「マニアック」でも取り上げられています。
既刊の短編集は「うめく排水管」(2013年、朝日新聞出版刊)です。
同短編集で個人的に好きなのは「あやつり屋敷」と「血玉樹」です。
治彦の父はあやつり人形劇の一座を率いている旅興行師だ。一座といっても治彦のほかには兄の雪彦、妹の夏美だけ。母は貧しい稼業を嫌ってとっくに逃げ出していた。雪彦は魔術師の人形・ジャン・ピェールをあやつっていたが、父に不信を抱きはじめ、家出をする。そして父も病で亡くなってしまうのだった。しばらくして兄の幸彦から手紙が届いた。兄を訪ねていくと立派な屋敷が。ところが玄関に出迎えたのは、天井から吊られたジャン・ピェールで……!?(あやつり屋敷)
山中で車の事故を起こした安西と加奈は、助けを呼びに民家を探すことにした。途中、不気味な子供たちに襲われる。彼らは噛みついて血を吸おうとしたのだ! 子供たちから逃れたふたりは集落を見つけるが、人気はなくあちこちに赤いシミが……。ようやくひとりの男が住む館を見つけ、泊まらせてもらうことにしたが、その男から、ある女性の思い出話を聞かされる。「彼女は孤独な女性で、みんな、自分を避けていくと考えていました。自分の体から血さえ逃げていくと」(血玉樹)
「中古レコード」
「自選傑作集」から紹介する2作目は「中古レコード」です。
タイトルも歌手の名もわからない謎のレコードから流れる歌に魅了された少女。その歌は歌詞がなく、今まで聞いたこともない曲。少女は友人からレコードを奪い、持ち主だった友人を殺害してしまう。プレーヤーを探してあちこちを訪ねるうちに少女は、レコードの存在を知る男たちにつけ狙われ……。
「中古レコード」は「首のない彫刻」(2013年、朝日新聞出版刊)に入っていますが、同短編集も傑作揃いで、個人的なおすすめは「地図の町」と「案山子」です。
路地のいたる所に道標や地図が点在する奇妙な町を訪れた新婚夫婦。住人によると、ここは住む者の方向感覚を恐ろしく狂わせる呪われた土地だった。それを信じようとしないふたりはやがて、町からの恐怖の逃亡劇を演じることになり……。(地図の町)
とある町の墓地で奇妙な現象が続発していた。近くにあった案山子を娘の墓の前に立てたところ、日ごとに案山子は男の亡くなった娘の容貌に変化していったのだ。それを知った町民たちはこぞって案山子を墓に立てるのだが……。(案山子)
なお「案山子」は、鶴田法男監督が2001年に製作したホラー映画「案山子 KAKASHI」の関連作品のひとつです(「案山子 KAKASHI」は伊藤氏の複数の作品にインスパイアされたオリジナル脚本)
行方不明となった兄・剛のアパートを調べていた吉川かおるは、高校時代の同級生・宮守泉が兄に出したラブレターを見つける。かおるは泉の実家がある山間の村に向かうが、泉の両親は泉は入院中だと言って会わせてくれない。その日、かおるは宮守家に泊めてもらうことになるが……。 (映画「案山子 KAKASHI」)
富江シリーズから「画家」
「自選傑作集」から紹介する3作目は「画家」です。
美しい女性を描く新進画家として注目を集めていた森光夫は自身の個展で、息を飲むほど美しい少女に出会う。自宅でいつものようにモデルのナナを描いていると、高らかに笑いながらあの時の少女が現れた。ナナを悪しざまに追い出して、自分をモデルにしろと少女は言う。「私? トミエっていうのよ」
伊藤潤二氏の自作解説によると、
富江シリーズはデビュー作から不定期に描いているが、集中連載シリーズとして描かないかと原田さん(故・原田利康氏=デビュ―当時からの編集者)からリクエストされた。「画家」はその第1作目。
伊藤氏の代表作でもある「富江」への導入にもなる作品です。現在発売中の短編集「富江」(2011年、朝日新聞出版刊)のあとがきも紹介しましょう。
漫画「富江」をはじめて描いたのが、今から約24年前。ほとんど四半世紀前になります。当時、歯科技工士をしながら温めた構想を、休日を利用して、名古屋は東山線一社駅の近くのボロアパート「ナゴヤ荘」で、短編30ページをせっせと描いた事を思い出します。
伊藤ホラーは「富江」からスタートしました。ぜひとも読んでほしい作品ですが、そのきっかけにもなる「自選傑作集」だと思います。
伊藤ホラーの魅力は、1回の記事では到底書き切れません。次回改めて書きます。
(しみずのぼる)
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