30年前に大ヒットした親子向け映画「学校の怪談」がBlu-ray化されたそうです。「わあ、懐かしい!」と思う一方、学校を舞台にした怪談話は今も綿々と続いているからとも思います。むかし楽しんだ(怖がった)世代の人も、子供とのあいだで「ママが小学生の時はね…」みたいな会話が弾みそうな映画です(2025.8.14)
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90年代に4作品が公開
映画「学校の怪談」は、ちょうど30年前の1995年に1作目が公開されました。
監督の平山秀幸氏も脚本の奥寺佐渡子氏も、続編は「難しいでしょうね」(平山氏)と言っていましたが、夏休み期間中の映画としてピッタリだったのでしょう。翌96年に同じ平山・奥寺コンビで「学校の怪談2」、監督・脚本を交代して97年に「学校の怪談3」が公開され、シリーズ最終作となる「学校の怪談4」は再び平山・奥寺コンビで1999年に公開されました。
わたしは映画館でリアルに観たわけではありませんが、子供がまだ小さかったのでレンタルビデオで借りて4作とも子供と一緒に楽しみました(学校のランドセルを模したDVD-BOXも持ってます♪)
学校の怪談1・2・4の脚本を担当した奥寺佐渡子氏は、
「脚本を書いていた当時は、ここまで長く愛される映画になるとは思っていなくて、一過性のブームだろうと感じていました。何十年も経ってBlu-rayになったり再上映されたりというのは本当におどろいています。ここまで長く反響がある作品は、私が関わった映画のなかでもあまりないと思います」
MOVIE WALKER PRESS – 『学校の怪談』30周年!脚本家・奥寺佐渡子が明かす、オバケを生みだした舞台裏
と述べています。
民俗学の手法で収集
「学校の怪談」には原作があります。 常光徹氏の「学校の怪談」(講談社KK文庫、1990年刊)ですが、この原作が実はまじめな本であることは意外と知られていません。
常光氏は民俗学の立場から昔話、伝説、民間伝承を集めた方で、学術的な論文も書いています。「学校の怪談」の前書きで、常光氏はこう書いています。
いま、学校ではどのような話がかたられているのだろうか。数年まえ、ふとそんなことに興味をもって、しらべたことがあります。わずか十日ほどのあいだに、小中学生から百をこす話をきくことができました。
そのなかでも、学校にまつわる妖怪の話や怪談は、とびぬけて数がおおく、話題の主役でした。
人気のない放課後の校舎は、ひっそりとしずまりかえり、いまにも妖怪変化のあらわれそうな気配にみちています。ゆうがたおそく、わすれものなどをとりに教室にもどるときの、あのこころぼそさは、だれでも一度や二度は経験があるでしょう。そうした背景を身近に感じていると、学校の怪談のこわさはひしひしとつたわるのです。
こうやって映画「学校の怪談」が誕生する過程をみると、取り上げられている怪談話は、元をたどれば実際に子供たちが上の学年から下の学年へ伝承して学校内に定着したもの、ということになります。
学校は得体のしれない空間
この種の怪談話が広がるのは、90年代に限った現象のはずがありません。わたしが子供時代(70年代)もコックリさんは流行っていましたし、もっと古くからあったはずです。逆に21世紀になっても怪談話は確実に子供たちの間で語られているのでしょう。
「学校の怪談」を試写会で観たという大槻義彦氏は「学校の怪談に挑戦する」(1995年、ちくま文庫刊)という著書の中で次のように書いています。
とくに学校という、子供たちの空間になぜ特別に怪談話があるのか。そしてまた、学校という、本来にぎやかで明るい場所で、どうしてこのような怪談の話が横行するのか。私はこの映画を観る前から、たいへん途惑いを感じた。明るく楽しいはずの学校の中で、いったい子供たちは何に怯え、何を語ろうとしているのであろうか。映画が進むにつれて、この学校という空間が、実は、子供たちにとって、得体のしれない空間であり、手強い存在であり、そして想像性豊かな身近な場所である、ということを改めて感じさせられた。
学校は得体のしれない空間であり、昔も今も変わらず子供たちの想像力を刺激する場所だとすれば、30年前の映画かもしれませんが、親子で観てもきっと楽しめるはずーー。そんなふうに思えてなりません。
成長物語としても出色
なかでもシリーズ1作目の「学校の怪談」は、たんに怖がらせアイテム(トイレの花子さん、口裂け女、テケテケ、妖怪インフェルノ…)が現れるだけではありません。

銀杏ヶ丘小学校にはオバケが出ると噂の旧校舎が存在するーー。一学期の終業式、ふとしたきっかけでその旧校舎に足を踏み入れた篠田亜樹ら6人の生徒達は、小向先生と共に不思議な力によって閉じ込められてしまう。出口を求めて歩き回る内、彼らが遭遇したものは……。
東京からの転校生でクラスになじめない亜樹、亜樹に気があるもののついいじめてしまう健輔、旧校舎に閉じ込められてから「こわかった……。誰もいないんだもん」と言って合流する香織、香織に一目ぼれしてしまう将太。旧校舎の中と外で離ればなれになってしまう双子の兄弟のヒトシとカズオ。彼らは旧校舎で次々に襲ってくるオバケから逃げながら、徐々に結束を固めていきます。
無事に旧校舎から脱出した後、小向先生(演じるのは野村宏伸氏)がこう回想します(「学校の怪談」のノベライズ版より)
抱き合ったり泣いたり、喜んだりしている子供たちは、この半日でさまざまな経験をして、少し成長していた。また、すてきな仲間も得ていた。それはお金で買えない貴重な宝物だった。
子供たちの成長物語でもある「学校の怪談」は、シリーズの中でも出色の出来です。
ノベライズ版(筆者は岡崎弘明氏。集英社文庫刊)は映画でキーパースンを演じる香織にスポットを当てて構成されていて、映画を観た後で読むと格別の読後感です。映画の香織を演じたのは、当時12歳だった岡本綾さんです(以前「地下鉄に乗って」で紹介しました)
怖さは「学校の怪談4」が一番
なお、「学校の怪談」シリーズは、4作目だけ他の作品と異なり、かなり怖い仕上がりになっています。それは映画封切時のパンフレットをみても一目瞭然です。




何年ぶりかの大型台風が襲ったその日、弥恵と恒の兄弟が東京から戸野崎町にやって来た。嵐の日には海で死んだ人が帰ってくる、といとこのあゆむが語るように、翌日から町では奇怪な事件が続発、子供たちが一人、また一人と姿を消していく……。不安と恐怖が町全体を覆う頃、明らかになると負い過去の忌まわしい事件。この町は呪われている、そんな思いに皆が囚われ始めた時、見えざる魔の手は恒に伸びてゆく……。

脚本を担当した奥寺氏は、中田秀夫監督の映画「リング」が強く影響したと明かしています。
――平山監督と再タッグを組んだ『学校の怪談4』ではガラッと作風が変わりましたが、どういった経緯だったのでしょうか。
「『3』から『4』のあいだの2年で(1998年1月の『リング』公開を契機とする)Jホラーブームが起こって、『1』を観た子どもたちもちょっと大きくなっていたので、『もっと大人向けにしてもいいんじゃないか』という流れがありました。当時、『リング』の影響力というのはすごかったですね」――『4』にもJホラーブームの影響があったということですが、『リング』を観た時はどう感じられましたか。
MOVIE WALKER PRESS – 『学校の怪談』30周年!脚本家・奥寺佐渡子が明かす、オバケを生みだした舞台裏
「もう…寝られなくなりました(笑)。ホラーってそれまでは怖くてなかなか観てなかったんですけど『学校の怪談』を書くのにあたって観てみて、そこからは積極的に観るようになりました」
「リング」はやはり時代を画した映画だったのは間違いないですね。先日、現在公開中の「近畿地方のある場所について」をホラー好きの長女と観に行きましたが、原作を未読だった長女は「自分が観た日本のホラー映画でここまで怖がらせてくれたのは『リング』と『呪怨』ぐらい。おもしろかった!」と喜んでました(わたしは原作の方が怖かったです)。それほど「リング」は凄いということでしょう。
もしも小学生のお子さんをお持ちのご家庭なら、お子さんが小学校低学年なら「1」から順番に、少し生意気盛りだったら「4」から「一緒に観ない?」と誘ってみてはいかがでしょうか。
(しみずのぼる)
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