元刑事の探偵である以上に保育園の園長…〈花咲慎一郎〉シリーズの魅力 

元刑事の探偵である以上に保育園の園長…〈花咲慎一郎〉シリーズの魅力 

きょうは柴田よしきさんの〈花咲慎一郎〉シリーズを紹介します。主人公は元暴力団担当(マル暴)刑事で、夜の女性たちの子どもを預かる保育園の園長、そして金策のため探偵業を掛け持ちしています。何とも愛すべきキャラクターで、暴力団も出てくるミステリー小説なのに、笑えて泣けて(行政や法の不備に)憤ることもできて、とても贅沢な連作集です(2024.5.17) 

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頻繁に登場する山内練

〈花咲慎一郎〉シリーズは全部で5冊出ています。 

  • フォー・ディア・ライフ(1998年4月 講談社 / 2001年10月 講談社文庫)
  • フォー・ユア・プレジャー(2000年8月 講談社 / 2003年8月 講談社文庫)
  • シーセッド・ヒーセッド(2005年4月 実業之日本社 / 2008年7月 講談社文庫)
  • ア・ソング・フォー・ユー(2007年9月 実業之日本社 / 2014年12月 講談社文庫)
  • ドント・ストップ・ザ・ダンス(2009年7月 実業之日本社 / 2016年8月 講談社文庫)

以前に「悪魔みたいに頭が切れる〈山内練〉デビュー!:柴田よしき「聖母の深き淵」」で書いたとおり、このシリーズには春日組若頭の山内練が出てきます。 

このうち「フォー・ディア・ライフ」と「フォー・ユア・プレジャー」は、「聖なる黒夜」が発売される以前の出版。「フォー・ディア・ライフ」には「聖なる黒夜」と関連する記述が出てきますし、「フォー・ユア・プレジャー」にはRIKOシリーズ3作目「月神の浅き夢」と関連する記述も出てきます。 

登場人物も重なり、「聖なる黒夜」で殺害される春日組最高幹部、韮崎誠一の愛人のひとり、野添奈美は花咲慎一郎と因縁浅からぬ人物として登場します。 

ですが、このシリーズの魅力はやはり、花咲慎一郎の一人称スタイルで書かれていることも手伝って、保育園長兼探偵という特異な設定の花咲慎一郎の人となりこそが最大の魅力だろうと思います。 

夜の女の子供たちを預かる

第一作「フォー・ディア・ライフ」からいくつかピックアップしてみましょう。 

新宿2丁目で無認可だが最高にあったかい保育園を営む男・花咲慎一郎、通称ハナちゃん。慢性的に資金不足な園のため金になるヤバイ仕事も引き受ける探偵業も兼ねている。ガキを助け、家出娘を探すうちに巻きこまれた事件の真相は、あまりにも切なかった……。稀代のストーリーテラーが描く極上の探偵物語。

今の俺にはとっては命の次に大切な職場

と花咲が語る私設保育園「にこにこ園」は、新宿2丁目の築38年のボロビルの2階にある。 

新宿二丁目。
この街に対する世間一般のイメージは、ここ数年ですっかり固定化されてしまった。
ホモの街。その一言で、興味のない者にとっては、生涯訪れる予定のない地球の裏側の見知らぬ街と同じ程度の意味しか持たないものになり、逆に興味を抱く者にとっては期待と興奮に満ち溢れるパラダイスの幻想をもたらすものになる。
(略)
だが誤解されているようにゲイバーだけが並んでいるわけじゃない。二丁目はもともと青線のあった場所、女を買いに来る男達の街だった。今でもちゃんと残っている。キャバクラ、テレクラにSMクラブまで、ノンケの男を遊ばせる店はたくさんある。厚化粧してたどだどしい日本語で話す女性が酒を注いでくれるバーだってある。そして、そんな店で働く女達が、いる。
女達は様々な故郷、言葉、そして人生を抱えている。その抱えている人生の中には、たまには子供だって、含まれている。
だからこの街だって、保育園は必要なのである。

預かっている子供たちは、ほとんどが夜の街で働く女性の子供で、夕方5時ごろから集まり始め、母親が夜の勤めを終えて迎えに来る午前2時過ぎまで「にこにこ園」で過ごす。 

「にこにこ園」の元園長は、春日組の先代組長の妾だった風見恭子。花咲が警察を辞めて失意のどん底にいる時、園長を引き継がないかと持ち掛けられた。風見は花咲を誘った時、「ここの子供達は、一晩に二度、夢を見る」と教えた。 

最初の夢はこの園で、そして迎えに来た母親に起こされて連れて帰られてから、自分の家でももう一度。夜に働く女性を母親に持った子供達は、だから、他の子供達よりもたくさん夢を持っていられるのだと。
 

一晩に二度の夢。俺はその言葉が好きになった。そしてこの園で働くことを決心した。

無国籍児の子供たち

預かっている子供たちの多くは、何らかの事情を抱えている。フィリピンダンサーのエマが預けているタローとジローは、無国籍児。出生届も出していなかった。 

「エマは出したくないと言ってる。出せば、タローの国籍はフィリピンになっちゃうからね。ジローもタローも、父親は日本人だ。エマは二人の子供に日本国籍をとらせたがっている。でもね、今の国籍法ではたとえ日本で生まれていても、両親のどちらかが日本人であるか、又は両親のどちらの国籍も明らかではない場合を除けば、日本国籍が取れない」

「だって、父親は日本人だって判ってるんでしょ」

「証拠がないんだよ。認知してるわけじゃないからね。だけど母親の方はエマだって判っちゃってるから、エマが申請する限り日本国籍は認めて貰えないんだ。でもタローとジローをフィリピン国籍にしてしまうと、二人の子供はこの国では外国人になってしまう。この国で生まれこの国で育っているのに、ビザが必要になるんだ。この国の憲法も子供達には適用されず、権利も守ってもらえなくなる」
(略)
「なぜそんなに、日本にこだわるのかしら」

「フィリピンの農村ではね、子供達は労働力として考えられているんだ。日本でならランドセル背負って小学校に通う歳で、毎日過酷な労働に従事しなければならない。もちろん、満足できる教育はなかなか受けられない」

花咲と野添奈美の因縁

子供を預かる以上、子供ならでは突発事故も避けられない。

「末ちゃん!」 

俺はメイを和室から連れ出しながら叫んだ。 

「この発疹、いつから出ていたんだ」 

麻疹(はしか)かもしれない。花咲はすぐに野添奈美の診療所に駆け込んだ。 

奈美の診断も麻疹だった。 

「なんで預かったのよ。この感じだと、朝の内からおかしかったはずだよ」
「うん……別の仕事で出てたもんだから」
「言い訳にならない」
奈美は厳しい口調で言った。
「保母にちゃんと教え込んでおくのがあんたの義務でしょ。ハナちゃん、あんた達がずさんだったせいで、今夜この子と一緒にいた子供達がみんなうつされちゃったかも知れないのよ。(略)麻疹はね、うつされちゃったら、医師の完治証明が貰えるまでは保育園には預けられないって法律で決まってる。子供を預けられなかったら母親は働けない。だけどあんたのとこの母親達は、自分が働かないと食えない女ばかりじゃないの。しかもこの子みたいに、健康保険証も持ってないような状態で普通の医者にはかかれない」

奈美の診療所は看護師もいない。奈美自身、保険医資格を取り消され、自費診療だけで医師を続けていた。 

そうなったのは花咲のせいだった。 

花咲が暴力団担当の刑事をしていたころ、春日組最高幹部の韮崎誠一の愛人という理由で、小さな診療所を開いていた奈美を捜査対象にした。 

奈美は頑なだった。美人の女医、というだけで、ノンキャリアのマル暴刑事のコンプレックスを刺激するには充分だった上に、せせら笑うような目元で俺を見た。それが気に入らなくて、ごっそり抜けるほど髪を引っ張り、手形が残るほど平手打ちして数日が過ぎたが、結局何もわからなかった。
それから何度か似たようなことがあって、奈美は医師としては表社会から追放され、俺は彼女のことを忘れた。

しかし、覚醒剤の幻覚症状が出ていた同僚を銃殺したことで「仲間殺し」の烙印を押されて警察を辞め、「にこにこ園」の園長に拾われてから再会した。国籍のない子供の盲腸が破裂しかかり、どの病院にも断られて行き着いた先が奈美の診療所だった。 

奈美は相変わらず、せせら笑うように俺を見ていた。その時になって初めて、俺は、その目元の笑いが彼女の癖であり、そして、それはどちらかと言えば魅力的な癖なのだということに気づいたのだ。 

子供の腹部を触診するなり、奈美は「オペ!」と叫んだ。 

それからはまるで戦争だった。野添診療所には看護師がいないということを知って、俺は気が遠くなりかけた。俺の腕から奪い取られた小さなからだにはすぐに麻酔が打たれ、気が付くと俺は、奈美に怒鳴りつけられながら器具の消毒器と格闘していた。 

恋をした相手が気に入らないというだけで俺が殴りつけた女は、本当に素晴らしい医師だった。野戦病院さながらの貧弱な設備とド素人の助手という悪条件の下でも、手術は順調に、しかもあっという間に終わった。子供は助かり、三日後にはベッドから降りて奈美の背中に抱きついていた。 

権力をかさに着ていた頃と、「仲間殺し」の汚名から底辺まで堕ち、子供たちと過ごすうちに再生した頃とで、同じ奈美の表情が違って見えるーー。花咲慎一郎が生まれ変わったことを象徴するエピソードです。 

探偵として2つの事件を解決

〈花咲慎一郎〉シリーズは、満足な保育サービスも受けることができない母子のエピソードが随所にちりばめられていますが、本筋はあくまで副業の探偵としてかかわる事件の解決です。 

「フォー・ディア・ライフ」は、2つの事件が複雑に絡まります。 

1つは家出した女子中学生の捜索で、先に担当した探偵が失踪するという何やらきな臭い依頼です。もう1つは暴力団に捕まった少年の救出ですが、少年はふたたび新宿界隈をうろつき、何者かに拉致されます。監禁先を何とか突き止めて向かってみると、暴力団幹部の死体が……。 

救出した仁志に向かって、花咲は「俺がここに来たことは省いて」警察に駆け込んで説明しろ、と命じた。 

「あんた、警察に見つかったらヤバイんか? なんか悪いことしてるんか?」
「うるさいんだよ、おまえはいちいち」
俺は仁志の首を掴んで揺すった。
「いいか仁志、はっきり言ってこれはものすごーくアブナイ事態なんだぞ。角田は暴力団の幹部なんだ、それが死体となってそばにおまえがいた。この事実だけで、明日の朝おまえが東京湾に浮かぶには充分だ。それが嫌ならおまえは俺の言うことを黙って聞いてその通りにする。いいか?」

仁志を逃がした後、花咲は現場を入念に調べて、犯人の痕跡を見つけた。それは、家出娘の失踪事件の関係者と結びつくものだった。 

それにしても……そんなことが本当にあり得るんだろうか。こんな偶然が……。
偶然。もちろんそうだ、偶然なんかじゃない。だとしたら問題は、接点だ。

こうして2つの事件は結びつき、元刑事の花咲の推理と行動で事件が解決するーー。 

俺が死んだら子供たちが泣く

花咲に銃口を向ける事件の犯人を前に、花咲は「俺には子供がたくさんいる」と言った。 

「……え?」 

「本当だ。俺の本業は託児所の経営なんだよ。俺が死んだら、その託児所は潰れる。行き場のなくなる子供達がたくさん出る。俺が死んだら子供達が泣くんだ。わんわんとな。さあどうする? それでも殺すか、俺を」 

元刑事で正真正銘の探偵であり、それ以上に身も心も本物の保育園の園長ーー。それが花咲慎一郎です。 

花咲慎一郎の魅力を一回で紹介するのは土台無理があります。次回も続きます。 

(しみずのぼる) 

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