山内練が「ビコーズ・ザ・ナイト」に込めたひそかな想い 

山内練が「ビコーズ・ザ・ナイト」に込めたひそかな想い 

きょうは柴田よしきさんの警察ミステリー小説から、独創的キャラクター〈山内練〉が好きな音楽を紹介しましょう。当然それは作者の柴田さんが好きな曲でしょうが、中でもパティ・スミス「ビコーズ・ザ・ナイト」のくだりは胸が締め付けられます(2024.5.13) 

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韮崎の通夜の日に口ずさむ

山内練がどういうキャラクターなのかは、過去の記事をごらんください。以下の文章は、あらかじめ過去の2つの記事を読んでいる前提で書きます。 

わたしも好きな曲で、とても印象的な場面が「聖なる黒夜」(角川文庫、上下)に出てきます。 

広域暴力団の大幹部が殺された。容疑者の一人は美しき男妾あがりの男……それが十年ぶりに麻生の前に現れた山内の姿だった。事件を追う麻生は次第に暗い闇へと堕ちていく。圧倒的支持を受ける究極の魂の物語(『聖なる黒夜(上)』)  
   
刑事・麻生龍太郎と男妾あがりのインテリ山内練。ひとつの殺人事件を通して暴かれていく二人の過去に秘められた壮絶な哀しみとは? ミステリとして恋愛物語として文学として、すべてを網羅した最高の文芸作品!!(『聖なる黒夜(下)』)  

自殺しようとした山内練を偶然拾った春日組幹部、韮崎誠一が何者かに殺害され、韮崎の通夜だった夜、まだ捜査一課の刑事だった麻生龍太郎が山内を精進落としがてらに飲みに誘い、新宿にタクシーで向かう場面です。 

山内は泣かなかった。代わりに、ずっと鼻歌を歌っていた。麻生の知らないメロディだった。 

韮崎に…感謝する

タクシーを降りた山内が麻生と連れ立って歩いた先は、小田急線の線路が眼下に見える橋の上だった。そこは、7年前に山内が自殺しようと線路に寝転んでいるところを、通りかかった韮崎に拾われた場所だった。 

山内は自殺しようと思ったきっかけを麻生に語った。「チョコレートのせいなんだ」 

山内は出所後、保護司が斡旋する事務所で働き始めるが、元受刑者であることを理由に性的関係を迫られたのを機に出奔。男娼に堕ち、ゲイ専門のSMクラブで男の相手をする日々となった。バレンタイン・デーは、いつものロウソクのロウの代わりに溶かしたチョコレートを垂らされた。 

「あんたさ、想像できるかよ。俺さ……その時になんか、急に目が覚めたんだな……尻の穴にチョコレート流し込まれてまで、なんで生きてないとなんないんかなぁ、そんな感じ。嫌気がさしたんだ……そういうこと全部と、そういうことをさせてる自分とに、同時に、かな」 

 

「ほとほと愛想がつきてたのさ、俺自身と、俺の人生に。始発が来たら全部終わりだ。そう思って、線路に寝た」 

韮崎の死を機にヤクザから足を洗えと勧める麻生に、山内は言った。 

誠一があの朝俺を拾わなかったら、俺はミンチになってこの世から消えてたんだ。あんたそれでも、俺と誠一が出逢ったのが間違いだったんだって、言えるかよ。そうあんたが言うんだったら、俺は今からこの金網をのぼって線路に下りる。間違ってたんなら、やり直すのはそこからだ。そうだろ? そしてあんたは、ミンチになった俺の肉とか骨とかバケツに拾い集めてそれから言ってくれ。良かったな、山内、これで韮崎と出逢う前のおまえに戻れたぞ、ってな。俺はどっちだって構わないんだ。ただ、あんたの言葉を聞きたい。俺は誠一と出逢わない方が良かったのか、それとも、出逢って良かったのか、あんた、どっちだと思うんだ? 答えてよ、なあ」 

このあとの麻生のセリフも、山内の嗚咽も、とても心に響きます。 

「韮崎に」
麻生は、声が震えるのをこらえた。
「感謝する」

 

「俺さ」
山内の小さな声がした。
「悪いけど、泣くわ、やっぱ。あんたもう、行けば」
麻生はしゃがんだままで首を横に振った。
「ひとりにできっこ、ないだろう、ここで」
「……下りないよ。線路には、下りない」

 

嗚咽が聞こえて来た。
韮崎は灰になる。だが、韮崎が山内の命を助けた事実だけは、この先も永遠に消えずに残る。
韮崎の存在を否定してしまえば、山内はここで死ぬしかなくなるのだ。
俺は、間に合わなかったのだ。麻生は思った。

 

始発がやってきた。頭の後ろに風が起こる。
嗚咽は次第に大きくなり、山内は声をあげて泣いていた。金網を両手で掴み、頭を何度も打ち付けながら。

地下のバーで明かされる曲名

韮崎の通夜の日に山内が口ずさんだ哀しいメロディが明かされるのは、この翌日です。 

「あんたはさ」 
練は目的地を決めたのか、速度を速めて人混みの中を進んで行く。 
「どうして俺のことが、心配なのさ」 
(略) 
「自分でわかんないんじゃ、しょうがねぇじゃねぇの」 
「ああ。しょうがない。鬱陶しいか」 
「ものすごく鬱陶しい」 
「我慢してくれ。俺は昔から、気の済むまでひとつのことをしないといられないタチなんだ」 
「迷惑なおっさんだぜ、ほんと」 
歩幅が少し、縮まった気がした。練は歩く速度をゆるめ、自分から麻生の横に並んだ。そして、彼は言葉を発せずに、あの時タクシーの中でハミングしていた曲をまた、口ずさんでいた。 
「なんて歌なんだ、それ」 
「Because the night」 
麻生の問いかけに、練は短く答えた。

山内が入ったのは地下にあるバーで、流れている曲は70年代のロックだった。 

「あの曲、聴いてみたいんだけどな」
麻生は、テーブルの上にリクエストカードがあるのを見て言った。
「おまえが鼻歌で歌ってたやつ」
「Because the night?」
練はカードに書き込みをして、店の男に手渡した。
「あんたの想像してるような感じと違うよ、きっと。俺、スローでやってたから」

 

曲はすぐにかかった。
確かに、想像していたのとは違っていた。歌っているのは女性だった。そして思っていたよりも、ずっと激しい歌い方だった。
「パティ・スミス」
練はフーッと長く煙を吐き出した。
「パンクの女王様だ」

夜は恋人たちのものだから

名曲「ビコーズ・ザ・ナイト」は、ブルース・スプリングスティーンの作曲で、1978年にパティ・スミス・グループが最初に唄いました。麻生が感じたとおり、パティ・スミスは「思っていたよりも、ずっと激しい歌い方」です。 

でも、歌詞を読むと(おそらく)山内練の麻生へのひそかな想いを表していることがうかがえます。

Take me now baby here as I am
Pull me close, try and understand
Desire is hunger is the fire I breathe
Love is a banquet on which we feed

ありのままの私を受け入れて
もっと近くに引き寄せて私を理解して
欲望は飢えで私の吐く息は火のよう
愛は宴で私達はそこで求めあう

Come on now try and understand
The way I feel when I’m in your hands
Take my hand come undercover
They can’t hurt you now,
Can’t hurt you now
Can’t hurt you now

さあ 私を理解して
あなたの腕に抱かれてどんな感じなのか
私の手を取って シーツの中に入って
誰もあなたを傷つけたりはしないから

Because the night belongs to lovers
Because the night belongs to lust
Because the night belongs to lovers
Because the night belongs to us

だって 夜は恋人たちのものだから
だって 夜は欲望のためにあるから
だって 夜は恋人たちのものだから
だって 夜は私達のものだから

男が男に「好きだから」と気づくことがない麻生。「どうして俺のこと、心配なのさ」と謎かけをする山内。 そんな気持ちを秘めながら、横にいる麻生を意識しつつ、山内が「ビコーズ・ザ・ナイト」のメロディをゆったりとスローで口ずさむ……。 

いかがですか。山内練のせつない気持ちが伝わってきませんか。 

パティ・スミスのオリジナルは、ユーチューブで聴くことができます。 

Patti Smith Group – Because the Night (Official Audio)

UAのカバーもおすすめ

「ビコーズ・ザ・ナイト」は、多くのミュージシャンがカバーしていて、中でも有名なのが10,000マニアックスが1993年6月1日放映のMTVアンプラグドで演奏したもので、ライブ・アルバム「アンプラグド」(1993年)で聴くことができます。 

また日本のUAによるカバーも有名で、パティ・スミスや10,000マニアックスのものよりも少しメロウでもの悲しい感じから、山内練が口ずさんだものにより近いかもしれません。ライブ・アルバム「FINE FEATHERS MAKE FINE BIRDS」(1997年)所収です。 

クリムゾンの「レッド」が好き

山内練が登場する場面は、ほかにも70年代のロックが流れる場面がいくつかあります。 

山内と麻生が地下のバーに入った時に流れているのは、スーパートランプ「Hide in your shell」だったり、「聖母の深き淵」で村上緑子と山内が地下のバーで遭遇する時に流れているのは、ザ・カーズ「ドライブ」だったり……。 

また、山内が麻生に誤認逮捕される前に喫茶店でアルバイトをしていた時、キング・クリムゾンのアルバム「レッド」を好きだと言う場面も出てきます(「聖なる黒夜」上巻に所収の短編「歩道」) 

「僕は『レッド』がいちばん好きです……クリムゾンなら」 

山内練なら、好きな曲は「スターレス」だろうか…… 

そんな想像も膨らみます。 

柴田よしきさんはプログレを含めて70年代のロックがとても好きなんだろうな……と想像しますが、山内練を象徴する一曲はやはり、麻生への想いを秘めた「ビコーズ・ザ・ナイト」で決まりです。 

(しみずのぼる) 

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