つねに視線にさらされる恐怖:三津田信三「のぞきめ」 

つねに視線にさらされる恐怖:三津田信三「のぞきめ」 

きょうは三津田信三氏のホラー小説「のぞきめ」(角川文庫)を紹介します。人形をテーマにしたホラー作品で三津田氏の「ついてくるもの」を紹介しましたが、こちらは長編で〈怪異〉の現象と原因(因縁)の2部構成になっています(2023.11.8)  

〈PR〉

1冊115円のDMMコミックレンタル!

ホラー好きの娘と一致

娘もホラー好きで、一緒に電車に乗っている時にキンドルで読書中だったので、「何を読んでいるの?」と聞くと、三津田信三氏の再読だったので、「三津田ホラーでいちばん怖いのは何かなあ」と話題にしたところ、娘は、 

「うーん。やっぱり『のぞきめ』かな」 

という返事でした。わたしも長編なら「のぞきめ」です。ちなみに短編は、

  • 「ついてくるもの」(『ついてくるもの』所収) 
  • 「集まった四人」(『怪談のテープ起こし』所収) 
  • 「八幡藪知らず」(『ついてくるもの』所収) 
  • 「某施設の夜警」(『逢摩宿り』所収) 

あたりが個人的に好きなホラー短編です。 ということで、きょうは娘と見解が一致した「のぞきめ」です。

怪異と因縁の2部構成

冒頭書きましたとおり、「のぞきめ」は、怪異の現象を描いた「第一部 覗き屋敷の怪」と、怪異がなぜ起きるようになったのか、その因縁にまつわる怪異譚を描いた「第二部 終い屋敷の凶」からなっています。 

第二部を紹介すると、かなりの確度でネタバレになってしまうので、導入部の序章とそれに続く第一部の紹介にとどめることを最初にお断りしておきます。 

本書の端緒となったのは、まだ僕が関西にいた編集者時代に、某企画のために何度も会って打ち合わせをした、O大学付属T小学校の教師、利倉成留から聞いた話である。 

「のぞきめ」はこんなふうに始まります。著者が蒐集した怪異譚が基になっているというわけです。 

著者は利倉の語った怪異の体験談をノートに記録し、しばらく記憶の底に眠っていたが、それがふたたび小説の題材として浮かび上がったのは、別の怪異譚が大本の因縁なのではないかと思ったからだった。 

それは、同じく怪異譚蒐集に熱心なライターの南雲桂喜から〈のぞきね〉と呼ばれる化物の伝承を聞いたことが発端だった。 

〈のぞきね〉の伝承

「梳裂(すくぎ)山地に〈のぞきね〉と呼ばれる化物の伝承があります」 

「山林の樹木には、山神様の依代(よりしろ)とされる樹があるでしょう」 

「そういう樹は、絶対に伐(き)ってはいけないとされた。梳裂山地も同様で、それを〈除木根〉と呼んで区別していたそうです」 

「それでも、うっかりと伐ってしまう者や、故意に伐採する不届き者が出る。すると、そいつのところに覗木子がやって来る」 

「除木根を伐った者は、やがて誰かに見られているような気がし出す。でも周囲を見回しても、自分を見詰めている者など誰もいない。しかし、何かに覗かれている感覚は少しも消えない。そのうち四六時中、それの視線を感じるようになる。そうなると、ほとんどの不届き者は神経がやられてしまう……ということらしいのです」 

南雲はまた、市井の民俗研究者、四十澤(あいざわ)想一が〈のぞきね〉の伝承について詳細な著書を残しつつ、そこに奇妙な一文があると続けた。 

「この覗木子から派生したと考えられるものに、のぞきめがある」 

その後、南雲は四十澤宅から盗った大学ノートの存在を明かし、著者宅に郵送してきた。 

ところが、著者が連絡をとると、南雲は勝手に送りつけておきながら、「読まない方がいい」とつぶやく。「あれが覗きに来るから……」 

以上が序章に書いてある内容です。 

この大学ノートが「第二部 終い屋敷の凶」ーー四十澤想一が大学時代に体験した怪異であり、「第一部 覗き屋敷の怪」ーー利倉成留が大学生当時にバイト仲間と体験した怪異の大本、因縁ではないか……。そのような長めの前触れを受けて、「覗き屋敷の怪」が幕を開けます。 

管理人の不思議な忠告

利倉成留はO大学の四年生の夏休みに、S山地のM地方に造られた貸別荘〈Kリゾート〉でアルバイトをした。 

アルバイトはぜんぶで4人で、ほかの3人はK大学四年の彩子、N大学三年の和世、S大学二年の勇太郎。 

管理人の三野辺も親切で、バイトの内容の説明も丁寧だったが、ひとつだけ不思議なことを言われた。それは、近くに〈名知らずの滝〉という場所があり、たまに巡礼者がやってくることと、 

そういう人を見かけたら、必ず私に連絡して下さい。あなた方では対応しないようにお願いします 

ということだった。三野辺が用意した手書きの地図からはずれる山道にも決して入らないように釘を刺された。 

大学生同士のバイト生活は和気あいあいとスタートしたが、ある日、和世が妙なことを言いだした。巡礼の母娘に声をかけられた、と。 

ここから少し歩いたところに、とっても気持りの良い場所があるから、よろしかったらごいっしょしませんか……みたいなことを言われました 

 

お母さんは優しそうな人でしたし、女の子も本当に可愛くって……。その子に手招きされたら、もう断れなくなって…… 

内緒で探索行動に

彩子が数日後、巡礼の母娘に和世が連れていかれたという大岩のところへ行ってみると言い出した。 

「このあたりに漂う妙な雰囲気、三野辺さんの意味深長な忠告、和世ちゃんが会うた巡礼の母娘、彼女らが案内したいう大岩……って、すべてが関連してる気がするんよ」 

相談の結果、管理人の三野辺には内緒で、四人で一緒に探索することにした。 

険しい山道をなんとか歩き通して、大岩をみつけた。すると、岩の上に登った和世が「向こうに村が見える」とつぶやいた。 

四人で和世が指し示した方角に向かうと、そこは廃村だった。

朽ちた集落のはずれに大きな屋敷があった。屋敷の奥を探ると、そこは墓所だった。 

何かに憑かれた二人

急に気味悪さを覚えた成留が、今さらながら恐る恐る周囲を見回したときだった。 

「うわぁっ!」 

崖の墓所の右下に祀られた大きな石碑の陰から、こちらを覗いている無表情な顔に気づいて、思わず悲鳴を上げた。 

「きゃぁ!」 

ほとんど同時に彩子も声をあげたが、彼女は屋敷の勝手口に目をやっている。 

そっちを見た成留は、半分ほど開いた戸の陰から、やはりこちらを覗いているもうひとつの顔に気づき、たちまち二の腕に鳥肌が立った。 

ひとりは和世、もうひとりは勇太郎だった。

和世は石碑のそばに横たわっていた。 彩子が目の前で両手を鳴らして意識が戻ると、「ぼろぼろの襖の陰から、こっちを覗いて」いる女の子を見たと言う。

無表情だった勇太郎も意識が戻り、「屋敷の裏に来たとたん、急に目の前が真っ暗になって」と続ける。

ふたりが何かに憑かれたと疑った和世は「とにかく逃げるわよ」と声をかけ、彩子が先頭になって、背後に視線を感じながら、四人は廃村から逃げ出した。 

ちりーん……。四人を追いかけるように、視線とともに鈴の音が聞こえた。 

「……ついて来てる?」 

「追いかけられてるのかも……」 

やむことのない視線

Kリゾートに疲労困憊の状態で戻った。ところが、視線がやむことはなかった。 

先に神経が参った和世と勇太郎はアルバイトを辞めることになった。 

「ここから離れさえしたら、あの二人は大丈夫ですよね」 

「……たぶん」 

成留の問いかけに、自信がなさそうに彩子は答えてから、 

「でも心配やったから、登山で知り合うたある人から、前に名前だけ訊いてた拝み屋さんの連絡先を、和世ちゃんに教えておいた。勇太郎君といっしょに、できるだけ早いうちに訪ねてみるようにって」 

だが、間に合わなかった。勇太郎がホームの階段から転落死した、と連絡が入った。 

和世は自宅まで戻れたが、部屋に籠ったまま外に出られなくなった。数日後、和世がKリゾートに電話をかけてきた。彩子が電話に出て、成留も横で受話器に耳を当てた。 

「もしもし和世ちゃん、大丈夫? 心配してたんやで」 

「……すみません」 

「ずっと部屋に籠ってるの?」 

「……怖くて」 

「何があったの?」 

「……覗くんです」 

「えっ?」 

「何かが、私のこと覗くんです」 

「……どこから」 

「あっちこっち……、色んな隙間から……、あり得ない場所から……覗かれるんです。そ、そっちは何ともないですか」 

彩子と成留も視線に悩まされていることを打ち明けた。しかし、電話の途中で和世は叫び声をあげ、電話は途切れた。 

彩子と成留もバイトを辞め、ふたりで和世の家を訪ねたが、和世は部屋に閉じ籠って出ようとはしなかった。和世が頼った拝み屋は、ふたりをお祓いした後、和世の家に向かった。 

拝み屋が和世の部屋の扉を蹴破ると、室内はガムテープだらけだった。和世自身も頭をガムテープでぐるぐる巻きしていた……。

紹介はここまでです。第一部の怪異はこの後も続きますが、すべて紹介するのは興ざめというものでしょう。 

なぜ、このような凄烈な怪異が起こるのか。巡礼の母娘、廃村や墓所はこの怪異とどのような因縁があるのか……。続きは「のぞきめ」を実際に手をとってお確かめください。 

(しみずのぼる) 

〈PR〉

【AIRYST】温熱+EMSまるで空気な着け心地【エアリスト】