きょう紹介するのは伴名練氏の「百年文通」です。ジャック・フィニィの名作のプロットを”拝借”しつつ、現代の少女と大正時代の少女が百年の歳月の隔たりに果敢に挑戦するーー。”百合もの”と言うそうですが、少女たちの行動と選択に胸がアツくなる佳篇です(2025.8.25)
【追記】「百年文通」は一迅社の電子書籍のみと書きましたが、早川書房より9月18日に単行本が発売されるそうです。本文でもその旨加筆しました(2025.8.30)
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目次
「君に綴る物語」で知った…
伴名練氏は過去に読んだことがなくて(存在すら知らなくて…)中高生向けのアンソロジー「君に綴る物語」シリーズに収められていた短編「押し入れの宇宙飛行士」ではじめて読みました。
「学校の怪談じゃ、ものたりない? 君に綴る5つの恐怖」(角川文庫) せつなさでさらに上を行き、恥ずかしながら初めて読んだ伴名練氏の「押し入れの宇宙飛行士」を紹介します。 (中略)
中高生向け?大人だって存分に楽しめます…「君に綴る物語」シリーズホラーというよりSFだけど、こんなせつなくやさしいSFの書き手なら、ほかの小説も読んでみよう!
この言葉どおり、過去の作品を電子書籍で注文して、最初に読んだのが「百年文通」でした。
つまり、伴名の小説はまだ短編1(押し入れの宇宙飛行士)、中編1(百年文通)のたった2作しか知りません。そんな人間の紹介文なんて、読みたくないですよね…。ほんとに恥ずかしいです。
ですから、もし、書き出しがジャック・フィニィの引用でなければ、もう何冊か読んでからこっそり紹介文を書きだしたことでしょう。
ジャック・フィニィの引用
「百年文通」は、次の一文から始まります。
インクは錆色に黒く、ページの最初にあった日附は一八八二年五月一四日となっていた。
ジャック・フィニィ「愛の手紙」 福島正実訳

おおお、「愛の手紙」か!「百年文通」はフィニィの世界なのか!
もう、この書き出しだけで期待が大いに膨らんだのです。
というのも、引用されている「愛の手紙」はずいぶん前に紹介しましたし、その後も「マリオンの壁」のようなマイナーな小説を紹介したり、フィニィの世界を体現した映画「ある日どこかで」を紹介したり…と、わたしにとってジャック・フィニィはとても大好きな作家のひとりなのです。

号泣必至の「愛の手紙」
なかでも「愛の手紙」(原題:The Love Letter)はとてもせつなく、わたしがラストで必ず号泣してしまう短編です。
現代のニューヨークに住む青年が骨董品の机の隠し抽斗で見つけた手紙は、19世紀の少女ヘレンが書いたもの。意に添わぬ結婚を控えて、空想の恋人にあてたラブレターだった。青年は何とか返事を書いてヘレンを慰めたいと思い、当時からある郵便局のポストから手紙を投函したところ、なぜか手紙が19世紀に届いて、もうひとつあった隠し抽斗にヘレンの青年にあてた手紙を見つけた…
というストーリーです。
自分がいるところは、ヘレンの住む同じブルックリン、3ブロックも離れていないところだけれど、80年もあとの時代の1962年で、二人を分かつのは場所ではなく時間だということを。骨董屋で机をみつけ、隠し抽斗をみつけたいきさつから、古くからある郵便局に投函して手紙を送ったこと、そして、手紙でしか知らないヘレンを想い、恋に落ちたことを告白して、最後に、隠し抽斗があとひとつ残っていることを記す。
二つ目の抽斗に、きみは、いまぼくの目の前にある手紙を入れた。それを、ぼくは、数分まえ、抽斗をあけたときに見つけた。きみはあの手紙以外には何も入れなかったのだから、いまさらこれも変えられない。しかし、三つ目の隠し抽斗は、まだあけていません。ヘレン、まだだ! これが、ぼくにもう一度ーーそして最後に連絡をくれることのできる最後の方法なのです。ぼくはこの手紙を、まえとまったく同じ方法で出し、そして待ちます。一週間後に、最後の抽斗をあけるつもりです。
「愛の手紙」の引用はここまでです。これ以上はネタバレになってしまうので。
ヘレンは、自分が会いたいと恋焦がれる手紙の相手が80年後の青年であり、決して会うことのできない相手だと知った時、その青年に送ることができる最後のメッセージはどうするでしょうか?
もう、このあたりから涙、涙、涙、です。
「愛の手紙」を収めた「ゲイズルバーグの春を愛す」は今も簡単に手に入る本ですから、ぜひ手にとって続きを自分で確かめてみてください。
時空を超えた「愛の手紙」…ジャック・フィニィの名編に泣く
ああ、引用しながらまた涙腺が緩んできた…。それほど感情移入してしまう小説なので、「百年文通」は冒頭の「愛の手紙」の引用から、すっかりノックアウトされました。

「愛の手紙」のように、時に隔てられた悲恋かなぁ…それだとせつなすぎる…
手紙に見つけた「戀」の字
「百年文通」の主人公、小櫛一琉はあまり売れていないアイドル少女で、撮影で訪れた邸宅で机の引き出しを開けたところ、古い手紙をみつけた。末尾に「大正六年十月七日 日向静」と書かれていたが、本文はほとんど読めなかった。「たぶん旧字らしい複雑な感じがひしめている」からだった。
読めるはずもないその手紙を引き出しに戻そうと、そっと折りたたみかけた時、不意に、
戀
という文字が目に飛び込んできた。
手紙の中に、他の文字と同じような顔をして、しれっと隠れ潜んでいた。それが「恋」の旧字体だと私が知っていたのは、ささやかな幸運、けれど奇跡的な偶然だった。
ラブレターだと思って読み始め、読めた場所に付箋を貼ったりするうちに、「貴重な過去の遺産に、現代のキャラクター雑貨をべたべた貼っていくことがどれだけマズいことなのか」に思い至り、慌てて手紙を引き出しに戻した。付箋をつけっぱなしのまま…
自分のうかつさに気づいて、付箋をはがして戻そうと引き出しをふたたび開けたところ…
ついさっき、机の中に戻したはずの手紙は手品のように消え失せていた。
代わりに収まっていたのは、手紙と同じ筆跡でたった一言だけ記された一筆箋。
《誰ですか?》
これが、私と日向静の、ひそやかな文通の始まりだった。
未知への憧れに輝く瞳
古い机の引き出しを通じた手紙のやりとり。フィニィの「愛の手紙」と似ているのはここまでで、一琉より一歳下の静のあふれんばかりの好奇心から、一琉と静の文通はもっとドラマティックです。
例えば、一琉が誤ってスマホを引き出しに落としてしまった場面ーー。
《シズのところに、四角くて平べったい機械みたいなものが届いていない?》
《どうぞご安心なさって、無事に預かっております。でも、後生ですからほんの十五分ほどお待ちくださいませ》
戻ってきたスマホをチェックすると、写真が増えている。
それは大正時代の夕方のひと時、静が彼女の家の中を駆け回って撮ったものだった。
(略)
そして、最後の一枚。映っていたのは、初めて目にする文通相手の少女だった。
頭の中で思い描いていた通りに、女学生らしい華やかさとたおやかさを演出する袴姿と、世界すべてを飲み込もうとするような、未知への憧れに輝く瞳。
この引き出しで物体移動できるとわかって、一琉が様々な現代のものを静に届ける場面も紹介しましょう。
私は自分が持ち込んだ本や音楽プレイヤーやら大量のお菓子やらを次々に机の中に入れて大正時代に送った。ひとつ送る度に矢継ぎ早に手紙で送られてくる驚愕と感嘆のリアクションはマシンガンのようだった。漫画は《こんなものがあったら清少納言はためらわず仏門を捨てたでしょう》、音楽プレイヤーは《種子島銃を手に入れた武将もかくやという喜びの心持ち》、マカロンは《桃源郷の木に実った果実さながら》、などなど。
百年前のパンデミック
でも、一琉と静だけのひそやかな文通と交流は突然終わりを告げます。一琉が机をひらくと、達筆な筆跡の一筆箋が入っていたからです。
《妹を誑かす奸族は其方様かしら》
静の姉・寿々の知るところとなり、さらに一琉の動向を怪しむ一琉の妹・美頼にもばれて露骨に妨害されて……。しかし、恋愛の常道かもしれませんが、妨害されればされるほどふたりの恋心は確かなものになっていきます。
そんなふたりに立ちはだかる最大の障壁は、時間です。
一琉がいるのは2018年6月…ということは、百年前の静のいる世界は1918年6月ーー。
ぞわっと、何の前触れもなく全身に悪寒が走った。
皮膚の底に虫が這っているみたいな、直感的に得体の知れない恐怖。記憶の隅っこ、端の端にまがまがしく不吉なものが引っ掛かっていることを、本能が警告していた。
一琉はスマホをスクロールして、ひとつの文章を見つけた。その表題は「日向家と大正時代のパンデミック」。ほどなくスペイン風邪が大流行して、静も寿々も肺炎で亡くなっていた。
一琉からスペイン風邪のことを知らされた静は、残酷な運命を前に、どのような決意を固めるのかーー。
『コミック百合姫』の表紙に連載
「百年文通」(一迅社刊)は変わった書籍で、電子書籍でしか発売されていません。もし紙の書籍で読みたい方は、大森望氏が編纂した「ベストSF2022」(竹書房文庫)をご購入ください。

……〈コミック百合姫〉の表紙に連載された伴名練「百年文通」は百年の時を超えた愛を描く。
以上、二〇二一年の日本が誇る短編SFのベストテン。ごゆるりとお楽しみください。
――大森望「序」より



んんん?「表紙に連載された」?どういうことだ?
そう思って「百年文通」が掲載された『コミック百合姫』、一迅社が発行する「女性同士の恋愛(百合)を題材にした漫画雑誌」(ウィキペディア)の2022年1月号から12月号をチェックしてみたところ、なんと本当に「表紙に連載され」ていました!

2022年1月号の表紙を飾る連載第1回のタイトルは
- 扉の向こうに、永遠を見つけた。
というもの。ものすごく字が小さいけれど、書き出しはフィニィの引用ですし、2ページ目の最後は、先に引用した「これが、私と日向静の、ひそやかな文通の始まりだった。」で結ばれています。
ちなみに2月号以下のタイトルは、
- お久しぶり、静さん。今日を心待ちにしていました。
- 世界すべてを飲み込もうとするような、未知への憧れに輝く瞳。
- 「心配性だね、お姉ちゃんは」
- 《妹を誑かす奸賊は其方様かしら》
- どうして私は、今日までこのことを知らなかったのか。
- 「どうかしら、似合っていると良いのですけれど。」
- 「私の方がずっと昔から、お姉ちゃんのことを考えてる」
- 「心が二つに引き裂かれてしまいそうだった。」
- 「その淡い光の暖かさを、私は知った。」
- 頭の中で静との思い出が押し寄せた。
- 救われた命の数は少しでも増えたはずだ、そう信じている。
連載がスタートする1年ほど前から始まったコロナ禍がきっかけで執筆された連載小説ですが、タイトルを見ただけで、伴名練氏が紡いだ物語世界がふたたび思い浮かんできて、思わずウルッとしてしまいます。
【追記】「もし紙の書籍で読みたい方は、大森望氏が編纂した「ベストSF2022」(竹書房文庫)をご購入ください 」と書きましたが、早川書房より9月18日に単行本が出版されます。1650円(税込)です。
ヘレンと正反対の静に快哉
なお、スペイン風邪のあたりからフィニィの「愛の手紙」とはだいぶ異なる様相となってきますが、それでいて「愛の手紙」をきちんと踏まえつつ、伴名氏らしいテイストが加味されているように感じます。
例えば「愛の手紙」で隠し抽斗から出てきたヘレンの手紙は、意に沿わない結婚を控えた女性が空想の恋人にあてたラブレターでした。
一琉が見つけた静の旧字体ばかりの最初の手紙ーー「戀」の文字から一琉がラブレターと誤解した手紙も、意に沿わない結婚を持ち掛けられたことがきっかけで静が書いたもの。つまり、フィニィの「愛の手紙」を踏襲しています。
ところが、そこで書かれている内容は、空想の恋人にあてたヘレンの手紙とはまるっきり正反対です。一琉が最初に見つけた静の手紙は次のような文面でした。
年端もゆかぬ女学生を捕まえて、長ずれば良家の長男に嫁ぎ貞淑に家を守るが女の幸福、などという頑迷固陋の弁を垂れる、十八歳でもう頭に黴の生えた人間からの婚約を、唯々諾々と受けるほど薄ぼんやりとした女が、大正の世にそうそういるとお考えでしょうか!
よしんばそういう封建的な、文字通りの世迷い言が罷り通る世だったとして、それに胡坐をかいて恥じぬ人間を私が伴侶に選んだなら、くれぐれも望むまま生きておくれと言い遺した母に申し訳が立たぬでしょう。この首を縦に振らせたくば、ただの電信柱でも引っ張って来た方がまだ世間に文明の光をもたらす勤勉家なぶん見込みがあるというもの、私が誰かに戀患う日があるとするなら、男であれ女であれ、共に未来を見据え明日の世界を築かんとする方のみでしょう。金輪際、貴方の顔を見ずに済めば幸甚の至りです。
「共に未来を見据え明日の世界を築かんとする方のみ」ーーそんな運命の相手・一琉と出逢った静が、スペイン風邪で命を落とす運命と知って選び取る選択とは……。そして、百年の歳月に隔てられた一琉と静の「戀」の行方はーー。 これはぜひ「百年文通」を読んでお確かめください。
(しみずのぼる)
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