愛に渇き、倦怠に沈むあなたに贈る:「ジョナサンと宇宙クジラ」

愛に渇き、倦怠に沈むあなたに贈る:「ジョナサンと宇宙クジラ」

きょうはロバート・F・ヤングのSF短編「ジョナサンと宇宙クジラ」を紹介します。同名の短編集(ハヤカワ文庫SF)の背表紙にあるとおり、「愛に渇き、倦怠に沈むあなたに贈る心温まる珠玉の名品」です(2024.6.24) 

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これまでに2度紹介

ロバート・F・ヤングについては、これまでに2度紹介しています。 

繰り返しリフレインされる「おとといは兎をみたわ、きのうは鹿、今日はあなた」が、あと一度だけ来ることができるかも…と言い残して去った彼女の姿を追い求め、待ち続ける主人公のせつなさを、とても効果的に際立たせてくれます。  

続きがどうしても知りたいという方は(稀覯本のコバルト文庫版ではなく)河出文庫の「たんぽぽ娘」をお買い求めください。 

古本屋を探し回らなくても「たんぽぽ娘」がすぐに読めるなんて。本当に幸せな時代になりました。 

おとといは兎をみたわ。きのうは鹿、今日はあなた:「 たんぽぽ娘」 

きょうは久々に再読して、やはり落涙してしまった「リトル・ ドッグ・ゴーン」を紹介します。作者はロバート・F・ヤング。「たんぽぽ娘」の作家で、 犬好きにはたまらない一作です。
(略)
久美沙織氏は解説で「リトル・ ドッグ・ゴーン」を掘り下げて紹介しています。
ーーなぜ、自分は正当に評価してもらえないんだろう?
ーーなぜ、ひとに受け入れてもらえないんだろう?
ーーいつまでこんな辺境で、つまらない暮らしをおくらなければならないんだろう?
(略)
もしや、ヤングは自分を描いたのではないか。

このあとの数ページは一片の小説仕立てになっていて、久美さんの解説は、伊藤典夫氏に勝るとも劣らないヤング愛にあふれています。

「リトル・ ドッグ・ゴーン」の結末とともに、ぜひ本書を手に取って確認してみてください。

犬好きにはたまらない…泣けるSF短編「リトル・ ドッグ・ゴーン」 

ヤングのSFは2度も紹介したし、「リトル・ドッグ・ゴーン」は短編集「ジョナサンと宇宙クジラ」所収の中篇だし、もう1度紹介するのはくどすぎるか… 

とも思ったのですが、たまたま児童文学評論家の赤木かん子さんのアンソロジーを読んでいたら、「ジョナサンと宇宙クジラ」所収の短編を2つも紹介していて、再読するうちに短編集そのものを読み直してしまったのです。 

赤木さんのアンソロジー

赤木かん子さんのアンソロジーは、ポプラ社刊行の「あなたのための小さな物語」というシリーズ物です。巻頭の「編者から皆様へ」を引用しましょう。 

ここ何年か、ようやく中・高生にも読書を……という動きが出てきました。けれども、公共図書館の司書にしろ、学校図書館の司書にしろ、そうした求めに応じて棚に並べることができる本があまりにも少なく、困惑しているのが現状です。
(略)
短編が三つくらいの、字も大きくて読みやすい本があればいいのにと思い、このシリーズができあがりました。

切れ味のいい中・短編は、読み慣れていない人でも読み切ることができ、一生忘れられないほど強く、その人の魂をゆさぶる力も持っています。

つまり、中学生や高校生に読んでほしいと思って、「一生忘れられないほど強く、その人の魂をゆさぶる力」を持っている短編を選んだアンソロジーというわけです。 

赤木さんがこのシリーズに選んだヤングの短編は、「ジョナサンと宇宙クジラ」に収められている「ピネロピへの贈りもの」と「空飛ぶフライパン」です。赤木さんの紹介文を引用します。

「ピネロピへの贈りもの」、これはSFで、しかもちょっと変わったSFなので、ストーリーをのみこむのに少しかかるかもしれません。 

宇宙人の子どもたちがコンテストに応募し、入賞すれば原始的な星(もちろん地球もこれに入るのよ)の地図に自分の名前を載せられる。そのときに、一人の少年が地図に名前を残す名誉より、地球で出会った一人のおばあさんが飼っている猫の、たまっていたミルク代を支払い済みにすることを選ぶお話です。 

赤木かんこ編「解放」より 

女優になりたくって、やぼったい田舎の恋人を捨てて大都会へ出てきた、ちょっときれいな女の子が主人公ーー。でも彼女は毎日フライパン工場でフライパンに柄をつけて暮らしています。 

かたや恋人は彼女恋しさのあまり病気になってしまう……。 

と彼女のところへ、どうみても空飛ぶフライパンとしか見えないものがやってきて……妙な宇宙人におどされて、はずみがついた彼女は田舎へ帰っていく……。 

さてこのフライパンと宇宙人はなに? ですが、それは読んでのお楽しみ。 

赤木かん子編「ロマンティック・ストーリーズ」より

どちらの短編も、赤木さんの紹介文に付け加えることはありません。わたしも中学生や高校生の時に触れておきたかったと思う佳篇です。 

1977年刊行版のカバー

この2篇を読むうちに「ジョナサンと宇宙クジラ」そのものを読み直したくなり、本棚から引っ張りだしてきたら、

あれ? このカバー絵は! 

なんといちばん最初に読んだ1977年刊行版が出てきたではありませんか! 

右から、1977年刊行版、2006年刊行版、2013年刊行の新装版

1977年刊行版の奥付をみると、1992年3月の4刷とあります。もう30年も前にはじめてヤングを読んだのか…と、とても懐かしくなり、最初から読み直してしまいました。 

やはり一番好きなのは「リトル・ドッグ・ゴーン」ですが(ちなみに、赤木かん子さんは「海で拾われた女の子が巨人になる話」が一番好きだと書いているので「いかなる海の洞に」でしょう)、久しぶりに再読して表題作を紹介しようと思った次第です。 

ちなみに、読み直して思うのは、宇宙クジラの哀切は1977年版のカバー絵(川原由美子さん)がよく表していると思います。 

ここはクジラの腹の中

宇宙軍に入隊した青年ジョナサン・サンズは、太陽系に侵入し、小惑星帯の一部をひとのみしたという宇宙クジラの腹のなかへとのみこまれてしまう。だがそこに広がっていたのは、美しいみどりの土地と青い空だった……。巨大な知的生命体と出会った青年が真の自由を見いだしていく表題作など10篇を収録(2013年新装版の背表紙より) 

広告マンなど仕事を転々とした末に宇宙軍の砲手となったジョナサンは、小惑星の一部を飲み込んだ宇宙クジラに対し、砲撃カプセルに乗り込んで熱核弾を発射する役割を与えられた。 

しかし、いざ近づいてみると、発射をためらった。 

痛みを感じるだろうか? 

人間だけが、快楽と悲哀を理解している唯一の知覚体なのか? 

ジョナサンは照準を外して発射、その反動で宇宙クジラに飲みこまれていった。しかし、落下速度は徐々に遅くなり、降り立った場所は光に満ち溢れていた。 

ジョナサンは起きあがり、目を疑った。光のみなもとは、みどりがかった空にかかる小さな太陽。目の前に広がる岩だらけの土地は、小惑星だった。 

とすると、ここはクジラの腹の中なのだ。 

ジョナサンは、自分が震えているのに気づいた。それは、恐怖のような取るに足らない感情から来るものではなく、畏敬から来るものだった。宇宙クジラが大きいことは知っていた。だが、これほどだとはーー一つの世界ではないか! 空、太陽、大地ーー 

ヘルメットを外して空気を吸うと、頭の中に声が聞こえた。 

(ここはだめ、ジョナサン。ここはまだ加工されていない土地ーーいいかえれば、荒野だから) 

宇宙クジラはテレパシーで、(わたしという生き物のいのちを奪うにしのびなかったあなたの思いやりを知って、あなたのいのちを救った)と打ち明けた。 

(あなたがいま向いている方向にまっすぐ進みなさい。谷が見えてくるでしょう。その谷へ行けば、人生も笑いも見つかりますーーもし運がよければ、愛も。行きなさい。ジョナサン。さあ) 

まもなく死ぬでしょう

宇宙クジラに促されてジョナサンは谷の向こうに「旧地球」時代の町が存在していることを知った。

宇宙クジラに訊ねると、(むかしのわたしは向こう見ずで、年長者のいいつけをきかず(宇宙船を)一隻吸収してしまいました)と話した。町に住む人々は宇宙船の乗組員たちの子孫だった。 

ジョナサンは農家の娘と親しくなり、結婚。かつて広告マンだった知見も生かして事業も成功した。だが、宇宙クジラがテレパシーで送る哀しい言葉が忘れられなかった。 

熱核弾を発射しようと砲弾カプセルで近づいたこともテレパシーで事前に知ったはずなのに、なぜ逃げたり攻撃しなかったのか訊ねた際、宇宙クジラはこう話していた。 

(もしかしたら、わたしは死にたかったのかもしれない) 
(まもなく、わたしは死ぬでしょう) 
(あなたの昼が日ざしにみち、あなたの夜が愛にみちたものでありますように)

ジョナサンはふたたび、彼が「アンドロメダ」と名付けた宇宙クジラとコンタクトをとった。 

(一つ質問があって来たんだーーもっと早くきいておけばよかったんだが) 
(おっしゃいなさい。答えられるものなら答えます) 
(ごく簡単な質問だ。ただし、ぼくら人間の時間ではなく、きみの時間でいってほしい) 
(いいですとも。おききなさい) 
(きみはいくつだ) 
(わたしは十七歳です)

ジョナサンの「計画」とは

このあと、とてもわたしの好きな文章が続きます。 

十七歳……
らせん階段をおりてくる、白いドレスを着たひとりの少女の姿が、彼の心にうかんだ。シャンデリアの光のもと、彼女の顔は期待に輝いている。だがダンス場はがらんとして、シュトラウスを演奏する楽団も見えないーー
十七歳……
終わりない夜の中、果て知れぬ冷たい海にのぞむ岩に鎖でつながれ、ただひとり、おびえ、病いにおかされてーー
(聞いてくれ、アンドロメダ。これからの計画を話す)

病いにおかされた宇宙クジラを助けるジョナサンの「計画」とはーー。続きはぜひ本書を手に取って確認してください。 

「ジョナサンと宇宙クジラ」の最後の場面を紹介して、この拙い文章を終えたいと思います。 

「計画」が成功し、宇宙の彼方に去り行く宇宙クジラを見ながらジョナサンが「宇宙クジラも泣くのだろうか?」と思った時、テレパシーが伝わってきた。 

(ええ、ジョナサン、泣くのですーー今になってはじめて気がつきました)
彼の胸はかたくこわばり、息もできないほどだった。なぜこんなふうに感じるのだろう? と思った。はだかのまま、たったひとり取り残された自分。そう感じるのは、もしかしたら、その資源を奪い、土地を荒し、海や川を汚す前、人が旧地球を”母”と呼んでいたことと関係があるのかもしれない。
(略)
(さようなら、ジョナサン。あなたの昼が日ざしにみち、あなたの夜が愛にみちたものでありますように)
白いドレスを着た少女がらせん階段をおりてくる。だが今ではダンス場のフロアは人でこみあい、楽団も待機している。彼女のまわりにむらがる求婚者たち。楽団はシュトラウスを奏ではじめるーー
音楽にあわせてくるくるとまわりながら遠のいていく彼女を、ジョナサンは見つめた。十七歳、そして、もうひとりぼっちではないのだ。
(さようなら、アンドロメダ)涙が頬を伝っていた。神さまのご加護を!

(しみずのぼる) 

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