きょうは久々に再読して、やはり落涙してしまった「リトル・ドッグ・ゴーン」を紹介します。作者はロバート・F・ヤング。「たんぽぽ娘」の作家で、犬好きにはたまらない一作です(2023.8.16)
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「たんぽぽ娘」作者のSF
「リトル・ドッグ・ゴーン」は、日本で独自に編纂された短編集「ジョナサンと宇宙クジラ」(ハヤカワ文庫SF)に収められています。編・訳者は伊藤典夫氏です。


わたしの手元にいまあるのは2006年発行版と2013年発行の新装版です。
新装版のあとがきをみると、カバーの表紙がこれで4作目とあるので、それ以前に2冊出ているのでしょう(自分も2006年版以前のものを1冊持っていた気が…)
とにかく、こんなに息長くヤングの小説を読み継いできているのは日本人だけではないでしょうか。
本国のアメリカでは本当に顧みられなかった作家だったようで、わたしがアメリカに1年間滞在したときにヤングの本を探したものの、入手できたのは1966年刊行の「The worlds of Robert.F.Yong」(Victor Gollacz LTD)一冊でした(「たんぽぽ娘」は入っているのに「リトル・ドッグ・ゴーン」は入っていません)
日本に連れてきてあげたい
解説で作家の久美沙織氏がこう書いています。
もしもほんとうにタイムマシンがあったなら、いまの日本に連れてきてあげたいと思う。
彼が知らない(知ろうともしなかった?)国に、彼を愛するようになったひとたちがこれほどおおぜいいることを……その作品が大切にされ、宝物のように語りつがれ、数々のこだまを響かせて、いまなお、多くの若者たちや魂の若いものたちを愉しませているのだということを……実感させてあげられたらいいのになぁ、と、とてもそう思う。

さて、いつも前置きが長くなってしまいますが、「リトル・ドッグ・ゴーン」は、「ジョナサンと宇宙クジラ」所収の短編の中でも白眉と言っていい作品です。
瞬間移動の能力を持つ犬
時は未来。宇宙を往来することが当たり前になり、辺境の惑星まで開拓民がちらばっている時代に、主人公のニック・ヘイズは舞台俳優として名声を集めながら、酒に溺れて職場を追放され、辺境の地ブラック・ダートで前後不覚になっているところに一匹の犬と出会う。
ミニチェア・プードルぐらいの大きさで、金色の目とコミカルな団子鼻。毛むくじゃらの耳はバー・ラグ(ぼろ雑巾)を思わせた。その犬は不思議なことに、物を投げると消え、しばらくするとふたたび実体化した。瞬間移動の能力を持っていた。
ヘイズは立ちどまり、ふりかえった。仔犬も動きをとめた。寂しそうな眼差しがそこにあった。「おい、どういう気だ?」ヘイズはいったが、そこで思い返すと、「よし、来い、”ぼろ雑巾”。二度とおれの前から消えないと約束するなら、食事を分けてやる」
「ワン!」と仔犬は答え、尻尾を回した。
こうしてバー・ラグの名がついた仔犬とヘイズは、ホテルのバーで給仕係をしていたモイラと出会う。モイラはかつて役者で立体テレビ番組でヒロイン「アマゾンのゾンダ」役を務めたことも。しかし鳴かず飛ばずで、流れ流れて辺境の地でバー勤めに。元役者のモイラはヘイズの名声もよく承知し、尊敬もしていた。
そのとき、バー・ラグがテーブルの下から頭をのぞかせた。女はとびあがった。「どうしてドッゴーンなんか連れていらっしゃるんですか、ヘイズさん? みんな山に隠れてしまったと思ってたのに」
「ドッゴーン?」
「土地の人はそう呼ぶんです。いたと思うと、いなくなってしまうから。テレポテーションの能力があるんです」
オールド・ヨークはいつも夏
こうしてヘイズとモイラ、そしてバー・ラグは辺境の地で出会い、モイラの介抱を受けてヘイズも徐々に心身が回復する。
しかし、ヘイズの心を支配していたのは、かつて自らが立っていた舞台の地、オールド・ヨークだった…。
オールド・ヨークでは、季節は夏だろう。オールド・ヨークはいつも夏なのだ。そこにはたくさんの光と笑いがあり、決して孤独を感じることはない。そして才能がありさえすれば、人は魔法の舞台に立つことができ、カメラは彼に焦点をあわせ、一億の分身を作り出す……
ヘイズはモイラ、バー・ラグと辺境惑星巡業を始める。出し物は「愛しのメアリ・ルー」。自身の出世作を下敷きにした笑劇で、恋人たちがくっつこうとするたびにバー・ラグが妨害する。「ダーリン」という言葉で、いきなりバー・ラグが実体化する…。
「これをーーこれを、あなたといっしょにやれというの?」
「そう、きみとバー・ラグとぼくとでね。もちろん、スターはバー・ラグだ。ブラック・ダートの人たちはドッゴーンのことを知っているが、ほかの辺境惑星の人たちは、おそらく名前も聞いたこおとはないだろう。そのときには効果は倍にあがる。古ぼけた魔術と辺境惑星のおおらかなユーモアを結合させるんだ」
ひそかな野心と別れ
「愛しのメアリ・ルー」はいたるところで人気を博し、そのことが記事にもなり、ヘイズのひそかな野心ーーオールド・ヨークの演劇組合への復帰につながる。
モイラは彼を待っていた。バー・ラグはその膝ですやすや眠っている。彼女が事情をすべて知っていることは、表情からわかった。「前からわかっていたんだろう?」
「おこらないでね、ニック。組合に復帰してくれたらと。あたしも思っていたの」たずねるには遅すぎる時間だったが、ヘイズはあえてたずねた。「おこっているかい?」
「あたしのことなんか……。ニュー・ノース・ダコタへ帰るわ、あたしの家へ」
(略)
「ありがとう、バー・ラグといっしょに、あなたの舞台を見るわ」
ヘイズは、彼女の膝にある小さな灰色の頭とぼろ雑巾のようなおかしな耳を見おろした。そしてモイラのほっそりした首に視線をあげた。喉もとがかすかに脈打っていた。さらに目をあげたとき、ヘイズがそこに見たのは、あふれでる涙の隠しても隠しおおせぬきらめきだった。
ヘイズはモイラとバー・ラグを捨て、オールド・ヨークに向かう……。
紹介はここでとめましょう。
愛するものを捨てて名声を求め、6千万キロも隔ててしまった彼らの愛の結末はどうなるでしょうか。ラスト3行の余韻に酔わされます。
ヤングは自分を描いた?
久美沙織氏は解説で「リトル・ドッグ・ゴーン」を掘り下げて紹介しています。
ーーなぜ、自分は正当に評価してもらえないんだろう?
ーーなぜ、ひとに受け入れてもらえないんだろう?
ーーいつまでこんな辺境で、つまらない暮らしをおくらなければならないんだろう?
(略)
もしや、ヤングは自分を描いたのではないか。
このあとの数ページは一片の小説仕立てになっていて、久美さんの解説は、伊藤典夫氏に勝るとも劣らないヤング愛にあふれています。
「リトル・ドッグ・ゴーン」の結末とともに、ぜひ本書を手に取って確認してみてください。
(しみずのぼる)
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