「新聞社の取材です」に快哉:「裁きの街」 

「新聞社の取材です」に快哉:「裁きの街」 

キース・ピータースン〈ジョン・ウェルズ記者〉シリーズ、最終作の「裁きの街」(原題:Rough Justice)を紹介します。ハードボイルド・ミステリーなのに、女性記者ランシングとの絡みに身悶えします。「新聞社の取材です」と叫ぶランシングに快哉を叫んでしまいます(2024.2.17) 

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名場面の紹介、ご容赦を

久しぶりの再読ですが、名場面だけは忘れません。その場面で出てくるのが「新聞社の取材です」のセリフです。

限りなくネタバレになってしまいますが、このシーンを抜かして紹介するのでは「裁きの街」(創元推理文庫)の魅力をお伝えすることができません。 

新刊ならネタバレは禁じ手ですが、今から30年以上前ーー1993年発刊の「裁きの街」は、長らく品切れ状態の本ですから、古本を探して読むしかありません。ですから、かなりのネタバレになることを、あらかじめお許しください。 

ワッツとの因縁に決着

最初に「裁きの街」のあらすじを紹介します。 

事の始まりは、五月のある穏やかな夜、くつろいでいたウェルズのもとに、情報提供を申し出る一本の電話が入った。出向いた彼を待っていたのは予想外の収穫。悪徳警官として知られるワッツ警部補が、かつて組織の制裁殺人に手を貸したことがある、というのだ。ウェルズは勇んで取材を開始したが、その矢先、謎の暴漢に襲われ、逆に相手を殺す仕儀となってしまう。しかもその暴漢というのが、福祉事業に尽力していたイェール大の卒業生と判明、彼は窮地に立たされた……! 正義を求めてさまよう敏腕記者ウェルズの苦悩、サスペンス横溢する好評第四弾。

ワッツ警部補とのいきさつは、シリーズ第2作「幻の終わり」に出てきます。

眼をぎらつかせ、顔を真っ赤にしながら、彼はジャケットの内側に手を突っ込んだ。

一瞬、ピストルを引き抜いてわたしを撃ち殺すのではないかと思った。が、ワッツが取り出したのは警察バッジだった。彼はそれをかざしてわたしに見せ、甲高い声でわめいた。

「これがなんだかわかるか、このくず野郎?」彼の口から唾が飛んだ。「これがなんだかわかるか? これはバッジだ。本物のバッジだ。いいか、おまえは警官を殴ったんだ。たった今、その手で」

わたしは札入れを取り出し、ワッツにかざして見せた。「これは記者証だ、トミー。わたしの職業は憲法で保護されてる。あんたの職業は憲法に記されてもいない」

前後の場面は以前の記事を読んでいただくとして、こういう因縁があるだけに、ウェルズはワッツを追及するネタを手にして俄然張り切ります。

おまえは人を殺したんだ

ところが、その追及記事を書こうとする矢先に、ウェルズは自宅に忍び込んでいた暴漢に殺されかかる。魔の手から逃れる過程で相手の喉をつぶしてしまい、暴漢を死なせてしまう。

状況から正当防衛なのは明白だったが、この件の担当になったのがワッツだった。

「起訴する理由がないじゃないか。目下のところはな」

「だがな、ウェルズ……」

「……今後、この件の捜査を続けるに際して、おれは地方検事局と密接に連絡を取り合っていくつもりだ」

そうしてワッツはこう続けた。

「人ひとり死んだんだぜ、ウェルズ。おまえは人を殺したんだ。償うべき人間にはきっちり償ってもらう」

接点はたった1本の記事

職場の同僚は正当防衛と理解してくれても、上層部内には停職処分の議論も出始めた。他社やテレビにも報道された。そして何よりも自責の念に追い詰められた。ウェルズはアルコールの力を借りるしかなかった。

そんな状態のウェルズを叱咤したのは(当然ですが)ランシングだった。部屋で二日酔い状態のウェルズにこう詰め寄った。

「悪いけど、いい加減にしてほしいわ。どんな理由があったのか知らないけど、アイヴィー・リーグ出身のあの坊やはあなたを殺そうとしたのよ。なんにもしないでここに座り込んで吞んだくれていたいのか、それともことの真相を突き止めたいのか、一体どっちなの?」

ウェルズが死なせた青年ーーサッド・リーチの勤め先である福祉施設クーパー・ハウスとウェルズの接点は、たった1本の記事だった。ランシングは、ウェルズの署名のある記事のコピーを渡した。

《財政監査委員会、センター開設にゴーサイン》

5年も前の、しかも担当が家族の病気で降板したため仕方なく引き継いだ取材だった。何の心当たりも浮かばなかった。

それでも、ランシングの叱咤を受けてウェルズはクーパー・ハウスの再取材を始めた。そのうちにクーパー・ハウスの帳簿係の女性が行方不明になっていることを知る。

ついに逮捕状執行

ウェルズが真相に近づけない一方で、ワッツはいよいよウェルズを追い詰めていく。

部屋に待ち伏せしていたワッツは、組織の制裁殺人に関与した件の記事をボツにするよう要求した。ウェルズが拒否すると、ワッツはこう言った。

「遠からず、おまえは殺人罪で指名手配になる」

「立場はぐっと危険になるぞ。おまえは逮捕に抵抗して射殺されるかもしれない。あるいは、拘置所の監房で絶望のあまり首をくくるかもしれない」

ついに逮捕状が執行され、ウェルズは警官の銃撃を何とかかわして逃走を図る。向かった先はランシングの自宅だった。恐怖に震えながら、ウェルズはつぶやいた。

「答えはどこかに必ずある。その答えに、もう少しで手が届きそうなんだ。きみの言っていた手がかりを追いかけてみたんだ」

ついに口にする一言

ランシングは警察への出頭を勧めた。だが、ウェルズは集めた情報の断片を繰り返し話した。

「あの記事か? わたしが以前に書いた、あの古い記事……?」

「刑務所送りになりたいの?」

わたしは再び、ランシングのほうに戻った。彼女の声に負けまいと、声を張りあげた。「クーパー・ハウスの連中は、当然あの記事を読んだろう。わたしの署名記事だということに気づいたはずだ」

「刑務所送りになりたいの、なんの罪も犯してないのに?」

「だが、それにどんな意味がある? あれはただの純粋なニュース記事だった」

「あなたは無実なんだもの。あなたはなんの罪も犯してーー」

ウェルズはランシングに向かって「黙れ!」と叫んだ。ランシングも「いいえ、黙らないわ」と叫び返した。

「黙れ、黙るんだ」「わたしはあの若者を殺したんだ!」

「だからなんだと言うの?」

「なぜだ。なぜ黙ってくれないんだ」

「それはね、あなたを愛してるからよ!」

ああああ、ついにーー!

ここから引用はしばらく控えましょう。この連作をジョン・ウェルズ記者シリーズではなくランシング記者シリーズだと書いた茶木典雄氏が、「裁きの街」の文庫解説でこう書いていることだけ記しましょう。

前作『夏の稲妻』で、ウェルズとあやしい雰囲気になりかけたランシングだが、本書においてウェルズとの関係は決定的な(!)局面を迎える。わたくしはこの場面を読んだとき、身もだえするほど苦しんだ。わが日本ランシング・ファンクラブの会員のなかには、一晩泣きあかした、というおじさんもいた。チャンドラーはどうしたんだ、チャンドラーはっ、と悪態をついたおじさんもいたようである。しかし、それがあったればこそ、ラストのあのシーンがより感動的なものになったのは確かである。われわれとしても、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで、納得するしかない。

この男は銃を持ってるぞ

ウェルズは、自身の署名が載った記事がすべての始まりだったと気づき、帳簿係の女性が死ぬ前に面会した市の会計監査官とクーパー・ハウスの女性理事長から事件の真相を聞き出した。しかし、すでに警察に包囲され、ウェルズは絶体絶命のピンチだった。

包囲した警官を割ってワッツが前に進み出て、ウェルズに歓喜の表情を向けた。

それからワッツはだしぬけに叫んだ。わたしに反応する暇を与えず、立て続けに叫んだ。

「気をつけろ! この男は銃を持ってるぞ」

ワッツはリヴォルヴァーを握った手を引き上げ、わたしの胸に狙いを定めた。

白い閃光が闇を切り裂いた。その光にすべてのものが飲み込まれていくように見えた。

うまいですね~。ほんとうはここで引用をとめるのが正攻法なのでしょうが、どうか次のページから始まる展開を紹介させてください。もっとも感動的な場面です。

もっとも感動的な場面

「取材です!」とランシングが叫んでいた。「新聞社の取材です」

振り返ると、こちらに向かって坂道を駆けあがってくる彼女の姿が眼に入った。頭を屈め、低く張り出した並木の枝をくぐりながら、彼女は片手を高く掲げていた。その手に札入れを握り締め、記者証を振りかざしていた。

「取材です」ランシングの張りのある声が響く。「新聞社の取材です」

ランシングのすぐうしろにガーションの顔が見えた。カメラを頭のうえで構えながら、彼も走っていた。カメラのうえでストロボが潜望鏡のように揺れている。ガーションがシャッターを切った。再びストロボが白い閃光を吐き出し、周囲の闇を飲み込んだ。

わたしは両手を高々と差し挙げると、大声で「降参だ」と叫んだ。「武器は持っていない。身柄をそっちに預ける」

ワッツは躊躇した。が、その一瞬はすでに過ぎ去っていた。ストロボが何度も炸裂し、白い閃光が繰り返し闇を切り裂く。ランシングは足を止めようとしなかった。坂道をなおも駆けあがりながら、声を張りあげ「新聞社の取材です」と叫び続けた。頭のうえで記者証を振りまわし続けた。

いかがですか? 愛する男がいままさに殺されようとしている、その瞬間に放った「新聞社の取材です」の叫び声とストロボの閃光。わたしがいちばん好きなシーンです。

遅れて登場するゴッドリーブ警部。ワッツに「お巡りってのはな、逮捕するのが仕事なんだよ」と吐き捨てるところもよければ、泣きじゃくるランシングをみて、ウェルズに「彼女の背中をそっと叩いてやれ」と声をかけるところも好きです。そして、茶木氏が言う「ラストのあのシーン」も……。

もうこれ以上のネタバレはやめておきましょう。

クーパー・ハウスの謎ーーウェルズが死なせたサッド・リーチはなぜウェルズを襲ったのか、死体で発見された帳簿係は事件にどう関与しているのか、ウェルズの5年前の記事はどう関係するのかーーは、ひとつも明かしているつもりはありません。

それでも、「裁きの街」の最高の場面を明かしてしまった罪は重いと自覚しています。許してください。

久々に1作目から再読して改めて思ったのは、

このシリーズはやはりウェルズに恋するランシングの気持ちに寄り添って読むべき小説だなあ……

ということです。古本を探してでも、読む価値のあるシリーズです。ぜひ探してみて手にとってください。

最後に茶木氏のこのシリーズを言い表している一文で締めくくります。

ミステリ史上に燦然と輝く女性記者ものーーランシング・シリーズ

(しみずのぼる)

〈ジョン・ウェルズ記者〉シリーズはこちら
傑作”記者もの”の第1作:「暗闇の終わり」
記者が探り当てる愛と裏切りの記憶:「幻の終わり」
”そんな眼で…”ににじむせつなさに酔う:「夏の稲妻」
「新聞社の取材です」に快哉:「裁きの街」

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