落語なのに泣けて仕方ない:佐藤多佳子「しゃべれどもしゃべれども」 

落語なのに泣けて仕方ない:佐藤多佳子「しゃべれどもしゃべれども」 

きょう紹介するのは佐藤多佳子氏の「しゃべれどもしゃべれども」です。20数年ぶりの再読でしたが、よかったです。題材に出てくるのが落語の「まんじゅうこわい」なのに、何度も何度も泣けてしまいました(2024.2.14) 

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訳ありの4人に落語指南

「しゃべれどもしゃべれども」については、先日記事(「落語家の記事と涙の話」)で書いたばかりですが、改めてあらすじを紹介します。 

俺は今昔亭三つ葉。当年二十六。三度のメシより落語が好きで、噺家になったはいいが、未だ前座よりちょい上の二ッ目。自慢じゃないが、頑固でめっぽう気が短い。女の気持ちにゃとんと疎い。そんな俺に、落語指南を頼む物好きが現われた。だけどこれが困りもんばっかりで……胸がキュンとして、思わずグッときて、むくむく元気が出てくる。読み終えたらあなたもいい人になってる率100%! 

女優の南沢奈央さんのエッセイ集「今日も寄席に行きたくなって」(新潮社)で、南沢さんが落語を生涯の趣味にするきっかけとなったのが「しゃべれどもしゃべれども」だったと書いています。 

あらすじに関係するところを、南沢さんの紹介文から改めて引用します。 

この小説の主人公は、噺家だ。前座修行を終えて真打になる手前、”二ツ目”の今昔亭三つ葉。彼の元に、それぞれ問題を抱えた4人が集まり、落語指南を受ける。吃音に悩むテニスコーチ、ツンとして無口な美女、学校で虐められている関西弁の小学生、うまく喋れない野球解説者。 

それぞれに”訳あり”の4人が、主人公の三つ葉のもとで落語指南を受けることになる。最初のきっかけは、三つ葉の従妹の良ーー「吃音に悩むテニスコーチ」だった。師匠がカルチャーセンターで話し方講座のゲストに呼ばれ、その同伴を仰せつかったため、良にも声をかけた。その講座に出席していたのが十河五月ーー「ツンとして無口な美女」だった。 

いっしょにやりませんか

話し方講座を終えて良と食事をしていると、隣の席に五月が座った。食事の席で三つ葉と五月が口論になり、仲裁に入った良が提案した。 

「あの、あのあのあの、ぼ、僕、この通り、緊張すると、し、しゃべるのダメなんですけど、だから、あの、いっしょに勉強しませんか? こ、この人にお、教えてもらいませんか? さ、さっきの講座とかより、い、いいと思う。いっしょにやりませんか? こ、この人、し、しゃべるの仕事だから、うまく教えてくれます」 

黒猫があきれた顔で良を見つめた。 

「ぼ、僕、わわ、わかります。あなた、あの講座にむいてないです。僕もいやです。だから、個人レッスン、う、受けてみませんか」 

三つ葉がひそかに「黒猫」と名付けた五月は、後日、三つ葉の高座を聴きに来た。 

あたしはぜんぜんダメ

「来てくれてありがとう」 
と俺は行った。噺の不出来を謝りたかったが言い訳がましくなるのでやめた。 
「今度は……」 
猫は俺を見ずに口をきく。 
「いつ、どこでやるの?」 
(略) 
「あがったんでしょう?」 
「そうなんだ。あんたがいてびっくりした」 
「いい気味だわ」 
猫は意地の悪い顔つきになる。 
「面白かった。苦労しててさ。ざまァみろだわ」 
俺はうなずいた。
「この前は悪かったよ。からかうつもりじゃなかったんだ」 
猫は当惑した顔で横から俺を眺めた。しばらく無言で見ていた。そして言った。 
「あなたに教えてもらおうかな」 
「何を?」 
「口のきき方」 
「必要ないだろう。あんたはちゃんとしゃべれるさ。良とは違うよ。ああ、良ってのは、この前いっしょにいた俺の従妹だ」 
「ダメなんだ」 
と猫は足元に視線を落とした。 
「ほんとにダメなんだ。あたしはぜんぜんダメだ。ぜんぜんダメ」 
「俺はそうは思わない。ぜんぜん思わない」 
こちらもぜんぜんで対抗した。 
猫はきっと顔を上げて、大真面目に言う。 
「あなたには、なんとなくしゃべりやすいみたい。わかんないけど。だから!」

良と五月の次に加わることになったのが村林ーー「学校で虐められている関西弁の小学生」だった。村林の母親が良のテニススクールで落語指南の話を聞きつけて連れて来た。 

三つ葉は、その場にあった茶菓子のそばまんじゅうから連想して、「まんじゅうこわい」を”教材”にすることにした。 

まんじゅうこわい

『まんじゅうこわい』は大変有名な噺である。これを落語と知らない人でも、内容とオチは心得ていたりする。町の若い衆が集まって、互いに怖いもの、苦手なものの話をしているうちに、一座の兄貴分がまんじゅうがこわいと言い出す。皆が悪戯に、寝ている兄ィの枕もとにまんじゅうをつみあげると、こわい、こわいと言いながら、むしゃむしゃ食ってしまう。計略にかかった、本当に怖いものは何だと怒ると、兄ィは一言「今は濃いお茶が一杯こわい」とサゲる。 

(略) 

『まんじゅうこわい』をどうやって教えようかと考えていると、良やら十河やら村林やらの顔がふわふわと浮かんできて、出来の悪いお化けのようにそこいらじゅうに居座った。ラケットをふらつかせて生徒の前でどもっている良、カルチャアの教室で言葉の出ない十河、いじめを喧嘩と意地で言い切る村林。 

三つ葉はちゃんと「まんじゅうこわい」を教えよう、教えたいと気持ちを固めていく。特に、いじめの遠因に関西弁があるようだと推測する村林には関西弁のバージョンを用意する。 

途中から湯河原ーー「うまく喋れない野球解説者」が加わって「まんじゅうこわい」の指南がつづく過程で、参加者それぞれの”事件”が明るみになっていく。 

クラスのボスとの確執

村林の”事件”は、クラスのボスーー「宮田」くんとの確執だった。 

「宮田は野球のことあまり知らんのやけど、運動神経、むっちゃ、ええからな。跳び箱も鉄棒もドッジも五十メートル走も、宮田にかなう奴クラスにおらへんのや」 

「宮田は野球で俺をシメたろ思てるねん。もう、みんなの前で宣言しよったわ。村林は口ばかりや、タイガースといっしょでバカ弱いて俺が証明してやるぜ。そら、俺、負けへんでてゆうしかないやろ? タイガースまで馬鹿にされたんや。負けたら首くくったるわって、勢いでゆうてもうたけど、ほんま、宮田はかなわんのや。俺、あかん。そろそろ、ロープ買いにいかなあかん」 

このいきさつから湯河原が村林にコーチをすることになるが、宮田との勝負はあえなく三振。そのリベンジ戦となったのが、「まんじゅうこわい」の発表会ーー村林が上方落語、五月が江戸落語で披露する東西対決だった。 

村林は宮田にも声をかけた。 

ーー俺、えらい緊張してて、手が震えて紙もぶるぶる震えるんや。失敗した思たけど、もう遅いやん。目ェつぶって、宮田の顔、見んようにして、度胸決めて、「これ、やるんやけど、来てくれへんかな」ゆうたんや。 

宮田は村林を笑いものにしようと、村林から渡された東西対決のチラシを教室の後ろの壁に貼った。 

 

まったく胸糞悪い話だった。 
(略) 
そんなチラシ、はがしてしまえと言うと、さらりと切り返した。 
ーーそしまったく胸糞悪い話だった。 
(略) 
そんなチラシ、はがしてしまえと言うと、さらりと切り返した。 
ーーそしたら、それで、しまいやん。 
村林優というのはそういう男の子だったら、それで、しまいやん。 
村林優というのはそういう男の子だった。

良は「宮田君、来るかもしれないよ」と言った。 

 

「なんでや?」 
「彼がボスだからさ」 
良は静かに言った。 
「ボスは、自分の知らないところで、変なことをされたくないんだよ」

中入って笑ったらどうや

良の”予言”どおり、発表会の当日、宮田は子分も引き連れてやってきた。

「よう来てくれたな。俺、待っとってん」と村林が言うと、宮田は無視して、先に来ていた他の同級生に言葉をぶつけた。 「おまえら、そこで何やってんだよ?」

村林が代わりに答えた。 

「おまえと一緒や。俺を笑いに来たんや。そんなとこで笑ってないで、中入って笑ったらどうや?」 

かっこいいですね。同級生が宮田くんに目をつけられるのを防ぎながら、宮田くんを追い詰めていく村林に快哉を叫びたくなります。 

宮田は明らかに一瞬迷った。このまま帰ってしまうのと、中へ入って徹底的に馬鹿にするのと、どっちが村林に与えるダメージが大きいか迷ったようだった。 
「さ。入ってや。そこ、風、寒いやん」 
(略) 
宮田は自分の仕掛けた罠にはまったのだ。家の前まで来た時点で、もう逃げ道はなかった。綾丸良の言う通りだった。宮田はボスだからここへ来た。見張りにきたのだ。誰かが自分の気に入らないことを仕出かさないかどうか。そして、捕まった。

さて、ここから東西対決で村林がどんなふうに「まんじゅうこわい」をはなすか。宮田くんとの”勝負”にどう勝つかーー。それは読んでのお楽しみとしましょう。 

子を持つ親の気持ちに

学校は狭い世界です。ボスがいて、いじめられっ子がいて。何やら社会の縮図のような、いやな世界です。子供を持つ親なら、誰しも感じることではないでしょうか。 

そんな親の目線で読んでしまうので、村林の意地の張り方に気をもんだり、拍手を送ったり……。 

それだけに、村林に落語を勧めていながら、ますます関西弁で落語を演じる息子にいらだち、三つ葉を疎ましく思い、息子を三つ葉と遠ざけたりもした村林の母親の気持ちにも、何とも言えないシンパシーを抱きながら読みました。 

村林は、発表会が終わったら標準語を話すから…と母親に約束までして、この日にこぎつけていました。

しかし、母親は心配のあまり、発表会の会場を訪れます。 

「何しに来たんや? 今日までは好きにさしてくれ、ゆうたやんか」 

母親は、つんつるてんの七五三の息子を、たいそう悲しげに見つめた。その目を見たとたん、俺は彼女に少し同情した。どうせ息子を持つなら、サッカーのユニフォームを着て爽やかに汗を額に浮かべて、「お母さん、僕のシュートを見ててくれた?」と素直に甘えてくる息子が欲しいだろう。 

「今日はクラスの奴らが来るかもしれへんのや。そういう所にお母さんがおったら、あかん」 

村林はきっぱりと言った。 

「明日から約束守るから、今日はほっといてくれ。帰ってや、頼む」 

「聞きにきただけよ。別に何もしないし、宮田という子にも何か言ったりしないわよ」 

母親は疲れたような声でそう言った。俺はさらに彼女に同情した。心配でたまらずに、いてもたってもいられなくて、やってきたのだ。 

三つ葉は「どうぞ。あがって下さい」と声をかけた。 

「三つ葉さん!」 
村林が非難をこめて、さえぎるのを、 
「噺家は客を断ったりしないものだぜ」 
と軽い調子で叱った。 
「ぜひ、聞いてやって下さい」 
今度は村林夫人にむかって言った。 
「面白い落語です。彼の好きな噺です。楽しんで笑ってあげて下さい」 

このくだりでも泣いてしまいました。もちろん、東西対決で宮田くんに”勝利”する場面も。 

笑って泣ける小説です。ぜひ手にとってみてください。 

最後に、せっかく音楽サブスクで聴けるのですから、「まんじゅうこわい」のサンプル音源をつけておきます。 

(しみずのぼる) 

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