ネタバレに遭う前に読めて幸せ…「プロジェクト・ヘイル・メアリー」

ネタバレに遭う前に読めて幸せ…「プロジェクト・ヘイル・メアリー」

何も知らないで読むことの幸せを久々に味わいました。26年3月に映画公開されると知って「映画を観る前に原作を読もう!」と思ったことで得た僥倖でした。アンディ・ウィアーのSF小説「プロジェクト・ヘイル・メアリー」です(2025.12.28) 

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世界熱狂の“何も言えない”小説

本書を購入したのは「近く映画化される」という記事を読んだのがきっかけでした。 

Kindleの購入履歴をみると7月初旬なので、おそらく、映画.COMが7月1日に配信した「ライアン・ゴズリング主演「プロジェクト・ヘイル・メアリー」2026年日本公開! 世界熱狂の“何も言えない”小説を映画化」という記事だと思います。 

「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の映画化を最も強く推し進めた人物は、主人公を演じるゴズリングだった。 

へ~ ライアン・ゴズリングがそこまで熱烈に映画化したいと思った小説なのか… 

SNSでも「ネタバレに遭う前に読んでほしい!」という叫びにも似た口コミが広がり、“何も言えない”ネタバレ厳禁の作品として注目された。 

ほお! これは映画を観る前に原作を読まなきゃ! 

そんなふうに思ってAmazonでポチッと購入ボタンを押したものの、ほかに読みかけの本があったりして、そのまま電子書籍版「積ん読」状態でした。 

ところが、最近、映画公開は26年3月20日という記事を読み、「おっと、まだ読んでなかったな」と思い出し、数日前から読み始めました。そして、 

これはまさしく「ネタバレに遭う前に読んでほしい」小説だ! 
ネタバレに遭う前に読めて、ボクはほんとうに幸せだ…

と思ったというわけです。 

ネタバレの落とし穴だらけ

実は、読み終えてから映画の予告編をユーチューブで観たところ、 

これはもうネタバレも甚だしいではないか(怒) 

と憤ってしまいました。 

へんな話、映画館で本編のまえに予告編を流すじゃないですか。あんなところでみたら、きっと恨みにまで思ってしまっただろうと思います。

つまり、すでに「ネタバレの落とし穴だらけ」状態なのです。 

ですから、わたしのように「未読 but おもしろそう」と思う人は、本屋さんに直行して背表紙のあらすじも読まないで買うべきです(あるいは、わたしのようにkindleでAmazonのレビューも一切みないで購入ボタンをクリックするべきです) 

と、ここで終わるのがただしいのですが、それではさすがに紹介文になりません。 

“何も言えない”ネタバレ厳禁の小説を、どうやって紹介したらよいか… 

ものすごく悩みましたが、文庫版解説(筆者は山岸真氏)を手掛かりに、許される範囲で「プロジェクト・ヘイル・メアリー」(上下巻、ハヤカワ文庫SF)の魅力を紹介したいと思います。 

「二足す二は?」…「不正解」

巻頭に献辞があります。 

ジョン、ポール、ジョージ、リンゴに 

ビートルズですよね。なにこれ?と思いますが、ページをめくると今度は詳細なロケット図が出てきます。〈ヘイル・メアリー号〉と書いてあるので、宇宙ものSFだな、ということはわかります(表紙も宇宙飛行士の絵ですしね…) 

そしてページをもう一度めくると「第1章」がはじまります。 

「二足す二は?」
なんだかイラッとくる質問だ。ぼくは疲れている。だからまたうとうとしはじめる。
数分後、また聞こえてくる。
「二足す二は?」
やわらかい女性の声は感情に欠けていて、いい方がさっきとまったくおなじ。コンピュータだ。コンピュータがいやがらせをしている。ますますイラッとくる。
「ほろいれるれ」といって自分で驚く。「ほっといてくれ」といったつもりだったがーー私見ながら、ごくまっとうな反応だと思うーーそれなのにちゃんとしゃべれなかった。
「不正解」とコンピュータがいう。「二足す二は?」
実験の時間だ。ぼくは、こんにちわ、といおうとする。
「おんいいあ?」
「不正解。二足す二は?」

第一章の書き出し、おおよそ1ページ分をそのまま抜き書きしました。 

主人公が「二足す二」を答えられるようになるのは3ページ目です。 

「よお……おおお……ん」これでどうだ?
「不正解。二足す二は?」
くそっ。意思の力、内なる力を総動員する。が、少しパニックを起こしそうになってもいる。よし。それも利用してやろう。
「よおおん」ついにいえた。
「正解」

コンピュータ相手に挌闘しながら、2問目ーー「八の立方根は?」にもなんとか「二」と正解を答えるが、3問目でつまずく。 

「あなたの名前は?」
「ブフッ、マジで?」とぼくは聞き返す。
「不正解。二回目ーーあなたの名前は?」
「ええ……」
「不正解。三回目ーーあなたの名前は?」
このときはじめてわかったーーぼくは自分が誰なのかわからない。

記憶を失った主人公が徐々に思い出し、そこが宇宙船の船内であることも突き止め、自らが置かれている状況が次第にわかっていくーーつまり、読者もわかってくる。そんな仕掛けが施されているのです。 

現在パートと過去パート

文庫版解説で山岸真氏はこう書いています。 

できれば本書は、内容についてなんの事前情報もなしに読んでいただくのがいちばんいい。というのは、冒頭で目覚めた主人公(本書の語り手でもある)は、自分が誰で、どこに、なぜいるかがわからず、そこからさまざまな化学的手段やふとしたきっかけを通して状況を解明していくーーその過程の面白さが、とくに上巻前半の読みどころであるからだ。 

しかし、これでは解説にならないので、山岸氏は「刊行前に版元から発表されている内容紹介にある部分、上巻前半までの内容」にとどめて紹介しています。 

目覚めた主人公は、病室めいた部屋にいた。天井からはロボットアームがぶら下がり、話しかけてくるのはコンピュータだけ。そして室内では二つのベッドに横たわる男女の死体……。
ほどなく彼は、ちょっとしたきっかけから過去の一場面を思いだす。こうした連想のかたちで自分の身の上やここにいたる経緯、そしてこれがどんな状況なのかが判明していく、というのが下巻の半分過ぎまで貫かれた本書の基本パターン。”現在パート”と”過去パート”が並行して、それぞれ時系列で進んでいく。

現在と過去が並行して書かれることで、主人公(3問目でつまずきますが、ほどなくライランド・グレースという名前と、生命に関する自説に固執して学界を去って中学教師に落ち着いた科学者であることを思い出します)の置かれた状況が読者の前に示されていきます。とてもうまい構成です。 

なぜタウ・セチだけ?

過去パートをすべて思い出すのは下巻の後半以降ですが、上巻の早い段階で、地球を襲う災厄を主人公は思い出し、読者も知るところとなります。山岸氏の解説から引用します。 

太陽の出力(明るさ)が指数関数的に減少していくのが観測された。このままだと三〇年以内に地球の気温は一〇から一五度下がってしまう。人類ばかりか地球上の全生命が突然の危機に直面しているのだ! 

しかも、この現象は太陽系外でも観測されるが、一か所だけーータウ・セチと呼ばれる星雲だけが影響を受けていないことが判明する。 

そこにいけば地球を救う手掛かりが見つかるのでは? そんな着想から〈プロジェクト・ヘイル・メアリー〉は始まり、〈ヘイル・メアリー号〉がつくられ、その唯一の生き残りの乗組員が主人公のライランド・グレースであるーーということが、主人公が記憶を思い出すかたちで読者にも知らされていきます。 

「うっそだろう!」

山岸氏は解説でこのあたりを丁寧に紹介しつつ、こう続けます。 

さて、ここまでが上巻の半分手前、第6章の途中までの展開である。すでに設定やアイデアが山盛り状態だが、第6章の最後にはさらなるSF的展開が待っている。それは、グレースが思わず、
「うっそだろう!」
と叫んでしまうような、超特大のサプライズだ。

わたしは読み終えてから山岸氏の解説を読みましたが、ネタバレしないように丁寧に”地雷原”を踏まないように気を付けながら本書の魅力を伝える、とても誠実な紹介文だなと思います。 

というのも、ユーチューブでみた映画の予告編は、この「うっそだろう!」の部分まで明かしてしまっているからです。

怒りですよね。とにかく未読で読みたいと思う人は、ユーチューブの予告編はぜったいに観ないように注意してください。 

なお、〈ヘイル・メアリー〉というプロジェクト名は、 

ラテン語のアヴェ・マリア(Ave Maria)にあたるが、アメリカンフットボールの試合終盤に、劣勢のチームが一発逆転を狙って投げる”神頼み”のロングパスを「ヘイル・メアリー(メリー)・パス」と呼ぶ。つまり、プロジェクト・ヘイル・メアリーというのは、「イチかバチか計画」といった意味。 

だそうです(山岸真氏の解説より)

ビートルズが活躍する?

おっと、ビートルズのことも書いておかないとモヤモヤしますね。 

下巻の前半部、主人公が過去パートの記憶が甦る場面です。話しているのはプロジェクトの一員の若いカナダ人です。 

「はーい!」彼が物体を持ち上げて、台形の部分をぼくのほうに向けた。「これで〈ヘイル・メアリー号〉のクルーは情報を送り返してくるんです。タウ・セチから地球まで自動的にナビしてもどってくる自律型の小型宇宙船。まあ、どこからだってもどってきますけどね。うちのチームはこの一年、こいつの開発をしてたんです」
(略)
そして彼はビートルを持って立ち去ろうとした。「おい、ピート、アストロファージが手に入るぞ!」
「ピート?」とぼくはたずねた。
彼が肩越しにいった。「そう。ビートルズにちなんだ名前をつけてるんで、イギリスのロック・バンドのビートルズ」
「ファンなのか?」
彼はくるりとふりむいてぼくを見た。「ファン? ああ、そうですよ。誇張する気はないけど『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は人類史上最高の音楽的業績だ。わかってます、わかってます。反対する人は多い。でもかれらがまちがってるんです」
「妥当だと思うよ」とぼくはいった。「しかし、どうしてピートなんだ? ビートルズはジョン、ポール、ジョージ、リンゴだろ?」
「たしかに。だから〈ヘイル・メアリー〉に搭載するやつらはその名前になります。でもこいつは地球低軌道のテスト用なんです。ぼくだけのためにスペースX社が打ち上げしてくれることになってて! びっくりでしょ? とにかく、こいつはピート・ベストにちなんだ名前にしたんです。ピート・ベストはリンゴが入ってくる前のビートルズのドラマーだったんで」
「なるほど。それは知らなかった」とぼくはいった。
「もう覚えましたよね。これからアストロファージをもらいにいきます。ビートルズがちゃんと……”ゲット・バック”するようにしなくちゃいけないんです」
「オーケイ」
彼が不服そうに眉をひそめた。「『ゲット・バック』。そういう曲があるんです。ビートルズの」
「そうだな。オーケイ」
彼はくるりと踵を返して出ていった。「世のなかには、クラシックがわかってない人もいるんですよねえ」

若い人にはビートルズはもはやクラシックなのか…と思いますが、このようにクスッと笑える場面が随所に出てきます(搭載された4つの自律型小型宇宙船は、下巻の終盤で重要な役割を果たすのですが、そこはネタバレになるので…)

揺らぐことなきユーモア

山岸氏の解説から。 

揺らぐことなきユーモアもまた、作者の持ち味だ。 

読んでいて笑える場面も多いですし、手に汗握る場面も満載です。下巻の終盤には泣ける場面まで用意されています。

それでも、人類滅亡の危機を描いてるにもかかわらず、とにかく明るさに満ちたSF小説ーーというのが読後にもっとも強く抱いた感想でした。 

幸せな気分になること請け合いのSF小説です。映画を観る前に、ぜひ原作を手に取ってみてください。 

(しみずのぼる) 

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