虚々実々の知恵くらべ:フレドリック・ブラウン「73光年の妖怪」 

虚々実々の知恵くらべ:フレドリック・ブラウン「73光年の妖怪」 

きょう紹介するのはフレドリック・ブラウンの侵略ものSF小説「73光年の妖怪」(創元推理文庫)です。宿主を次々と変えていく宇宙から来た「知性体」と、その正体を見破った物理学者との知力を尽くした闘い。イッキ読み間違いなしです(2024.7.5) 

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侵略ものSFの古典的傑作

侵略ものSFは、H・G・ウェルズの「宇宙戦争」(1897年)以来、多くのSF小説が生み出されています。 

フレドリック・ブラウンが1961年に発表した「73光年の妖怪」(原題:The Mind Thing)も、以前に紹介したジョン・ウィンダム海竜めざめる」(1953年)、ジャック・フィニイ盗まれた街」(1955年)も、侵略ものSFの古典的作品と言っていいでしょう。 

ただ、直近で再読した「盗まれた街」とは、同じ侵略ものSFでも、かなり趣が異なります。 

「盗まれた街」がホラー風味なら、「73光年の妖怪」はサスペンス小説で、主人公が地球外生物の可能性を疑ったあたりからはもうハラハラドキドキの連続です。 

地球から73光年の彼方にある惑星からアメリカに飛来した知性体という奇怪な生物。これは自由自在に他の生物にのり移れるという不可思議な力を備えている妖怪だった。知性体の到来とともに、その地方には人間や家畜や野生の動物が自殺するという異様な現象が起こり始めた。この怪現象にいち早く注目したのは、たまたまその土地に来ていた天才的な物理学者だった。この姿なき怪物の正体を看破して人類を破滅から救おうとする教授の頭脳と、知力の塊ともいうべき知性体が演じる虚々実々の知恵くらべ! 

犬の自殺に不審を抱く

自由自在に他の生物に乗り移れる「知性体」は、アンドロメダ星雲の方向に73光年の距離にある、ある惑星から送られてきた。その星で犯罪者だった彼が追放されてきた星が地球だった。 

知性体そのものは、亀のような体をしていた。最初に野ねずみに乗り移って観察するうちに、人間が地球で支配的地位にいることがわかった。 

次の宿主として狙いを定めたのはトミーという少年だった。恋人のシャ―ロッテと森の中で逢引きした後、トミーが眠ったところで乗り移り、トミーしか知らない洞窟に移動して本体を隠した。 

しかし、服を置いたまま、はだかで行方をくらます行動は周囲に不審を抱かせた。 

トミーとシャーロッテの父親が飼い犬のバックを使ってトミーを探し出すと、知性体に支配されたトミーははだかのまま逃走、途中で自殺した。その次に乗り移ったのが、トミーを探し出した犬のバックだった。 

知性体が乗り移るには宿主が眠っている必要があり、宿主から抜けるのは宿主が死ぬ時だった。そのため、知性体は必ず宿主を死に追いやる必要があった。 知性体は犬から抜け出すため、走ってきた車に飛び込んだ。

その車を運転していたのが、たまたま休暇で知人の別荘を借りた物理学者のラルフ・スターントン博士だった。博士は犬の持ち主を調べるため保安官と連絡をとった。 

「犬のことは本当に申しわけないと思いますが、しかたがなかったんです。いきなりどこからともなく、車の下にとびこんできたんですからね。ブレーキに足をかける暇もなく、轢いちまったんですよ」 

「おかしいな」保安官はいった。「バックはいつも車を怖がってたんだけどなあ。車のくる音をきいただけで、畑に逃げてっちまってた。鉄砲嫌いの犬もいるけど、あいつは車恐怖症だったんですがね」 

トミーとシャーロッテの逢引き直前に野ねずみが不思議な挙動をしたとシャーロッテが証言したこと、トミーがはだかで行方をくらまし、はだかで逃走中に自殺したこと、そして車恐怖症の犬が明らかに車に向かってきたこと……。何かがおかしいと思い、博士はリポートを作成することにして、口述筆記のために女性を雇った。 

真相言い当てたSF愛好家

その女性ーーミス・タリーはSF愛好家だった。口述筆記で不可思議な事件を知ったミス・タリーは、博士に「ガダラの豚」の話を始めた。 

「ルカ書だったと思います。キリストが悪鬼にとりつかれた男のところへきて、悪魔に去れと命じるんです。近くに豚の群れがいて、ほら肝腎なところは引用できますわ。”悪鬼、人より出でて豚に入りたれば、その群、崖より湖水に駆け下りて溺れたり”」

博士はそっとうなった。「ミス・タリー、悪魔が乗り移るなんてことを信じるなんていわんでくださいよ。頼みますよ」

「もちろん、そんなことはいいません。つまり、悪魔なんてものがいることは信じてません。でも、乗り移るのは……」
(略)
「宇宙には地球以外に無数の天体があるし、生物が住んでるのは何百万とあるんです。人間以外の知性体がどんな能力をもち、どこまでのことができるか、わたしたち人間にどうしてわかります? まったく異質の地球以外の存在に何ができるか、どうしてわかります?」

本業は英語教師でSFマニアのミス・タリーの一言こそ、この事件の核心です。唯物論者を自認するスターントン博士が、この不可思議な事件に対して、地球外生物の可能性を頭の片隅に置くきっかけとなった一言でした。 

猫を宿主にスパイ活動

そのころ、はだかで逃げたり、犬恐怖症の犬を車で殺したりと”痕跡”を残すへまを繰り返した知性体も、ようやく地球のことわりを理解し、スマートに宿主の乗り換えができるようになっていた。特に知性体が驚嘆したのが猫の存在だった。 

足音も立てず、耳もよくきく猫が、そういうスパイのときには打ってつけの道具だ。 

猫を宿主とした知性体は、博士とミス・タリーの話も部屋の中でじっと耳を澄まして聞いていた。けれども、ミス・タリーが顔を向けたとたん、思わず隠れてしまった。しまった!と思った時にはすでに遅かった。

ミス・タリーは博士のもとを去り際にこう付け加えた。 

「あの家にもし猫がいたら、その猫はわたしたちをさぐるためにほかの星の生物が乗り移ったのかもしれませんよ」 

こうして猫を宿主にした知性体と、地球外生物の可能性を念頭に猫の挙動を観察するようになった博士との知恵くらべが始まります。 

なお、文庫のあとがき(筆者は厚木淳氏)は、猫の描写部分を特筆しています。

ブラウンという作家がたいへん猫好きな作家だということを、読者は感じられるだろう。猫に乗り移った知性体の生態描写は、きわめて的確であり生彩がある。(略)本書の読後に、あらためてお宅の愛猫とにらめっこをされてみてはいかがだろう。猫はやがてそっと目をそらすにちがいない。その時、目下この猫に知性体が乗り移っていて、いまや虎視眈々と主人公を狙っているのだ、と考えるのは、白昼夢としては一興だろう。

物語の終盤、知性体がついに本性をあらわして鹿や鷹に乗り移って別荘に博士を閉じ込める。寝たら知性体に乗り移られると気づき、寝ずに籠城する博士とミス・タリー。お互いの知力を戦わせた死闘の結末は、ぜひ本書を手に取ってお読みください。 

日本SFの先駆者たちが熱狂

フレドリック・ブラウン(1906-1972)のことも書いておきましょう。 

フレドリック・ブラウンと言えば、代表作は「発狂した宇宙」(ハヤカワ文庫SF)と「火星人ゴーホーム」(同)で、星新一訳の「フレドリック・ブラウン傑作集」(サンリオSF文庫)もあります。 

「発狂した宇宙」のあとがきで、筒井康隆氏がこう書いています。 

フレドリック・ブラウンの長編の最高傑作は? という問いに対し、『発狂した宇宙』をあげる人と、この『火星人ゴーホーム』をあげる人がいて、好みが二種類にはっきりわかれてしまう。ぼくは『発狂した宇宙』をとるが、星新一氏などは『火星人ゴーホーム』組である。シュール・リアリスティックなドタバタが好きな人と、ブラック・ユーモアの方が好きな人とにわかれるのではないか、と、ぼくは思っている。 

サンリオSF文庫の「フレドリック・ブラウン傑作集」の(有名な)背表紙も紹介しましょう。 

お待たせしました。フレドリック・ブラウンの、フレドリック・ブラウンによる、フレドリック・ブラウンのためのフレドリック・ブラウン・オン・ステージであります。何はともあれ表紙ウラなどにくだくだしく紹介の労をとるバヤイでもありませんので、まずはメロメロにして過激なオマージュを舌がもつれるまでしつこくやっておきたいわけです。では……百花繚乱面白全部純情可憐舐猫千匹百発百中異常接近抱腹絶倒深慮遠謀真実一路地上最強七転八倒容姿端麗八面六臂満員札止連勝複式順風満帆満身創痍秘写本物見本進呈大胆不敵勇猛果敢繊細巧緻反則攻撃優柔不断極秘情報横田順彌醇風美俗獣肉惨夢豪華絢爛純血教育換骨奪胎星新一(ま、これは書肆からのヨイショでありますが、一息ついてと)家内安全一家心中春風駘蕩極限状況金銭感覚針小棒大気宇壮大反帝反スタ酒池肉林の華麗なる華麗なるカレエなるアイデアの色事師フレドリック・ブラウンの傑作集!! 

「反帝反スタ」なんて、いまの人にはもう通じないですね。ともかく、筒井康隆氏や星新一氏といった日本SFの先駆者たちが熱狂したほどの「アイデアの色事師」ーーそれがフレドリック・ブラウンです。 

わたし自身にとっても、どれもずいぶん前に読んだものばかり(奥付はすべて昭和)なので、「73光年の妖怪」を再読したのを機会に、「発狂した宇宙」などの傑作を改めて読み直したいと思っています。 

(しみずのぼる) 

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