内気な少女の成長物語:荻原規子「RDGレッドデータガール」

内気な少女の成長物語:荻原規子「RDGレッドデータガール」

きょう紹介するのは、和製ファンタジーの傑作を多数書かれている荻原規子氏の「RDGレッドデータガール」です。ジャンルで言えばファンタジーかもしれませんが、青春小説であり、学園ものであり、内気な少女の成長物語でもあります(2023.11.12) 

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和製ファンタジーの作家

作者の荻原規子氏は、日本の神話や歴史を下敷きにした和製ファンタジーの傑作「空色勾玉」など”勾玉”3部作や「風塵秘抄」、あるいは純粋ファンタジー小説の「西の善き魔女」シリーズなどが有名です。 

わたしが「RDG」シリーズを最初に読んだのは2011年夏のことでした。たまたま実家近くの本屋さんに立ち寄ったところ、文庫コーナーに平積みされていたのが「RDG」シリーズの1作目「はじめてのお使い」(角川文庫)でした。 

わたしは勾玉シリーズも「風塵秘抄」も「西の善き魔女」シリーズも大好きでしたので、「へえ、RDGって何だろう?」と手に取りました。 

きっと文庫の背表紙を読んで買うことにしたのだと思います。こんな文章でした。 

世界遺産に認定された熊野古道、玉倉山にある玉倉神社。そこに住む泉水子は中学三年まで、麓の中学と家の往復だけの生活を送ってきた。しかし、高校進学は、幼なじみの深行とともに東京の鳳城学園へ入学するよう周囲に決められてしまう。互いに反発する二人だったが、修学旅行先の東京で、姫神と呼ばれる謎の存在が現れ、さらに恐ろしい事件が襲いかかる。一族には大きな秘密が―。 

正直に言えば「ふーん、現代ものか。でも、まあいいか…」程度の気持ちで読み始めたのですが、これがものすごく面白い! 

その日のうちに単行本で既刊だった4巻までネット注文し、5巻目以降が出版されるたびに1作目の「はじめてのお使い」から順に再読してから新刊を読むーーということを繰り返しました。ですから、「はじめてのお使い」は通算5回以上読んでいると思います。 

ということで前置きが長くなって(熱くなって)すみません。事前の知識は先のあらすじ程度にとどめて、ぜひRDGシリーズにはまってください…と言いたい気持ちはヤマヤマですが、それでは紹介文にならないので、大事なところはネタバレしないように紹介したいと思います。 

内気で引っ込み思案

主人公の泉水子(いずみこ)は、少ない同級生の友人2人から「内気すぎる」「引っ込み思案」と言われてしまう存在。 

「そのお下げ髪といい、泉水子がどこか変わって見えるのは、全部、神社に住んでいるせいだと思うよ」 

「思いきって神社から出て、ふつうの女の子らしくして、その引っ込み思案をなんとかしないと。クラスの男子にさえ口がきけないようでは、明るい青春はやってこないよ」 

少ない友人2人と一緒に地元の高校に進学すると思っていたところへ降ってわいたのが、東京の高校ーー鳳城学園への進学だった。 

コンピュータプログラマーの父はカリフォルニアのシリコンバレーに勤務。母は公安警察に所属し、会えるのは1年に1度程度。神社に祖父と暮らし、神官の運転する車で中学まで送り迎えしてもらう日々。とても東京の高校に進学することなんて想像もつかなかった。 

「このわたしが、いきなり東京へ行って暮らせると思うの?」 

「わたしは、ぜったいにいや」 

深行との最悪の出会い

泉水子の説得役として父親が送り込んだ相楽雪政は、自分の息子の深行(みゆき)も鳳城学園に進学するから大丈夫と請け合い、深行を神社に連れてきた。 

このRDGシリーズの中心人物ーー泉水子と深行が出会うシーンを紹介しましょう。 

「鈴原……泉水子?」 

ひどく疑わしげに彼は言った。ただの参拝客ではないことに気づき、泉水子も思わず足を止めた。 

(略) 

「あの、どなたですか……」 

(略) 

「おまえ、まじ? まじで、鈴原泉水子なのか」 

言わずにはいられないように少年はくり返した。泉水子がめんくらって黙っていると、彼はさらに続けた。 

「信じられない。どうしてこれが……こんなのが、女神だって言えるんだ」 

(女神……?) 

泉水子も耳を疑った。 

相楽雪政は泉水子に訊ねた。「こいつと仲よくできそうかい?」 

(……できそうにありません) 

結論はすでに出ていた。かたわらの深行がきつい目でにらみつけるのだから、なおさらのことだ。だが、声に出してきっぱりと言うのはためらいがあった。 

「いえ、あの……」 

口ごもっていると、相楽は深行に目をもどして言った。 

「彼女はこういう女の子なんだ。深行にもわかっただろう」 

深行は声をいらだたせた。 

「その、見合いさせたような言い方をやめろよ。鳥肌が立つんだけど」 

「見合い? とんでもない。そんなばかげた考えは捨てていいよ」 

相楽はあっさり口にした。 

「身分がちがいすぎる。深行がなれるとしたら、せいぜい下僕とわきまえるんだな」 

あまりの物言いに面食らった深行は泉水子を指差して言った。 

「これが女神だからとか何とか、そういうトンデモ話をしているのか」 

「女神と呼ぶのも方便だが、守り育てられるさだめの女の子ではある。それも、一人二人の手ではなく、多くの人間によって」 

「こんなのが?」 

山伏が守っているもの

相楽や深行との会話を、泉水子は祖父に訊ねた。

「おじいちゃん、相楽さんがわたしを、多くの人間で守り育てる女の子だと言ったのはどうして?」 

祖父は答えた。 

「それはだな……相楽くんが、山伏だからだ」 

(略) 

「装束を着ていないときでも、峰入り修行をしていないときでも、山伏である者たちがいるのだよ。彼らはほとんどそのことを明かさないし、はた目にはそうも見えないが、今もある程度の人数で存在しているのだ。そして、山伏には、代々秘め隠しながら守っている家系があるーーおまえがその血をひいているような」 

数日後、深行はケガだらけの状態で、泉水子の通う中学に転校してきた。 

「雪政はどうかしている。あいつも、あいつといっしょにいるやつらもだ。だけど、おれだって、この程度のことであきらめがつくもんか。戦ってやる、必ず」 

泉水子に憤懣をぶつけた深行だったが、相楽はまったく意に介さず、「深行も自分が抜擢されたということを、もっと真剣に考えないといけないよ。これは、わたしだけでなく山伏の総意に基づく措置だ」 

修学旅行で母に会いに

こんな最悪の出会い方をした泉水子と深行だったが、大人の意向で東京の鳳城学園に進学させられるのを避けるには、雪政が絶対服従する存在ーー泉水子の母の紫子(ゆかりこ)に直接頼んで翻意させるしかないと思い定め、東京への修学旅行で紫子と接触することにする。 

ここから、第1作「はじめてのお使い」の最初の山場となります。すこし長い引用になりますが、お許しください。 

泉水子が最初に気づいたのは飛行機の機内でだった。 

(どうしてだろう。見られている気がする……) 

羽田空港に到着して、違和感がもっと明確になった。人の大きさを越えてわだかまった、うっすらとした黒い影を感じた。恐怖のあまりに吐き気までしてきた。 

深行が近づいてきて、泉水子の青ざめた表情を見やった。 

「東京の人混みにあてられて気分が悪くなったとか、そういう話なのか」 

「簡単に言わないでよ」 

泉水子は反発したが、あまり力がこもらなかった。 

「わからない人にはわからない。あんなに……変なものがいっぱいいるのに」 

(略) 

「深行くんにはあれが見えて、その上で平気だと言っているというの」 

「あれって、なんだよ」 

「つけねらおうとする悪いもの。ただの人とも思えない、何かまがまがしくて黒い固まりに見えるもの」 

紫子との待ち合わせ場所ーー都庁の展望台になんとか到着したが、紫子の姿はなく、メールが届いた。メールにはこう書いてあった。 

「あなたたちも早く展望台を降りなさい。その場所はもう見つかっている」 

「わたしの家がわかるなら、家までいらっしゃい。ここなら結界がはってあるので、だれもが安全だから」 

紫子の家は都庁から近い中野だったが、切符の販売機は壊れ、自動改札機はエラー音がなり、電車もシステム故障で動かなくなった。

行くのを阻止されている

深行もさすがにおかしいと気づいた。 

「まるで、行くのを阻止されているみたいじゃないか」 

「トラブルがこれだけ重なるものなのか。それとも、これは鈴原のせいなのか」 

恐怖のあまりからだを小刻みに震わしながら、泉水子はささやいた。 

「……見つかったかもしれない」 

「もう、すぐそこ」

雨が降り出し、雷が光った。 

「山に住みなれたやつは、このくらいの雷じゃ怖くないだろう」 

泉水子はくちびるをかんでから、かすかな声で答えた。 

「……雷は」 

「今でも、見つけにくるやつのことが怖いのか」 

「もう近い」 

絶望の思いで泉水子の声がかすれた。見つからずに逃げ切ることは不可能だと、ついにさとってしまったのだ。 

「もう、すぐそこ」 

泉水子が言ったそのときだった。閃光のまたたきとともに、空中を引き裂くような轟音が耳を打った。 

(略) 

「おれだって、さすがになにかあるんだという気がしてきた。これだけ重なれば、全部が偶然だとは思えない。紫子さんがメールに、家には結界があると打っていたのも気になる。それに……」 

言葉をとぎらせて、深行は泉水子を見た。泉水子は抱えこむように自分の両腕をつかんでいたが、それだけでは全身が震えるのを抑えきれなかった。すでに歯の根も合わなくなっていた。 

「本当に怖さで震えているやつを、おれは初めて見るよ。ただの妄想で片づけるには、情況が怪しすぎるというかーーおれにも、何かが来るという気がしてくるというか」 

「来るの」 

やっとの思いで泉水子は言った。 

「いやでもわかる。今、現れるから」 

さて、引用はここまでにしましょう。どうです、怖いでしょう。まるでホラー小説を読むかのような怖さです。 

泉水子が恐れるものは何か、山伏たちが泉水子をなぜ女神と崇めるのか、そして文庫のあらすじに出てくる「姫神」とは……? 

「はじめてのお使い」は、先ほど引用した修学旅行の場面はまだ序の口で、このあと一つも二つも山場が出てきます。そこで明かされる「姫神」の正体、そしてタイトルでもある「はじめてのお使い」の登場……。これはもう本を実際に読んで確かめてください。 

「はじめてのお使い」を読み終えると、第2巻「はじめてのお化粧」を買い求めたくなること必定です。 

生まれ育った紀伊山地を出て、東京の鳳城学園に入学した鈴原泉水子。学園では、山伏修行中の相楽深行と再会するも、二人の間には縮まらない距離があった。弱気になる泉水子だったが、寮で同室の宗田真響と、その弟の真夏と親しくなり、なんとか新生活を送り始める。しかし、泉水子が、クラスメイトの正体を見抜いたことから、事態は急転する。生徒たちは特殊な理由から学園に集められていた…。 

「はじめてのお化粧」まで読めばもうあとは一瀉千里です。どっぷりRDGの世界にはまってください。 

(しみずのぼる) 

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